へまをした、と思った。
 もちろん、ハンターだって人間だ。命を賭けた局面だとしても、ミスをすることはある。それが単に生死に直結している、というだけのことだ。ミスの多いハンターは淘汰されてゆく。引退、あるいは死、そんな形で。
 今回のリクは、ミスといえばミスなのだろう。タイミングも悪かった。位置取りを改める際に、足元の確認を怠った。ただそれだけのことだ。地面にあった何かに足をとられ、転びそうになって体勢を立て直す。だが、その時には遅かった。相対していたナルガクルガが尻尾を頭上で振り回し、鋭い鱗を飛ばしてくる。
(……ッ!)
 不安定な体勢。避けられない。その直感に従って、リクは反射的に両腕で頭から胸をかばった。この部位を怪我をしてしまえば、命に関わる。その最低限だ。腕にはオウビートX装備がある。一撃くらいは、耐えられるだろうか。
「リク!?」
 遠くから、ジャックの悲鳴のような声がした。同時に、鋭く重い衝撃。ざく、と何かが破れるような音は、奇妙にリクの耳に残った。


     ***


「どうだ、ジャック」
 樹海にそびえる、巨大な木の根元。そこで怪我を負ったリクを抱えて、ジャックとノブツナは移動した。リクが地面に倒れこんで、深刻な怪我をしたと解った瞬間にリタイアを決めた。ひとまずは目の前の敵から離脱するために閃光玉を投げる。そうして目の眩んだナルガクルガから距離をとり、負傷したリクをジャックが抱きかかえ、ベースキャンプへと向かう。その途中、充分に距離を稼いだと判断した場所で、ジャックはそっとリクを地面に下ろした。やわらかい草の上に横たわったリクは意識を失っている。その左腕と、そして脇腹には、ナルガクルガの鱗が刺さったままになっていた。滲み出す血が、装備を汚している。それを迂闊に抜く訳にはいかないのはひと目でわかった。抜いてしまえば、血が噴き出して止まらなくなってしまうだろう。子細に傷口を調べていたジャックは、厳しい顔で言った。
「……駄目だ、これは俺の手には負えない」
「そんなに酷いのか」
 ジャックが述べたのは、刺さっている鱗の特性だった。刺さりやすく、抜けにくい構造になっているのだという。鱗を引き抜いたら、当然傷口を縫う必要があるだろう。だが引き抜くためには、傷口を広げてやらなければならないのだ。傷の治りを早める回復薬は、当然ながら飲ませるわけにはいかなかった。この場合は、治ってしまうと逆に不都合だ。
「俺は医者じゃない。だから正確には解らないが、……腕を切り落とさなけりゃならないかもしれん」
 傷口が大きい。消毒薬なんてものはここにはなく、怪我をした直後に地面に倒れこみさえしている。それでなくても樹海の中を走り回って、装備はそこかしこが汚れているのだ。化膿しないほうが不思議だ。そして化膿し、腐りでもしたら、それは切り落とさなければ命に関わる。ジャックは己の過去を語らないが、猟団のなかでは誰よりも医療に詳しい。その彼がそう言うのならば、事態は深刻なのだ。ノブツナは眉間に皺を寄せて、クエストリタイア用の信号弾を空中へと撃ち上げた。
 こんなときのネコタクの迎えは、ひどく遅く感じられるのだった。



