「メタルギアソリッド ピースウォーカー」のパロディ





 ガシャ、とレバーを引き、薬莢を排出する。
 旧式のライフルだ。モシン・ナガンM1891――ソ連の開発したこの銃には狙撃用スコープの取り付けが可能だが、リクはそうしていない。銃身に付いている照星と照門があれば充分に狙いを定めることはできるし、何よりもスコープには光が反射する。それは相手から発見される可能性が高くなるということだ。狙撃手にとって、それは何よりも優先して避けなければならないことだ、とリクは思っている。
 引き金を引くと、重い反動が肩へとかかる。その衝撃をきれいに受け流して、また薬莢を排出する。1発撃つごとにリロードの必要があるボルトアクションは、現代の軍隊では忌避される傾向にある。だが己の身体に随分と馴染んだこの武器を、リクは捨てる気はなかった。
「さすがだな」
 横合いから声をかけられて、抱えていた銃を下ろす。振り向くと、そこにいたのは金髪の、サングラスをかけた男だ。このMSF、国境なき軍隊を統括するビッグボス――その腹心。名を、カズヒラ・ミラーという。MSFに入るときに名を聞かれ、リクと答えると、彼はにこりと笑った。俺の故郷の言葉では大地という意味だ、いい名前だな。そう言って。握手した手はひどく硬かった。鍛錬を欠かしていない証拠だ。MSFの運営に忙殺されているようだったが、彼もまた兵士だということだ。それはそうだ、トップであるビッグボスが、生粋の兵士なのだから。
「どうも」
 軽く頭を下げる。リクの狙っていた的に、穴は3つだけだ。的まではおよそ100メートル、人の形を模したパネルの、ちょうど眉間にひとつ。喉にひとつ。そして左胸、心臓の位置にひとつ。足元に転がっている薬莢は軽く20を超える。そのすべてが、3箇所のどこかに命中しているのだった。その精度は限りなく高い。薬莢をつま先でつつきながら、ミラーは笑う。
「なんでもないって顔だな。――目は狙えるか?」
 少し首をかしげて、リクは射撃体勢に入った。構えて、引き金を引く。薬莢を排出して、もう1発。そこまでが、時間にすればほんの5秒だ。両目の位置に穴が増えた的を確認して、ミラーは頷いた。
「いい腕だ」
 立ったまま、旧式のライフルで、100メートル先の的を正確に撃ち抜く。だがこの距離ならば、狙撃手にとっては近すぎると言わざるを得ない。それを知っているのか、ミラーは皮肉げに笑う。
「今のもそうだが、――3日前だったかな。私の部屋に貼ってあったポスター、あれを撃ち抜いたのもなかなか見事だった」
 ぎくりと、リクは身体をこわばらせた。あまりにも、身に覚えがありすぎる。
 ミラーの部屋に貼ってあったのは、どこぞのグラビアアイドルのポスターだ。マイクロビキニで悩ましげなポーズをとっている彼女の、ちょうど乳首にあたる部分を、ファルトと一発ずつ撃った。どうしてそんなことをしたかと言えば、ひとつには腕試し。もうひとつには、単にそのときミラーが部屋におらず、窓が開け放してあったからだった。腕試しをするのにちょうどいい距離だったのだ。海に浮かぶマザーベースの、いちばん端からの狙撃。誰も見ていないし、ばれやしないだろうと高をくくっていたのだが、どうやら間違いだったらしい。
「あれは何メートルあったかな?」
 サングラスの奥から、鋭い目がこちらを見ている。観念して、リクは答えた。
「……約450メートル、です」
「結構」
 ぱちぱちと、妙に明るい音が響く。空虚な拍手をすぐにやめて、ミラーはまじまじとリクを見下ろした。思わず視線をそらす。いたたまれない。沈黙がしばし続いて、ようやくミラーがその沈黙を破る。
「では、君の腕を見込んで、特別ミッションを与えよう」
 反射的に嫌な顔をしたリクを見下ろして、ミラーは笑う。人の悪い笑みだった。
「明日の午前9時だ。ブリーフィングルームに来るように」
「……アイ、サー」
 しぶしぶ了解の意を伝える。どちらにせよ、彼はここでの上官にあたる。逆らうことは許されないのだ。満足そうに頷いて、ミラーはきびすを返す。立ち去りかけて、ふと立ち止まった。ちらりとこちらを振り返って、ついでのように告げる。
「ああ、ちなみに君と一緒に悪さをした彼にも、同じように特別ミッションを与えるつもりだよ」
 そんなところまでばれている。もはやぐうの音も出なかった。


