発端は、酒場での何気ない一言だった。
「ビリーとタロスって、顔はあんまり似てないよな」
 行動とかは結構似てるんだけどなあ、とアッシュが言い、ビリーは首をかしげた。今までそんなふうに言われたことはない。だが隣ではタロスが同じように首をかしげていて、ふたりは顔を見合わせる。それを見て、何人かが笑った。
「ほら、首の角度まで一緒だったぞ今」
 アッシュの言葉に、少し離れたところからスカイの笑い声が響く。酒が入って、笑いの沸点が低くなっているらしい。口の中のものを飲み下して、ビリーは答えた。
「血は繋がってないかもしれないけど、一緒に育ってきたから……」
 隣でこっくりとタロスが頷くのがわかる。その言葉に、え、と何人かが目を丸くした。ノブツナが身を乗り出す。
「あれ? 兄妹じゃないのか? てっきりそう思ってたんだが……」
「まあ、そんなようなものなんだけどね」
「何だぁ? 複雑な事情がありそうだなー」
 できるだけ表情を変えないようにしているが、その眼が聞きたいと全力で物語っている。ビリーはタロスにちらりと視線を向けた。その視線を受けて、タロスは肩をすくめる。話すなら好きにしろ、ということらしい。
 カップを引き寄せてエールをひと口飲み、ビリーは言った。
「そんなに複雑じゃないし、別に面白くもないと思うよ」


   ***


 幼い子供がふたり、樹海の奥に捨てられていた。金の髪と銀の髪。まだ小さなふたりは、柔らかな布にくるまれて、少し大きめの籠にすっぽりと入って、すやすやと寝入っている。
 それを最初に見つけたのはメラルーたちだった。彼らは籠の中身を確認して顔を見合わせ、ひとまずそれを自分達の集落へと持ち帰った。メラルーにとっては、見つけたものは自分のものだ。苦労しながらも集落へ持ち帰ると、それを長へと委ねた。長は人間の赤子がなぜこんなところにいるのかと首をひねり、しかし捨てることもためらわれて、結局はその集落に暮らす、1匹のアイルーに世話を頼んだ。彼女は生まれた子供を亡くしたばかりで、良い気分転換になるのではないかと思ったのだ。
 その思惑は当たった。彼女は自分の子供のようにそのふたりを可愛がり、子供はそれを当たり前のように受け入れて、少しずつ育っていった。まだ目も見えないうちからその環境に置かれたのが幸いしたのだろう、ふたりは獣人族の暮らしに難なく溶け込み、獣人族もそれを受け入れた。樹海の奥、ハンターたちに知られた獣人族の巣とは違い、完全に隔絶された獣人族の集落でのできごとだ。
 獣人族の集落で暮らしているからには、彼らと同じことができなくてはならない。ふたりがその脚で歩き回れるようになると、獣人族は彼らに、彼らがくるまれていた布に記された名前を教えた。金髪の男の子はビリー、そして銀髪の女の子はタロス。それから生きる術を教えた。食べられるものの見分け方、危険に遭遇したときの身の振り方、そして大型モンスターに出くわさないため、自然に溶け込む方法。獣人族は火も道具も扱える。その起こしかたや扱いも、彼らは学んだ。やがて小さかったふたりは獣人族と同じくらいの大きさになり、すぐに彼らを追い越した。ふたりを育てたアイルー(ジャスミンという名前だった)は、ふたりを見上げて言ったものだ。
「もう抱きしめてやることができないニャ……」
 嬉しそうに瞳を潤ませるので、ふたりは代わる代わる彼女を抱きしめた。きっと、すぐに彼女を抱き上げられるくらいになるだろう。人間の成長は早いのだ。


