都市部で生まれた貧乏人が、生きていく道はわずかしかない。
 生きていくには金がいる。金を得るためには仕事がいる。だが親のいない子供を雇ってくれるようなところはない。両親が亡くなり、姉とふたり、ジャックは途方に暮れた。頼れるような親戚もいない。どうにかして、金を稼がなくてはならなかった。
 幸い、姉はウエイトレスの仕事を得た。あとはジャックひとりだ。姉の稼ぐ金だけでは、とても成長期のジャックを養えるものではない。やむをえず、ジャックは正規軍に入隊した。年齢は少し足りなかったが、幸いジャックは体格がいい。ごまかしがきいたのだ。正規軍に入れば、戦争にかりだされることもある。だが、戦争がなくとも、勤めさえ果たせば毎月、安定した給料が貰える。平和なときのそれはほんのスズメの涙ほどのものだったが、それでも毎月、決まった収入があるというのは大きなことだ。それに、軍にいれば、毎日の食事の心配もしなくていい。毎日鍛錬に励み、ジャックはますます大きくなった。力も強くなった。剣を取って戦えば、体格と力は大きなアドバンテージとなる。そのうちにジャックは目立つ存在となり、都市に駐留する平和な部隊から、最前線へと送られるようにもなった。大きな身体は嫌でも目立つ。敵に狙われることも多くなり、それらを必死で切り抜ける間に、いつの間にか剣の腕は上達していた。
 人を斬る、ということに、抵抗を覚えなかったわけではない。だが、戦場ではそんなことは言っていられない。初めて人を斬ったとき、きっと何かを感じるだろうとジャックは思っていた。だが結局、そのときには何も感じることはなかった。何かを感じる前には、次の敵を切り伏せていた。激しい戦闘が終わってから、こんなものか、と思っただけだ。ただ、ひどい疲労感を感じた。立っているのがやっと、そんな有様だった。
 だが、それを周囲は落ち着いていると受け取ったらしい。しきりに褒められ、次も頑張れと激励を受けた。冗談じゃない、と思った。こんなに疲れているのに、と。それでも、ここを出て行ったところで生きていくことはできない。ジャックは微笑んで礼を言った。そうしておいたほうがいい、と判断できるくらいの頭はあったのだ。
 1年ほどはそうして過ごし、あるときジャックの部隊は、傭兵隊と行動をともにした。上司にあたる人物が、彼らに依頼をしたらしい。その内容まではむろん解らない。だが、戦争に勝利をおさめるため、というのは間違いなかった。そのために彼らは高い金を取るのだ。
 傭兵、というものを、嫌う人間は多い。金のためならば、どんな汚いことでもやるというのだ。それはある意味で的を得ている。普通の仕事では望めないほどの金を、彼らは稼ぐ。そのかわりに、裏工作、暗殺、ありとあらゆる汚いことを引き受ける。そして何か手柄があれば、それは傭兵隊のものではない。依頼人のものだ。それをよしとして、彼らは次の依頼人を見つけに行く。
 ジャックは彼らを、多大な興味を持って眺めた。ジャックが正規軍に入ったのは、生活のためだ。金が手に入るのならば、別になんでもよかった。年若くして金を稼ぐ手段としては、最も手っ取り早かったからに他ならない。だから傭兵という職業にも興味があった。何しろ、正規軍の給料とは段違いだ。むろん、そのぶん危険も伴うことは、承知していたが。
 そんなジャックを、傭兵隊の隊長は目に留めた。品定めするような目で見られることは少なくない。だが、それはこの年頃の子供には無縁のものだ。傭兵を憧れをもって見つめるかそれとも侮蔑するか、たいていはそのふたつに分かれる。だが、ジャックの視線はそのどちらでもないようだった。ただひたすらに冷静な、自分の命を預けるに値するものだろうかと、見定めようとする視線だった。
「おまえ、いくつだ」
 隊長に突然尋ねられ、ジャックは目を見開いた。瞬きをして、それでも答える。
「16」
 ふうんと言って、隊長は顎鬚を撫でながら、しばらく考えた。若いな、だが、使えそうだ。
「うちに入るか?」