 最寄りの集会所まで戻り、医師のところへ駆け込むと、詰めていた初老の医師は手早く処置を施してくれた。集会所に隣接する診療所は、まさにこんなときのためにある。医師も、こんな状況には慣れているのだった。
「……たいしたもんだ」
 医師は部屋(小さな部屋だが、簡易な手術室として使用しているとのことだった)から出てくると、かるく頭を振って呟く。その言葉に、ノブツナとジャックは顔を見合わせた。どういう意味なのだろう。問い詰めるまでもなく、医師は自分から話してくれた。
「怪我は、見た目よりは浅い。おそらく防具と、筋肉が壁となって深くは刺さらなかったんだろう。腹は、幸い内臓までは達していなかった。こちらは心配ない。腕のほうは、解るかな。ここの部分に、2本の骨が通ってるんだが――」
 医師は、己の肘から手首を指して言った。
「この根元だ。肘に近いあたり、鱗はここの骨に当たって止まっていた。幸いにして化膿もしていなかったから、切り落とす必要もない。……ハンターの生命力には、毎度驚かされるよ」
 それで、たいしたもんだ、に繋がるわけか。ノブツナは得心して頷いた。ジャックがわずかに身を乗り出す。
「後に影響が出ることはありますか」
 それこそが、今現在重要なことだった。命は助かっても、ハンターを辞めるしかなくなった人間はいくらでもいる。医師は厳つい顔を、ふと綻ばせたようだった。
「人間の身体というのは、上手くできているもんでな。切り落としさえしなければ、怪我は中で勝手に治っていくんだよ。きっちり固定しとけば、ちゃんと元通りに繋がるようになってる。……その後のことは、本人しだいだろうな」
 暫くは動かさないように、固定しなければならない。その後は、元通りに動かせるようにするための訓練が必要だというのだ。その言葉を聞いて、ふたりはほっと息をついた。それなら、大丈夫だろう。怪我さえ治れば、きっとハンターとして復帰できるはずだ。そう確信できる程度には、ふたりはリクを知っている。
「傷を縫うのに眠らせたから、多分暫くは目を覚まさないだろう。……見舞うかね?」
 ちらりとジャックと視線を合わせ、頷く。それでも、顔は見ておきたかった。医師の言葉を疑う訳では決してないが、それでも己の目で彼の無事を確認したいというのは、人情として当たり前のことと言える。医師も頷いて、顎の先で扉を示した。そこにまだ寝かされているはずだ。ジャックが先に立ち、扉を押し開ける。足を踏み入れたその部屋は、手術室として使われているだけあって、血の臭いが染み付いているようだった。古くすえた臭いに、より新しい血の臭い。今現在、この部屋においては、リクの血の臭いがもっとも新しい。だが、染み付いた臭いを別にすれば、すこぶる清潔な部屋だと言ってよかった。そこに置かれたベッドに、リクは横たわっている。
「……顔色が悪いな」
 ジャックが呟く。血を失ったせいだろうか、頬の色はいっそ白かった。元々、彼も整った顔立ちをしている。普段はにやにやと笑っているその表情が剥がれ落ち、ただ目を閉じている、それだけのことで、奇妙に人形めいた印象を受けた。かすかな呼吸のために上下する胸が、彼が生きていることを主張している。そのことにほっとして、ノブツナも呟いた。
「……良かった」
 誰も死ななくて。それを、こんな時は心の底から実感する。加えて、リクはおそらくハンターに復帰できる。これはもう、僥倖と言ってよいはずだった。


     ***


 リクが目を覚ましたのは、その次の日だ。身を起こすことはさすがにできず、しかし普通に喋ることはできるらしい。笑うと腹が痛いから笑わせるなと、見舞いにきたセブンやファルトに言っているのがおかしかった。猟団のほかのメンバーは、まだ狩りから戻っていない。戻ったらリクのことを話しておかなければ、とノブツナは頭の中にメモを貼り付ける。ノブツナの立ち上げた猟団はそれなりに名が売れてきている。ここを指定して舞い込んだ依頼を、リク以外の者でこなす必要がある。団長は色々と大変なのだ。
 だが怪我をしたリク自身は、暇をもてあましているようだった。なにしろ、ベッドから動けない。暇さえあれば身体を動かしていたリクにとって、それが一番の苦痛のようだ。
 数日がたってノブツナが病室に顔を出すと、リクはクッションに背中を預け、分厚い本を広げて読んでいるところだった。どうしたのだと訊いてみると、どうやらタロスが見舞いついでに持ってきたものらしい。タイトルは『ティガレックスのひげ』と読めた。妙に気になるタイトルだ。どんな話なんだと気になりつつも、リクに声をかける。
「よう。まだ痛いか?」
 本から顔を上げたリクは、ぱちぱちと瞬いてから答える。
「少しね。ま、痛みを感じなくなったら終わりだけど」
 栞をはさみ、ぱたんと本を閉じる。目を擦っているところを見ると、どうやら長いことその本を読んでいたようだった。分厚い本の、3分の1くらいまでは読み進めているようだ。
「随分頑張って読んでるじゃないか」
「他にやることないんだよ。筋トレもしちゃ駄目だっていうし」
 不満そうに眉をひそめるリクに、ノブツナは笑った。
「傷口がくっつくように、じっとしてなきゃ駄目だってことだろ。今のうちにのんびりすりゃいいじゃねえか」
「落ち着かないねぇ……」
 ふ、と溜息をついて、部屋の隅に視線をやる。そこには、リクが着ていた装備が無造作に積まれていた。胴と腕は、もう使い物にならないだろう。なにしろ両方とも、リクの腹と同じく大穴が空いている。
「ま、オウビートならすぐ作れるだろ。ナルガXは……お前、素材あるか?」
「うーん……必要ないのは売り払ってたからねぇ……あんまりないと思う」
 家に帰らないと正確にはわからないけど、というリクに、ノブツナは頷いた。そもそも、ナルガX装備は、最高の質のナルガクルガ素材ばかりを使用したものだ。G級ハンターだからと言って、そうそう持っているわけではない。
「……あいつを狩ったら、ちょうどいいかなとは思うんだけどねぇ」
 にやりと笑ったリクの言った「あいつ」を、ノブツナは即座に理解した。リクに怪我を負わせた、あのナルガクルガだ。G級の個体で、かなりの大きさだった。力もかなりのものらしく、彼らがリタイアしてから何組かのハンターが挑んでいるようだったが、いまだ討伐は果たせていないようだった。そいつを自身の手で狩って、防具になってもらおう。それはあまりにも、ハンターとしては自然な考え方だ。
「そりゃ確かに、ちょうどいいな」
「でしょ?」
 どうやら怪我が治った後の目標ができたらしい。そうしたら俺も付き合うかとぼんやり考え、そういえばと釘をさす。
「ジャックが言ってたぞ。腹に大穴があいてるんだから、ベッドを抜け出して筋トレとか、散歩とか、そういうことをするなってさ。ましてや狩りに出るなんて論外だって」
「さすがにそこまで無茶しないよ……」
 呆れたようにリクが呟く。過保護だなぁとこぼした彼に、ノブツナは苦笑した。確かにジャックは猟団のメンバーに対して少々――いや、かなり過保護だが、そこが彼のいいところでもある。それはリクも解っているようで、苦笑しながらも頷いた。
「おとなしくしてるから安心しろって言っといてよ。とりあえずこれ読んでるしさ」
 言って、手にした本を掲げてみせる。思わず訊いてみた。
「……それ、面白いのか?」
「……面白いわ、不思議と」
 リクが読み終わったらタロスに借りてみようかと、ノブツナは思った。