 だが、その平穏な時も長くは続かない。
 その日はなんだか樹海が騒がしかった。獣人たちもピリピリと毛を逆立てていたが、黒い影は突然襲ってきた。
「ナルガクルガだニャ!」
 誰かが叫ぶ。それは片目が潰れ、爪の割れたナルガクルガだった。それでもその素早さと力強さは健在で、獣人族の小さな集落などひとたまりもない。全員が危険を悟り、散り散りに逃げ出す。その中にはふたりの人間の子供の姿もあった。獣人にひけをとらない素早さで、茂みを駆け抜ける。だがその髪が光を反射し、それに反応したナルガクルガが襲い掛かってきた。
「危ない!」
 間一髪、ビリーがタロスを突き飛ばし、ふたりは攻撃を掻い潜る。転んだタロスを引き起こそうとしたビリーに、ふたたびナルガクルガの爪が迫った。
「……っ!」
 避けられない、と直感し、それでもタロスだけは守ろうと歯を食いしばった瞬間、あたりが真っ白になった。
 目をかばい、よろける。ギャオオオン、とナルガクルガの悲鳴が聞こえた。おそるおそる目を開くより先に、腕を掴まれて引き寄せられる。
「子供ォ!?」
 聞こえた声は、知らないものだった。驚いて視線を上げると、知らない人間が立っている。ハンターだ、と判断したのは、その男が片手剣を抜いていたからだ。鈍く光る刀身は、少し血に曇っている。そんなハンターたちは何度か見たことがあった。メラルーの「狩り」に同行したことがあったからだ。
「なんで子供がこんなところにいるんだよ!」
「来るぞ!」
 また、知らない声。その声に反応して、ハンターはビリーを抱えて後ろへ跳んだ。舌打ちが聞こえる。
「お前、そこにいろ! 動くんじゃねえぞ!」
 乱暴に放り出されるかと思ったが、彼は存外優しくビリーを地面に下ろした。それから、ナルガクルガに正面から切り込んでいく。ぽかんとそれを見送ったビリーの横に、上からタロスが降りてきた。彼女を抱えてきたのは、浅黒い肌の大柄な男だ。タロスは降ろされるとすぐにビリーにしがみつく。人間の男を、これほど近くで見たのは初めてだ。無理もないだろう。
 だがその様子を見て、男は眉尻を下げた。口角を上げて笑う。
「無事でよかったデスね」
 少し、言葉がぎこちない気もしたが、意味は解ったのでビリーは頷いた。背後でナルガクルガの断末魔が聞こえる。それでは、あいつはこのハンターたちに追われて逃げてきたのか――と、ようやくビリーは得心がいった。
「おい、剥ぎ取りはいいのか?」
 子供の頭ごしに投げられた言葉に、男は頷いて立ち上がった。代わりに、先ほどビリーを抱えたあの男がどっかりと座り込む。不思議そうにビリーとタロスを眺め、首をかしげた。
「おまえら、なんでこんなとこにいるんだ?」
 家出か? と訊かれて、ビリーは首をかしげた。イエデの意味が解らなかったのだ。だが横でタロスが首を振る。そういえば、タロスはメラルーの盗ってきた本をよく読んでいた。タロスが違うというのなら、違うのだろう。ひとまず、わかっていることだけを告げる。
「あいつに、襲われて……逃げてきた」
 視線で、地面に横たわるナルガクルガを示す。ハンターの顔が曇った。
「……家族は?」
 言われて、自分達を育ててくれたアイルーを思い出す。確か、集落にはいたはずだ。だが、逃げ出したかどうかはわからない。
「……わからない」
 いや、きっと逃げているだろう。危険になればまず自らの安全を優先する、獣人族とはそういうものだ。
「……悪いこと訊いちまったな」
 どうにか逃げ出したときの記憶を探っていたら、突然大きな手で頭を撫でられる。初めての感覚に驚いて彼を見上げるが、彼は視線を避けるようにして呼子笛を鳴らした。甲高い音が響きわたる。
「とりあえず、集会所に戻ろう。そうすりゃ、なんか解るかもしんねえし」
 シュウカイジョとは何だろう、とビリーは思った。