 その言葉に、驚いたのは隊員たちだった。だが、反対はしない。傭兵隊の面々を見回して、ジャックは頷いた。


 驚いたことに、その傭兵隊には、ジャックと同い年の子供がいた。細身で金髪の、いつもへらへらと笑みを浮かべているそいつはリクと名乗った。よろしくと握手をして、ジャックは気付いた。ひどく掌が硬い。鍛錬を欠かしていない証拠だった。外見を鵜呑みにしないほうがいいかもしれない、と思った。
 その考えは正解だったようだ。傭兵隊に入ってからの初めての戦闘で、ジャックはリクの仕事を目の当たりにした。ククリナイフと呼ばれる独特の形をした湾刀で、真っ先に敵陣に切り込んでいく。傭兵隊がそろって着ているマントを翻しながら、次々に敵を切り捨てた。返り血を浴びたその顔は、いつもの笑みを浮かべていない。どこまでも無表情に、彼は人を切り捨てる。そのすぐ後ろについていたジャックは舌を巻いた。よほどの場数を踏まなければ、こうはならないだろうと思ったのだ。だが、ふとあるものが視界に入り、とっさにジャックはリクの腕を掴んで引き寄せていた。驚いたように目を見開いたリクのいた空間を、かすかな音をたてて矢が通り過ぎる。
「前ばっか見てると死ぬぞ」
 リクは振り返ってジャックを見上げた。そのときには、すでにジャックの腕はリクを解放していた。掴まれていた腕をかるく撫でて、リクは不意に笑う。いつものへらへらした笑みが嘘のような、獰猛な笑みだった。
「死ぬ気なんて毛頭ないね」
 そして、ククリナイフを握りなおし、再び戦闘の渦へと飛び込んでいく。ため息をついて、ジャックはその後を追った。まだ仲間になって日は浅かったが、仲間は仲間だ。目の前で死なれるのは寝覚めが悪い。あの腕で滅多なことはないとは思うが、ここは戦場だ。何が起こるかわからない。傍に味方がいてやったほうがいい。
 ジャックは自覚してはいなかったが、ジャックのよいところは、視野の広いところだった。目の前に集中してしまいがちな戦場でも、周囲を見渡すことを怠らない。自分が何をするべきか見極め、冷静に行動できる。それは兵士として、生き残るための絶対条件だった。
 その戦闘の後、ジャックは隊長に呼ばれた。
「おまえ、あいつを助けたらしいな」
 あいつというのが誰のことかわからず、ジャックは一瞬首をかしげた。だがすぐにリクのことだと思い至り、かぶりをふる。
「そうは思っていません。あいつも助けられたとは思っていないと思う」
 実際、礼を言われるようなこともない。戦闘が終わってから思えば、リクはあのとき、きっと矢が放たれたことに気付いていた。どうするつもりだったのかは知らないが、自分のほうが余計なことをしたのは解る。その後の戦いぶりを見て、思い知ったのだ。彼はひとりでも充分に強い。それでも彼の傍を離れなかったのは、主に自分のためだ。リクを背にしていれば、そちらからは敵が来ない。それだけで、乱戦ではだいぶやりやすくなる。それだけのことだった。
 だが、それを見透かしたように、隊長は笑う。
「けどな、あいつを背にして戦える奴なんてそうそういないんだ。あいつも、おまえを背にして戦っていたしな」
 気が合った戦いぶりだったと隊長は言った。ジャックには、そのあたりは解らない。戦闘に入ってしまえば、いつでも必死なのだ。自分と、せめて周りの仲間くらいは守ろうとする、だがそれだけだ。遠くまでは視線が届かないし、たとえ見えたとしても手が届かない。あのときは、自分の手の届く範囲には、リクしかいなかった。背中合わせに戦うのは、自然の流れだった。少なくともジャックにとっては。
 だが、隊長はそうは思わなかったらしい。リクは傭兵隊の面子からすると、非常に若い。幼いといってもいいくらいだった。だからといって子供らしいのかというと、そんなことは断じてない。普段は飄々としたつかみどころのない性格をしているし、いざ戦闘に突入すれば、今日見せたような獰猛な顔になって常に先陣を切る。癖のある男たちが揃う傭兵隊でも、扱いに困る少年だったのだと、隊長は語った。誰も、彼の考えていることが理解できない。そこに登場したのが、ジャックだ。