     ***


 それから、1ヶ月ほど後のことだ。
「狩りに出たァ!?」
 珍しく大きなジャックの声に、やっぱりかとノブツナは溜息をつく。
 療養していたはずのリクの家に行ってみると、気配がない。扉を開いてみても、オトモの姿もない。そして、いつもは壁に無造作にひっかけてある弓がなかった。そのことに気付いて集会所へと駆け込み、ジャックが受付嬢に詰め寄った結果がこれだ。
 リクの怪我は、もう治っている。縫った傷口はきれいにくっついたし、動かすにも不足はない。ただ、ずっと動かさないでいた身体はなまっているはずだ。まずは採取のクエストか、あるいは下位のイャンクックあたりで勘と動きを取り戻す、そうするだろうと信じていたのに――結果はこれだ。まさかいきなりG級の、しかも後れを取ったナルガクルガを相手に選ぶとは思いもしなかった。ノブツナは肩を落として、ジャックへと近づく。受付嬢の声が聞こえた。
「あ、でも珍しくおひとりじゃないんですよ」
 思わず顔を上げて、受付嬢を見やる。黄色い帽子のしたに、少し眠そうな目。彼女は猟団のメンバーとも馴染みだ。ノブツナににっこりと笑いかけてくる。
「ビリーさんがご一緒です。ほら」
 クエストの受注書を見せてくれる。G級、樹海。ナルガクルガ一頭の狩猟。受注者、リク、ビリー。
「……なんでだ?」
 リクは生粋のソリストだ。自分でそう言っていたし、時にはオトモすら邪魔だということもある。そのリクが、ビリーと一緒に狩りに出たというのだ。今回の場合、ビリーがリクを連れて行ったということはありえない。ビリーだってリクが怪我をしていることは知っているのだ。それが治ったからといって、すぐにG級に連れ出すほど、彼は鬼ではないだろう。というか、そもそもそんなことをしたら、たいていのハンターは生きて帰っては来れない。必然的に、リクがビリーを連れて行った、ということになる。しかし、どうして?
「……とりあえず、追いかけよう」
 何かあってからじゃ遅い。そう言ったジャックに、ノブツナはともかく頷いた。怪我をしていたとはいえリクはG級ハンターだし、ビリーもいるのならば、滅多なことは起こらないだろうと思う。思うが、しかしやはり心配だ。彼らの様子を見ていた受付嬢が、すかさず受注書を差し出してくれる。無造作にサインをして、彼らは踵を返した。ネコタクが待機している。
 全速力で、とアイルーたちにお願いして、ふたりは樹海行きのネコタクに乗り込んだ。