 シュウカイジョとやらに連れて来られたふたりは、揃って目を丸くした。そこには大勢の人間がいて、そのほとんどがこちらへと顔を向けている。タロスがビリーの後ろに隠れ、ぎゅっとその上着を掴んでいるのがわかる。自分も逃げ出したい思いで、しかし背後のタロスの存在を考えると、逃げるわけにはいかなかった。ぐっと歯を食いしばり、一歩前へ出ようとする。だがその目の前に、大きな手が差し出された。視線を上げると、褐色の肌のハンターがいる。
「疲れたでしょう? あっちに空いている席がありマスから、いきましょうか」
 そうしてさりげなく、数多くの視線から、ふたりを隔離してくれる。自分たちに刺さる視線がなくなったことを確認して、ようやくビリーは息をついた。あたりを見渡すと、先ほどの片手剣を使うハンターが、耳の長い女性を連れてこちらへ近づいてくる。どうやらその女性は竜人族らしい。
「迷子って聞いたけど?」
 彼女はいきなり口を開いた。面食らって黙り込むビリーをさりげなくかばって、褐色の肌のハンターが応じる。
「そのあたりがよくわからないんデスよね。あのあたりには人の住んでる集落はないハズですし」
「でも、ナルガクルガに追われて逃げてきたって言ったんだぜ? ギルドで何か把握してないのかよ」
「ギルドは万能じゃないのよ。全てのモンスターを監視下に置けたら、苦労はしないわ。……ただ、現時点では、ナルガクルガがどこかの村を襲ったなんて報告はない」
 会話の流れが掴めずに、ビリーはぽかんとして大人たちを見上げた。ふと隣を見れば、タロスも同じようにぽかんとしている。何を話しているのか、ふたりには理解できなかった。ふたりとも、けして頭の回転は遅くはない。だが、いかんせんふたりはまだ外の世界を知らなすぎた。そんなふたりを見下ろし、女性はため息をつく。
「この年頃の子供に、道案内しろってのも酷だしね。……それに、大型モンスターが繁殖期に入ってるわ。うかつにあそこへは近寄らないほうが得策よ? 少なくとも今はね」
「……そういや、今日のナルガクルガも気が立ってたみたいだったなあ」
 そんなふうに言うハンターの頭を、女性は勢いよくはたいた。
「クエスト情報に書いてあるでしょ! ともかくひとまずは、この子たちをどこかで保護するしかなさそうね」


 結局、褐色の肌のハンターがふたりを家に連れて帰った。彼はグッドマンだと名乗ったので、ビリーとタロスもそれぞれに名乗る。
「ビリーくんに、タロスさんデスね」
 暖めたミルクをカップに注いでくれたので、ふたりは引き寄せてそれを飲んだ。舌を火傷するほどの熱さではなく、一気に飲んでしまう。甘かったのは、おそらくハチミツだ。混乱した頭はそのままだが、少しだけ気持ちが落ち着いた気がして、ふたりしてため息をつく。その様子に苦笑しながら、グッドマンはおかわりを注いでくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
 にこりと笑顔で、そんな返事が返ってくることが新鮮だった。獣人族はこれほど表情が豊かではない。まったく表情がないわけではないが、やはり人間には遠く及ばない。少しずつミルクを飲みながら、ビリーはじっとグッドマンを観察した。褐色の肌、黒い髪。人間の男性のなかでも大柄なほうだろう。そういえば、武器は大剣を使っていた。言葉に少し不自然な部分があるから、もしかしたら異国の出身なのかもしれない。
「かえりたいよ」
 ぽつりと、タロスが呟く。カップを抱えるようにして、それを覗き込んでいる。
「ジャスミンにあいたい」
 その口調から、タロスも彼女が生きていると確信していることがうかがえた。
「ジャスミンさん?」
「おれたちの母さん」
 一緒に逃げられなかったんだ、と言うと、グッドマンはそうですかと言った。
「帰るって、あの樹海の中に家があるんデスか?」
 ふたり同時に頷くと、グッドマンはため息をついた。一度天井を仰ぎ、それからふたりへと視線を戻す。残念デスけど、と彼は言った。
「樹海には、普通の人間は入れないんデスよ」
「……だって、家に帰るのに」
 タロスが、じっとグッドマンを見つめているのが解る。
「あそこに人間の家はない。それがギルドの認識デス。だから、樹海に入る人間をギルドは制限しているんデスよ」
 樹海はとても広く、入って抜けられなかった人もいる。だから案内人を雇うか、もしくは熟練したハンターなら、行くことができるのだと教えてくれた。もしも本当に樹海に人の住む場所があるのなら、ギルドが調査に入り、安全な経路を確保して、それからやっと入ることを許されるだろうとも。ただ、それには膨大な時間が必要だ。そんなもの、待ってはいられない。
 ビリーは唇を噛んだ。なんとなく話が見えてくる。つまり、自分たちだけでは、あそこに帰ることはできないというのだ。かといって、案内人を雇ったところで、役に立つとも思えない。あの集落の周辺では、人間を見かけることは一度もなかった。案内人とやらが、あそこを知っているとは思えない。こっそりと樹海へ向かうという選択肢もないわけではなかったが、ふたりがシュウカイジョとやらに連れて来られるまでに、アイルーの牽く荷車でかなりの時間がかかった。どう戻れば良いのかもわからず、そんな危険な賭けには出られない。だとすれば、
「ハンターなら……帰れる?」
 呟きに、グッドマンは頷いた。それも、ハンターランクの高い、一部のハンターなら。その返事に、ビリーはタロスを見る。彼女もビリーを見ていて、視線がぶつかった。互いの意志を確認して、頷きあう。
「それなら、ハンターになる」
 タロスが言う。ビリーが頷く。時間がかかると思いマスよ、とグッドマンが言うのに、ふたり同時に頷いた。帰れないよりは、帰れるほうがいい。たとえ時間がかかってもだ。それを予想していたかのように、彼はにこりと笑った。
「それではさっそく明日、ギルドに登録しに行きましょうか」