「おまえはあいつと歳も同じ、その歳で修羅場をくぐってきてる。もしかしたらと思ったんだが、正解だったようだな」
 心なしか顔をほころばせて、隊長は言った。何かあったときは、リクと組めと。彼は、それがいい影響をもたらすと信じているらしい。ジャックは少し首をかしげたが、黙って頷いた。


 それから数ヶ月の間、傭兵隊は、正規軍とともに進軍を続けた。あいかわらず彼らが任される場所は、一番の激戦区だ。それに文句をいうこともなく、彼らは戦う。仲間が怪我をすることもあった。だが死者は出なかった。それだけでも、僥倖というものだ。
 ジャックは、その間、リクとともに戦った。たいていは、リクが敵陣まで斬り込むので、ジャックがその背後を守る形となった。特に打ち合わせをしたことはないが、なんとなく相手の動きが感じ取れるようで、それまでの戦闘よりも格段に楽になったと感じた。それは相手も同じだったようで、ふたりはそれなりに話をするようになっていた。
「そうやって髪伸ばしてるとさ」
 リクはジャックの髪を眺めて言う。正規軍だった頃は短く刈り込んでいたそれを、ジャックは傭兵になってから切っていなかった。今では肩まで伸びている。
「邪魔じゃね?」
「馬鹿お前、こういうのが都市部の女の子には人気なんだぞ」
「いやーそれはないわ、ホントだとしてもジャックだから無理無理」
「言いやがったなリクのくせに」
 ジャックが拳を固めてリクに近づくが、リクはにやにや笑っているだけだ。試しに顎を狙って拳を繰り出すが、彼はひょいとのけぞってそれをかわす。
「ちょっと今若干本気だったでしょー」
「俺はいつでも本気だ」
 だが、顔が笑っている。このくらいのじゃれあいは、できるようになっていた。軽口の応酬は、最初の頃には見られなかったものだ。周囲の傭兵も、それを微笑ましく見守っている。ジャックが入ってから、傭兵隊の空気が柔らかくなった。ジャックは知らないが、それは間違いないことだった。
 その頃、彼らには転機が訪れた。雇い主が死んだのだ。
 雇い主、というのは正確ではない。いったん傭兵隊との契約を終え、数週間たったらまた雇うと約束していた男が死んだ。捨てた女に刺されて死んだというのだから、傭兵隊からはため息しか聞こえなかった。次の仕事をあてにしていた彼らにとって、痛いできごとだった。傭兵隊にとっては、雇い主がいる状況というのが何よりも重要だ。その期間は金が入ってくる。だが雇い主がいなければ、当然金は入ってこない。
 幸い、次の雇い主はすぐに見つかった。だが、その雇い主はあまり頭がよくなかった。砂漠へ行き、敵の援軍を霍乱してこいというのだ。
「馬鹿としか言いようがないが、金をくれる奴の言うことだ。行くしかないだろうな」
 隊長の言葉に、傭兵隊の面々は黙って頷いた。肩をすくめる者もあった。敵の援軍は数百、対してこちらはせいぜい80人というところだ。まともに考えられる頭があれば、そんなことは命じないだろう。だが報酬が破格だった。だから隊長はこの話に乗ったのだ。
 勝算が、ないわけではない。何も正面から乗り込むことはない。どんな方法を使っても、とにかく敵に打撃を与えられればそれでいいのだ。現地に着いて下見をした上で、策を練ればよいことだった。
 だが、現地で待ち構えていたものは予想もしていないものだった。
「嘘だろ……」
 日差しを避けるためマントのフードをかぶって、岩場から砂漠を見下ろす。誰かが言ったその言葉は、全員の心中を代弁したものだった。
 砂漠の暴君と呼ばれるモンスターが、2頭。まさに縄張り争いの真っ最中だった。ディアブロスと呼ばれるその2頭のモンスターは、派手に角をぶつけ合っている。隊のなかには、ディアブロスを見たことのある者も何人かいる。それでも、全員が息を呑んだ。とても、人の身でどうにかできるようなものだとは思えなかった。
 それでも、なんとかしなくてはならない。おそらくこのあたりを、敵の援軍が通るのだ。戦闘するにしても待ち伏せするにしても、あのモンスターがいる限りは容易なことではない。隊長は自分達でなんとかしようとは露ほども考えなかった。専門家に任せよう、というのだ。