     ***


「案外早かったね」
 ノブツナとジャックの足を、その言葉が止めた。振り返ると、そこにいたのはビリーだ。
「……どうしたんだ、それ」
 ふたりが驚いたのは、ビリーの格好だ。頭の帽子こそ被っていないものの、首から下をミヅハ真一式で固めている。彼が普段、好んで着用する装備ではなかったはずだ。オオナズチの素材を使用したそれは、まるで陽炎のように使用者の姿を隠す。ビリーはちょっと首をかしげて、答えとは別のことを言った。
「……悪いけど、リクは今、ひとりで戦ってる。ノブツナたちをそこに案内するわけにはいかない」
「なんでだ?」
 ジャックの声は固い。彼は、仲間が傷つくのを何よりも嫌う。返答しだいではただではすまさないという意志が感じ取れたが、ビリーは平然たるものだ。
「ふたりをそこに案内したら、一緒に戦うでしょ」
「当然だな」
「リクは、ソロで戦ってるんだよ」
 それなら尚更、加勢しないと――と言いかけて、ノブツナはビリーが困惑していることに気付いた。表情の薄い彼の感情を、なんとなく読み取れるようになったのはかなり前のことだ。
「……何が言いたい?」
「上手く言えない。けど、……リクにとっては、ソロのほうが楽なんだよ」
 人と一緒に狩るよりはね、と、少し口ごもったビリーが言う。思わず瞬いて、ノブツナは傍らのジャックを見上げた。ジャックも意外そうな顔をしている。
「……どういうことだ?」
「だって、ビリーは一緒に来てるじゃねえか」
 その言葉に、ビリーは初めて唇の端を上げた。だから、と己の着ている装備を示す。
「隠密のスキルが発動してる。……それから、邪魔が入らないように、鷹見のピアスも借りてる」
 隠密。それは、使用者の気配を覆い隠すスキルだ。モンスターから見えにくくし、パーティプレイでは己が狙われる頻度を下げる。なるほど、それが発動しているうえ、ビリーが気配を殺していれば、モンスターはビリーを攻撃することはないだろう。リクはソロでの狩りと同じように、モンスターに相対できる。だが、鷹見まで借りているとは。
「……大丈夫なのか、それ」
「少し大変だけど。でも、今のリクには負担が大きすぎるでしょ」
 鷹見のピアスをしている者は、フィールドの全域を把握できる。それがどういう仕組みになっているのかは不明だが、使用者は脳裏に流れ込む情報の渦に翻弄されることになる。当然ながら、普通の人間の手には余るものだ。人によってはそれに馴染めず、発狂してしまう者もいるという。そんな危険なしろものを好んで使っていたリクだったが、さすがに今は無理だと判断したらしい。そこで鷹見のピアスを借りたビリーが露払いを引き受けている、というわけだ。
「俺は、またリクのところへ戻るよ。二人は、ベースキャンプで待ってて」
 踵を返すビリーの背中に、ノブツナは声をかけた。
「おい。……もしリクが、また怪我でもしたらどうすんだよ」
 何しろ、リクは今、本調子とはとても言いがたいはずなのだ。何が起こるか解らない。そう思って、自分たちもここへ来たのだから。
 ちらりと、ビリーはこちらを振り返った。腰に吊るしたハンマーに、ぽんと手を置く。
「その時のために俺がいる。大丈夫、必ず連れて帰るよ」
 ジャックが口を開きかけて、やめる。ビリーがそう言うなら、信じるしかなかった。