 次の日、集会所に現れた3人を見て、ビリーを助けた片手剣使いは眼を見開いた。彼らはハンターになるそうデスよ、とグッドマンに言われて、目玉がこぼれるのではないかと心配になるほどに目を丸くしていた。その様子に、ビリーとタロスは少しだけ笑う。それから、顔を引き締めて頭を下げる。片手剣の使い方を、教えてください。
 これは、グッドマンの入れ知恵だった。まだ身体の小さいふたりには、どの武器よりも片手剣が良いだろうと教えたのだ。そして、彼ならそれなりに腕も立つし、丁寧に指導してくれるだろうと。彼は頭を下げられて真っ赤になり、あわあわと手を振り回した。その様子を見て、ビリーとタロスはまた少しだけ笑った。
 ハンターとしてギルドに登録し、片手剣の扱いを覚えたふたりの活躍は、目を見張るものがあった。獣人族に育てられ、樹海という自然を知り尽くしているふたりにとって、ハンターに課せられる任務はそう難しいことではない。身体能力、反応速度、動体視力、そして勘。そのどれもが、他のハンターたちとは段違いなのだ。環境のちがう砂漠や雪山には戸惑うこともあったが、必要なことはすべてグッドマンたちが教えてくれた。その彼らも驚くほどのスピードで、ふたりはハンターランクを上げていった。成長したとはいえ、まだ少年と少女のふたりの名前がハンターの間に知れ渡るのは早かった。まだ若い――若すぎるハンターがいると、最初は言われた。次には、声をかけても表情も変えない、無愛想な子供だと言われた。その次には、子供のくせにえらく腕がたつと言われた。最後には、何を考えているんだ、不気味だの怖いだのと言われた。獣人族とともに育ったふたりは、大げさな表情を顔に浮かべることがほとんどない。それを指しての言葉だと思われた。だがふたりはそんなことは気にも留めなかった。早く樹海に、それだけを考えていたからだ。そのかいもあって、ようやくふたりは樹海へと赴くことを許された。