 ジャックは、ハンターという存在を知らなかった。都市部で生まれた人間は、基本的には都市部を出ないで一生を終える。都市部にはモンスターはやってこないから、ハンターも寄り付かない。だが傭兵隊の面々から話を聞いて、きっと筋骨隆々のたくましい男が来るだろうと思った。あんなモンスターを狩るなんて、普通の人間にはとてもできないことだ。そう考えるのが普通だろう。けれどもその予想は、いとも簡単にひっくり返された。
「よろしくお願いしマス」
 にこりと笑ったのは、ジャックの予想通りの男だった。肌が黒く、人好きのする笑みを浮かべているが、歴戦のものだということは一目でわかる。だがその両脇にいる子供が問題だった。きれいな銀髪の女の子と、見事な金髪の男の子。驚くほど細っこく、幼く見えたが、実際はジャックとリクと同い年らしい。信じられないと、ふたりそろって目を丸くした。何よりも信じられないのが、このふたりもハンターだということだ。
「私はグッドマンと申しマス。この子たちはビリーとタロス。まだ若いですが、優秀なハンターデスよ」
 平然と自己紹介をするグッドマンに、隊長は気圧されたようだった。だが、さすがに傭兵隊の隊長をしてはいない。素早く立ち直り、モンスターの位置や報酬の確認など、事務的な話をし始めた。その話に、ビリーとタロスと呼ばれた少年少女も加わっている。どうでもよさそうな気配をかもし出してはいたが、それでも一応参加はしていた。
「なあ、あれ、どう思うよ」
 リクが言う。珍しく困惑しているようだった。それはジャックも同じだ。眉間に皺が寄っているのがわかる。
「どうって……なあ」
 ふたりだけではない。傭兵隊の全員が、この面子で大丈夫なのかと不安を抱いている。そんな雰囲気を感じ取っているのかいないのか、ハンターとしてギルドから派遣されてきた3人は平然たるものだ。隊長との話がまとまり、3人は手早く出発の準備をし、出かけていった。グッドマンは、振り向いて言ったものだ。
「どうぞ、不安でしたら、我々の戦いを見守っていてくだサイ。安全なところでね」


 傭兵隊の面々は、揃って度肝を抜かれていた。ぽかんと口をあけたままの者もいる。
 ディアブロスが縄張り争いをしていた、あの場所だ。安全な岩場の上で、傭兵隊が砂漠を見下ろしている。そこには、ディアブロスの亡骸が転がっていた。そして、もう1匹、生きているディアブロスと、ハンター3人の戦いが続いている。そのディアブロスも、すでに尻尾が切断されていた。
 彼らの手並みは鮮やかなものだった。煙幕のようなものを張って2匹を分断し、1匹をまず集中攻撃してあっさりと倒してしまった。グッドマンは身の丈ほどもある巨大な剣を軽々と操り、ビリーとタロスは盾と肉厚のナイフを駆使して、モンスターに的確な攻撃を仕掛ける。その動きは信じられないほど俊敏で、そして恐ろしいことに、熟練しているようにさえ見えた。16の子供がである。
「信じられん……」
 誰かが呟いた。まったくの同意見だった。ジャックとて、それなりに腕には自信がある。それは今まで戦場で生き残ってきた実績に裏打ちされてのものだ。だが、自分が相手にしてきたものは、人間だ。彼らは、己の身の丈の何倍もあるモンスターに、正面から挑み、そして勝っている。知らず、ジャックは拳を握り締めていた。ざわりと、血が騒ぐ。
(ハンター……)
 とんでもないやつらだ。今までモンスターを見たこともなかったジャックにとって、それに挑む人間なんて馬鹿だとしか思えなかった。それが、今では一変している。
 見ていればわかる。モンスターは、人間に危険を及ぼす存在だ。モンスター自身にそんなつもりはなくとも、そうなってしまうのだ。それを、ハンターは狩る。己の腕ひとつで武器を操る。それは常に危険と隣りあわせだ。だが、きっと楽しい。少なくとも、人間を相手に戦争の手助けをしているよりはよほどだ。今になって、ジャックは自分が、傭兵の仕事を決して好んではいないことに気付いた。なんて鈍いのかと、自嘲の笑みが浮かぶ。