     ***


 ベースキャンプに戻って、どのくらい待ったのだろう。太陽が沈みかけて、空が赤く染まる頃になって、ようやくリクとビリーが戻ってきた。ビリーが、リクに肩を貸している。
「リク!?」
 ジャックの声に、リクが顔を上げた。いつものようにへらりと笑う。だが少し、顔色が悪いようだった。
「平気平気。ちょっと疲れただけだって」
 ビリーがリクをベッドに誘導し、リクはどさりとそこに身を横たえた。言われて見れば、確かに大きな怪我を負った様子もない。病み上がりにG級の狩りを行った後で、そこがまず驚異的ではあるのだが。
「……ナルガは?」
「倒したよ。なんとかね」
 リクの答えに、やっぱりと溜息をつく。もしかしたらやるかもしれないとは思っていたが、まさか本当にやってのけるとは。
「凄かったよ。なんか鬼気迫る、って言うのかな」
 はい、とビリーは、ジャックに何かを手渡す。落陽草とハチミツだ。心得たとばかりに、ジャックは持ち歩いている調合鉢を取り出した。そこへと投げ込み、調合を始める。ほどなくできた、とろりとした明るい色の液体は、元気ドリンコと呼ばれるものだ。空のビンにいったん収め、リクに手渡す。リクは少し身体を起こして、それを飲み干した。これで、多少は疲れが取れるだろう。空になったビンを投げ出してふたたびベッドへと沈み込んだリクは、どうやら暫くは動く気がないらしい。無理もないかと、ノブツナたちもそれぞれベッドに座り込んだ。このベッドは、大の男が4人で寝られる大きなものだ。座るくらいはどうということもない。
「それにしても、無茶したなあ」
 組んだ足に頬杖をついて、ノブツナは呟いた。途端にジャックが眉間に皺を寄せる。無理もない。一番心配していたのは、おそらくジャックだ。リクはばつが悪そうに眉をひそめる。
「悪かったよ。……あいつだけは俺が倒さなきゃって思ってさ」
 言葉では表しにくいが、ノブツナにもその気持ちはよくわかった。自分の躓いた石は、自分で取り除いておきたいのだ。けじめ、という概念が一番近いだろうか。
「それにしたって、いきなりG級にソロでか? 肝が冷えたぞ」
 ジャックの言葉に、リクは反論する。
「だからビリーはんにお願いしたんじゃん。粉塵撒いてもらって、鷹見で邪魔を排除してもらって、もし何かあったらなんとかしてって」
 なかなかアバウトな「お願い」だが、ビリーはきっとリクの言いたいことを即座に飲み込んだのだろう。彼らは、そもそもハンターとしてのスタイルが似ているのだ。ノブツナは、時々それが羨ましくなる。彼らのようになりたいとは、あまり思わないのだけれども。
「……でも、結局戦うのはお前ひとりだろうが」
「そりゃ、俺ソロのほうが得意だし」
 何気ないその言葉に、ぎくりとする。確か、さっきもビリーがそんなことを言っていなかったか。
「ソロのほうが、楽なのか?」
「うん? まあ、そうだね、楽だねぇ」
 他の人がいると、どうも狙いが定まらなくて。そうリクは言う。そういえば、とノブツナは思い出した。かつてビリーも、ソロはやりやすいと言っていた。相手が必ず自分のほうを向いてくれるから、狙いがつけやすい。行動の予測も立てやすいのだと言う。随分長いことソロでやってきたハンターとはそういうものなのかと、思ったことを覚えている。
「じゃあ猟団での狩りは大変か?」
 リクが、まだ少し青い顔をこちらに向けた。何を言っているのかと、不思議そうな顔をしている。
「まぁ、自由な奴ら多いし。巻き込まれることも多いし。大変っちゃ大変かな」
 ソロが楽だと言うのなら、当然そういうことになるのだろう。そうか、と言って眉間に指を当てたノブツナに、ふと思いついたようにリクは笑う。
「ああ、でも楽しいよ」
 思わず顔を上げると、リクはいつものへらりとした笑みで言った。
「賑やかだし、こうして心配もしてくれるし、困ったら助けてくれるしさ。俺はこの猟団、入って良かったと思ってるよ」
 ジャックが驚いたように目を丸くして、リクの頭をかき回した。金色の髪がくしゃくしゃになる。
「どうした、珍しく素直だな」
「たまにはそういうこと言っとかないと、ノブちゃんが落ち込むでしょ」
 しれっと言ってのけて、リクは寝返りをうった。ノブツナには背を向ける格好になる。リクが顔を向けた方向にいたビリーが、ふふっと笑って言った。
「……リク、照れてる」
「やめてビリーはん、ほんとやめて」
 今更恥ずかしくなってきたらしいリクは、両手で顔を覆ったようだった。どうにかそれを引き剥がしてやろうと、ジャックがそちらへ移動する。キャーやめて変態、などというリクのわざとらしい悲鳴を聞きながら、ノブツナは苦笑する。そうだ、だいたいリクに限らず、嫌な場所に我慢して留まるような奴は、猟団の中にはいないというのに。自分は何を弱気になっていたのだろう。
(もう少し、自信持ってもいいのかもな)
 仮にも団長なのだから。そんなことを考えながら、ノブツナはテントの入り口から見える空を見上げる。赤く染まった空が、じんわりと薄紫に色を変えている。
 樹海に、夜が訪れようとしているようだった。







もどる
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -