「異世界の構成員ったー」より

万里は反政府組織【戒めの獅子】の第四戦隊に所属し、小隊長。本来は根無し草だったがリーダーの依頼で現職に就く。動きやすい長さに切り揃えた茶髪に黒瞳

……という設定で、短いのを書いてみた。









『撤収!』
 襲撃を終えたら、撤収は迅速に。インカムから聞こえた指示に、わたしは即座に従った。
「撤収だよ、ほらほら早くー」
 もたつくメンバーを追い立てる。早くしないと、警邏の連中がこちらへ来てしまう。ばたばたと全員が路地を抜けたところで、見落としがないことを確認するため、わたしは振り返った。暗い路地には、ほとんど明かりがない。そこに、自分たちのものではない足音が響いた。予想よりも早く、警邏の連中が追いついてきたのだ。舌打ちして、わたしはポーチを探った。取り出したのは催涙ガスの噴射装置だ。うちの組織――【戒めの獅子】の開発班特製。手早く設置して、その場を離れる。しだいに大きくなってきていた足音が、ふいに途絶えた。盛大に咳き込む声がする。わたしは低く笑った。彼ら自身に恨みはないが、国家権力というやつに属している奴らはみんな敵だ。そういうことになっている。
『お前で最後だ。早く来い』
「わかってますよー」
 インカムに答えて、わたしは走る。うちの大隊長どのは、いい人だけど気が短い。
『……何か余計なことを考えているな?』
「気のせいっすよ!」
 超能力者かよ。ぺろりと舌を出して、わたしは本格的に走り出した。


 暗い部屋の中で、男はゆったりと煙草をくゆらせていた。
「無防備じゃない?」
 自分こそのんびりとソファに身体を伸ばしているくせに、そんなことを言うのは、髪を短く刈り込んだ女だ。暗がりのなかで、なお輝く黒い瞳がこちらを見ている。水着の美女が同じポーズを取っていたら、さぞかし目に楽しかっただろう――だが、彼女にはあまりにも身体の起伏が足りない。おまけに身体にぴったりと沿っているとはいえ、黒ずくめの服では色気もない。実に残念だ。そんなことを考えているとはおくびにも出さず、男は言い返す。
「おまえがいるからな」
「……それ、わたしを信用してる?」
 心底疑わしげに、彼女は呟いた。男は低く笑う。
「そう思うか?」
 彼は、反政府組織【戒めの獅子】、そのリーダーだ。見た目は普通の男にすぎない――スーツに眼鏡、適当に撫で付けた黒い髪。だが、彼が立ち上げた反政府組織は過激な手段を主とし、着実に政府を追い詰めている。それに異を唱えるものはいない。何しろ、暴政を布いていた政府が倒れるのだ。むしろ諸手を挙げて歓迎されるはずだった。
 この女は、その理想に賛同してこの組織に身を投じたわけではない。彼女がここにいるのは、単なるビジネスだ。依頼主は男自身。最近になって内部に巣食うことが判明した政府側の犬を、組織内から焙り出すのが仕事だ。そのために、男は信頼できる部下の、更に下に彼女をつけた。彼女の今の立場は小隊長。小回りがきき、警戒もされにくい、絶妙な立場だ。彼女はその立場に、実に馴染んでいると言えるだろう。上司たる大隊長の覚えもいいし、部下たちにも受けがいい。そうして仲間に溶け込んで、彼女は様々な情報を持ち帰る。まだ雇ってからそう経ってはいないが、その情報には幾度となく助けられている。実は案外頼りにしているのだが、と男は考え、しかし口には出さなかった。彼女は寝そべっていたソファから身体を起こし、嘆かわしげに溜息をついた。
「……思わない。あのねえ、」
 ローテーブルの上に放置されていた拳銃を手に取り、安全装置を外す。と同時に、扉が押し開かれた。乱入してくる人影がある。ひとつ、ふたつ――数える間に銃声が響き、次々と影は床に崩れ落ちた。マズルフラッシュで照らされたはずの彼女の顔は、しかし男の位置からは見えない。彼女はいつの間にか立ち上がり、男に背を向けていた。瞬く間に4人の侵入者を撃ち殺し、1人は肩を打ち抜くだけにとどめている。もちろん、指示した者について喋ってもらうためだ。苦しげなうめき声を上げる生存者に歩み寄り、取り落とした銃へと手を伸ばしていたそいつを容赦なく踏みつける。憎憎しげに彼女を見上げるそいつを見下ろして、彼女は先ほどの台詞の続きを言った。
「……自分を囮にするのはいいけど、わたしを巻き込まないでくれる?」
 表情は窺えないが、おそらくとことん呆れているのだろう。彼女と一緒にいるときに襲撃を受けるのは、これが初めてではない。
「肝に命じよう」
 その言葉が笑みを含んでいることに、きっと彼女は気付いたはずだ。ふんと鼻を鳴らして、ちらりとこちらを振り返る。
「その台詞も何度目だか」
 黒い瞳は、何の感情も浮かべてはいない。男の依頼した仕事が終われば、また元通りの根無し草へと戻るのだろう。
 それはいかにも惜しいと、男は思い始めていた。



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