 狩猟を終えて戻ってきた3人を、傭兵隊は歓迎した。休憩する3人にそれぞれ報酬を支払い、礼の言葉を添える。グッドマンは屈託なくそれに応じていたが、ビリーとタロスはあいかわらず表情を変えないままだ。焚き火のそばに腰を下ろし、何かを袋から取り出して齧っている。そんなふたりに、ジャックはそろりと近づいた。見れば、後ろからリクもついてくる。不思議そうに顔を上げたふたりのハンターに、ふたりの傭兵は自己紹介した。そのうえで、訊いてみる。
「なあ、いつからハンターやってるんだ?」
 この質問に、ビリーが首をかしげた。タロスが答える。
「……3年くらいかしら」
 ジャックは目を丸くした。彼らは同い年らしいが、そうすると、13の頃にハンターになったことになる。いくらなんでもハンターとしては、いや、どんな仕事に就くにしても若すぎる。どんな事情があったんだと思わず訊いてしまうところだったが、ジャックはその言葉を飲み込んだ。言いたくないことなど、誰にでもある。
「どうやってハンターになったんだ?」
 リクが、ビリーに問う。ビリーはじっとリクとジャックを見つめていたが、不意にくるりと振り返ってグッドマンを呼んだ。
「どうしました?」
 やってきたグッドマンに、ビリーは言う。
「このふたり、ハンターになりたいんだって」
「おや」
 グッドマンが面白そうに、ふたりを見やった。ふたりはわけもなく慌ててしまう。
「いやそういうわけじゃなくて!」
「そうそう! ただ同い年だっていうから興味があってだな!」
 あわあわしているふたりに、タロスが首をかしげた。
「ハンターになりたがってるように見えるけど」
「あれかな、嫌よ嫌よも好きのうち」
「それはちょっと違いマスねー」
 ビリーの言葉に、グッドマンが笑って突っ込みを入れる。それから、こちらへと向き直った。
「ハンターになるには、ハンターズギルドへ届出をするだけデス。大方の説明をしてくれマスし、最初は武器も装備も用意してくれマスよ。そこからどうするかは、ハンター次第デスけど」
 戦場に立ってきた人間には、勝手が違うかもしれないが、やってみるのも面白いと思う、そんなことをグッドマンは言った。
「だって、あなたがたは若いデスから」
 なんでもできますよ。そんなことを言って、グッドマンは大きな手でふたりの頭をわしわしと撫でた。
 ジャックとリクは顔を見合わせる。すでに、心は決まっていた。


 敵の援軍は、どうやらあまり斥候も出さずに、慌てて進軍してきたらしい。通常ならば絶対に避けるはずの、砂漠に通じる谷底の道を選んでいた。傭兵隊はそれを知ると、容赦なく岩を落とし、道を塞ぎ、上から矢を浴びせかけた。突然の攻撃に恐慌状態に陥った敵軍は、しかしいっせいに逃げることもできず、全員が散り散りに後退しようとして折り重なって倒れたりしている。おそらく死者も出ているだろう。こちらにとっては充分以上の成果を残して、傭兵隊の仕事は終わった。莫大な報酬を受け取り、傭兵隊の面々に平等に分配される。ずっしりと重くなった財布を手に、ジャックとリクは傭兵隊を辞した。
「おまえらみたいな若者が、こんな因果な商売につくことはねえよ」
 傭兵隊でも古参の者が、そんなことを言って送り出してくれた。それは全員を代表する意見であったらしい。次の依頼を果たしに去っていく彼らに、ジャックとリクは揃って頭を下げた。見えなくなるまでずっとだ。顔を上げたふたりの肩に、もうマントはない。傭兵隊を辞したものに、あのマントは着用できないのだ。
「しかし、いいひとたちだったなあ」
「俺みたいなのを置いてくれたんだ、いいひとたちに決まってるさ」
 リクが笑って言うのを、ジャックは聞き流した。きっと彼にも、色々な過去がある。互いに知らないし、今まで何も言わなかったのだから、知らないままのほうがいいと思ったのだ。けれどもこれだけは聞いておかなければならない。
「おまえ、どこ行く?」
「決めてない。適当にふらふらしようと思って。おまえは」
「俺は、一旦姉さんのところに戻る。それから、そうだな、とりあえず近場からだな」
「ってことはアルコリスのあたりだなー、じゃあそこは避けるとするか」
「是非そうしてくれ」
 ハンターになってともに成長するという選択肢は、彼らにはなかった。もう背中を守ってもらう必要はないのだ。互いに修練を積み、一人前のハンターになれば、そのうち共に戦う日も来るかもしれない。それでいいと、ふたりとも考えている。しかしもちろん、これが今生の別れという可能性もある。それを思って、ジャックは手を差し出した。
「……なに?」
「別れの挨拶くらいしようと思ってな」
 不思議そうなリクの顔の高さまで、拳を上げる。リクは一瞬だけためらい、そこに同じように拳をぶつけてきた。ごつんと、手ごたえがある。
「まあ、せいぜい死ぬなよ」
「そりゃこっちの台詞だ」
 にやりと笑いあう。そのままくるりと踵を返して、振り向くことなく去っていく。ふたりの別れは、そんなものだった。


「ハンター?」
 いぶかしげな顔をする姉に、ジャックは説明した。久しぶりに帰ってきた弟が、いきなりそんなことを言い出して驚いたに違いない。だが姉は辛抱強くその話を聞き、考えてくれた。
「確かに、傭兵でいるよりはいいかもしれないわね」
 兵隊だの傭兵だの、あんたには向いてないと思ってたわ、と彼女は言った。自分でも向いているとは思っていなかったので、ジャックは何も言えない。結局はそれもやめて、ハンターになろうとしているのだから。
「いいんじゃない? ……あたしもハンターになろうかしら」
 だがこの台詞には、ジャックはぽかんとするしかなかった。どうしてそうなるのだ。姉の顔は、冗談を言っているときのそれではない。笑ってはいるが、目がまぎれもなく本気だ。じわりと、冷や汗がにじむ。
「ねねねね姉さん?」
「なあに? どもっちゃって」
「それ本気?」
「本気だけど?」
 何か問題でも? とばかりににっこりと微笑む。ジャックは言い募った。
「だって危ないだろ!」
 自分の身長の何倍もあるようなモンスターを相手にするのだ。遠方のフィールドへと出かけていくこともあるだろう。なにより相手は大自然だ。何が起こっても不思議ではない。ましてや女性の身だ、怪我でもしたらどうするんだと、力説したが意味はなかった。
「あら、だってあんたと同い年のお嬢さんだって、ハンターをしていたんでしょ? あたしにできない道理はないはずよね」
 うっと言葉に詰まる。確かにそれはその通りだ。タロスだって、あの細腕で武器を操っていた。さっき話してしまったことを、今更後悔する。けれどもあまりに遅すぎた。姉は完全に乗り気だ。こうなってしまっては、止めることはできない。いつだってそうだった。ジャックは諦めて、ため息をつく。
「生活、また苦しくなるかな……」
 貰ってきたばかりの給料があるとはいえ、ジャックは仕事をやめてしまったし、姉もハンターになるというのなら、仕事をやめることになるだろう。しばらくは節約生活かと悲壮な決意を固めかけたところで、姉が言った。
「あら、お金ならあるわよ。あんたの仕送り全部とってあるから」
 正規兵だった頃のから全部ね、と言われて、ジャックは一瞬その意味が理解できなかった。下を向いていた顔を上げると、姉が相変わらず笑っている。
「当たり前でしょ。あんなに送ってきても、あたし一人でどう使えっていうのよ? どうせあんたのことだから、自分の手元にはほとんど残してないんでしょ」
 その通りだった。ジャックは自分の分を僅かに残し、あとは全部姉に送金していたのだ。返す言葉もない。そんなジャックの頭を、姉は撫でた。
「あたしたちがハンターとして食べていけるようになるまで、充分もつわよ。あんたは余計な心配しなくていいの」
 まったくもって、姉に頭の上がらないジャックだった。





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