 マタタビ酒を手に、ふたりは樹海へと踏み込む。記憶にある樹海と違って見えるのは、ふたりが成長しているからだ。視点の高さが違うのだ。
 懐かしい集落でまずふたりを迎えたのは、見覚えのあるアイルーだった。一瞬身構えたそのアイルーは、ふたりの髪を目にして、ぴんと耳を立てる。
「ビリーとタロスだニャ!?」
「カルネ!」
 懐かしい名前を呼び、抱擁を交わす。その大声につられてこちらを見た獣人族たちが、われ先にと駆け寄ってきた。ビリーとタロスは、彼らにもみくちゃにされながらも、腕を伸ばして彼らを抱きしめる。ここにいた頃に比べるとだいぶ大きくなってはいるが、それでもビリーとタロスは彼らの仲間だった。獣人族は情が深いのだ。その輪から少し外れたところに、懐かしい姿を発見して、タロスが歓声を上げる。
「ジャスミン!」
 獣人たちをかきわけて、タロスがジャスミンを抱きしめる。ジャスミンはただ無言で彼女を抱き返した。潤む瞳で、ビリーを見つめる。
「……おかえりニャ」
「……ただいま」
 これだけのことを言うのに、随分時間がかかってしまったな、とビリーは思う。それでも、ここへ帰ってこれたのだから良しとしようか。
 そういえば、持っていたマタタビ酒をどこかへやってしまったな、とふと思い出す。視線をめぐらせると、すでにリレー形式で運ばれて、皆に分配されるところだった。かつて、ふたりがここにいた頃に、「狩り」の収穫物をそうやって山分けしていたように。
(……やれやれ)
 一応感動の再会の場面のはずなのだが、ちゃっかりしている。そのつもりで持ってきたから別にいいけど、と、ビリーはかすかに笑みを浮かべた。


 ハンターになったこと、人間たちとの生活のこと、そんなことを話していると、時間の経つのは早いものだ。ふたりは一晩そこに泊まって、次の日の朝には出発した。マタタビ酒の礼だと、アイルーたちが樹海ではたくさん採れるハチミツを大量によこしたので、荷物は重くなっている。けれども不思議と軽く感じるのは、間違いなく精神的なものだろう。これからは、いつでも彼らに会いに行けるのだ。
「元気そうだったな」
「うん。……よかった」
 次に行くときも、マタタビ酒かな。そうだな。そんな話をしながら歩き、ふと気配を感じて、ふたりは左右に分かれて跳んだ。ふたりのいた場所に、黒い影が落ちてくる。
 長い尻尾を持ったそれは、ナルガクルガだ。即座に戦闘態勢をとり、武器を抜く。片手剣の扱いに慣れ、力もついた彼らは、別の武器も扱うようになっていた。今日携えていたのは、ビリーがハンマー、タロスがガンランスだ。もう、ただ逃げ回るだけの子供ではない。
「さて、」
「じっくりいきましょうか」
 呟いて、ふたりは地面を蹴った。


   ***


 長い話が途切れ、沈黙が降りる。いつのまにか、全員の食べる手が止まっていた。皆ぽかんとして、ビリーを見つめている。そのビリーはといえば、いつもの無表情で、パンをちぎって口に放り込んだ。もぐもぐと咀嚼する。
「ビリーはん……苦労してんだなあ……」
 しみじみと言ったのはセブンだ。その言葉を皮切りに、すうっと音が戻ってくる。それでも、食事を再開するものはいない。全員が隣の、あるいは向かいに座っている者と、口々に感想を言い合う。だが、少ししてそれも収まった。ビリーが次に何を言うかが、皆気になるのだ。
 視線が集まっているのを感じているのかいないのか、ビリーは口の中のものを、エールで流し込んだ。飲み干して、カップをテーブルに置く。
「……っていう話があったら感動的だと思わない?」
「…………は?」
 ノブツナの口の端から、火がついたままの煙草がぽろりと落ちる。それを器用に灰皿で受け止めたビリーは、何事もなかったかのように、目の前の肉の塊に取り掛かる。まだ食うのかよ、と頭の片隅で思いつつも、ノブツナはなんとか体勢を立て直した。新しい煙草を取り出し、火をつける。深く吸い込んで、吐く。よし、俺は落ち着いてる。
「……嘘なのか?」
 あの長い話が? 全部? じゃあアイルーに育てられたとか、育ての親に会うためにハンターになったとか、いやそれよりもあの大量のハチミツの謎がやっと解けたと思ったのに! とかいろいろと言いたいことはあったが、口にはしなかった。正確には、脱力してもうどうでもよくなったのだ。だって相手はあのビリーだ。一筋縄でいくわけがなかった。そんなこと、最初に気づくべきだったのに。見れば、全員が同じような心境らしい。テーブルに突っ伏している者すらいる始末だ。
「……飲みなおすか!」
 やけくそで叫ぶと、同意の声が上がった。ウエイトレスを呼び、注文が殺到する。
 その喧騒にまぎれて、ビリーとタロスが口元にかすかに笑みを浮かべていることに、気づいた者はいなかった。





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