     ***


「あれ、リク」
 リクがブリーフィングルームに足を踏み入れると、すでにそこには2人の人間がいた。思い思いの格好で、椅子に座り込んでいる。入り口に近い金髪の男が、リクを見て声をあげた。
「ビリー?」
 予想外の顔に驚いて、一瞬足を止める。それから残るひとりに目をやって、リクは思い切り顔をしかめた。
「セブンまで」
「うっわ、嫌そうな顔」
 けらけらと笑うのは、ドレッドヘアの若い男だ。ここにいる3人は同い年で、訓練などでもたびたび一緒になる。チームを組んで事に当たることも多く、大所帯のMSFの中でも馴染みの連中と言えた。
「だってこの面子じゃあねぇ……」
 ろくなことにならないのが目に見えている。そう続けはしなかったが、ふたりは正確にその言葉を予測したらしい。ビリーが淡々と付け加えた。
「ちなみに、アッシュも参加」
 まだ来てないけど、と言って時計を見る。約束の時間まではあと4分といったところか。遅刻魔のアッシュだが、今回はきちんと来れるのだろうか。
「なに、あんたらまた何かやったの」
 自分のことを棚にあげて、リクは尋ねた。彼ら――ビリーとセブン、それにアッシュ――はMSFに来て初めて顔を合わせた。そのはずなのに妙に仲がよく、何かとチームを組んでいるようだった。それぞれ強烈なキャラクターを誇るせいか足取りの揃わないところはあったが、それでも個々は恐ろしく優秀な兵士だ。彼らの息が合ったときにはとんでもない戦果を叩き出すことでも知られていた。狙撃を専門にしているリクは彼らのバックアップとして、何度かミッションに同行している。そんな縁もあって、彼らの関係はまずまず良好だと言えた。
「ちょーっとね」
 意味ありげな笑みを浮かべるセブンから、表情らしい表情を浮かべていないビリーへと視線を滑らせる。ビリーはその視線に応えて口を開いた。
「4日前かな。夕飯、カレーだったよね」
 言われてリクは思い出す。確かあの日はシーフードカレーだったか。それがどうしたの、と首をかしげると、セブンがにやにやと口を挟んだ。
「ミラーの皿にタバスコ混ぜてやった」
 うわあ、と思わず声が出る。彼の事だ、おそらく生半可な量ではないだろう。一瓶くらいは使ったはずだ。ちょっとミラーが気の毒になる。
「で、カレー食ったところに、ペプシネックスのボトルを」
 ビリーが思いっきりシェイクしてから渡してやったのだという。蓋を開けた瞬間に大惨事だ。想像して、リクは笑いを噛み殺す。とんでもなく辛いカレーを食べて、慌てて飲み物を飲もうとしたら蓋を開けた瞬間に大爆発だ。そりゃあ怒るだろう。――多分、現場を見ていた連中は大爆笑だ。それもきっと勘に触ったに違いない。
「……で、アッシュは何やったの」
「アッシュはね、それ見て椅子ごとひっくり返るくらい笑ってた」
 ビリーはしれっと言ってのける。おそらくセブンあたりが、面白いことがあるから見ていろとでも唆したのだろう。ということは、アッシュは完全に巻き添えらしい。
「まぁ、アッシュだからねぇ……」
 何かと貧乏くじを引くことの多い彼に、ほんの少しだけ同情する。だが、今回はたまたま加わっていなかっただけで、彼だって実のところかなりの問題児なのだ。伊達に彼らと付き合っているわけではないのである。
「はよー……」
 そんなことを話しているとタイミングよく自動扉が開いて、えらくテンションの低いアッシュが入ってきた。おそらくこの男は寝起きだ。時間は、8時59分。遅刻しなかっただけマシだろう。ふらふらと適当な椅子に座り込むのと同時に、前のドアが開く。入ってきたのは、カズヒラ・ミラーだ。
「よし、全員揃っているな」
 立ったままだったリクは、慌ててビリーの隣へと座った。ミラーがなにやら資料を取り出し、ブリーフィングを始める。
「さて、君たちに行ってもらうのは、イスラ・デル・モンストルオ。最近発見された、伝説の島だ」
「伝説?」
 セブンが首をかしげる。ミラーはにやりと笑った。
「モンスター……怪物が住まう島、だそうだ。トレニャーが言うには、だがな」
「トレニャー?」
 今度はビリーだ。そちらを見て、ミラーは応える。
「その島を教えてくれた奴だ。大きい猫……らしい。2本足で立って、ボスの腰くらいまであるとか」
 確かに、猫としてはでかい。というか、猫が教えてくれたのか? そんな、アニメやゲームじゃないんだから。なんとも言えずに、4人は沈黙した。ミラーは気にした様子もなく続ける。
「で、そいつが言うには、その島にはモンスターがいて、倒すと貴重なアイテムが手に入ると」
 そういうことらしい、と言ったミラーに、胡散臭げな視線が集中する。さっきかららしい、ばかりで確実な情報が全くない。そんな状況で任務に出ろとは、無茶もいいところだ。その視線に抵抗するように、ミラーは両手を広げてみせる。
「しょうがないだろう。そのトレニャーと話ができるのは、ボスだけなんだ。それ以外の人間が喋ろうとしても、ニャニャとしか聞こえない」
「ボスって一体何者だよ……」
 それがMSFの連中の総意だ。コードネームはスネーク、先の冷戦下において、アメリカからソ連へと単独潜入を果たし、特殊部隊の母とまで呼ばれた伝説の傭兵を殺害してのけた。凄い人には違いないのだが、そして纏う空気もまぎれもなく歴戦の兵士のそれなのだが、日常生活が垣間見えると途端にそうは思えなくなってしまう。食堂ではものすごい食い意地を見せるし、質問に頓珍漢な答えを返しては呆れられることもしばしばだ。それでもこの人に着いていこうと思わせるところは、さすがにカリスマと言うべきなのだろうか。
 ともかく、とミラーは咳払いをする。そこに何がいるのか、確かめてきてくれというのだ。要するに偵察任務かとリクは頷いて、質問のために手をあげる。
「この面子は、偵察には向かないと思いますけど」
 そんなことは知っているとばかりに、ミラーは鼻を鳴らした。ここにいるのは、とことん攻撃に特化した奴らだ。隠れながら進むのは絶望的に向かない。まあ、ビリーあたりは器用だから、そのくらいはこなしてみせるだろうけれども。
「勘違いしてもらっては困る。怪物が出ると言うのだから、そいつと遭遇したら是非、倒してきてもらいたい」
 つまり敵地の制圧までを兼ねているということだ。しかしその敵が怪物とは、冗談としか思えない。眉間に皺を寄せて、アッシュが言う。
「ほんとにいるんですか、そんなの」
「いなければいないで大いに結構」
 ミラーは言う。とりあえずその島に行き、様子を探って来いと、そういうことなのだろう。
「なお、武器・弾薬は好きなだけ持っていって構わん。支援の要請があれば、それも投下する」
 その言葉に、セブンの目がきらりと光る。セブンは派手なことが大好きだ。一抹の不安が脳裏をよぎったが、ミラーはそんなことには頓着しない。
「では、準備をしてくれたまえ。出発は本日14時とする。解散!」
 ファイルをぱたんと閉じて、ミラーは部屋を出て行く。のろのろと隣を見ると、ビリーが笑っていた。普段あまり表情のない彼だが、存外解りやすい。気分が高揚しているのが手に取るように解った。武器・弾薬使い放題、それに未知の敵ということで、わくわくしているのだろう。ため息をついて、アッシュを見やる。アッシュもちょうどこちらを見たところで、視線がかち合った。
 互いに考えていることがよく解って、ふたりは同時に肩を落とした。


     ***


「……マジかよ」
 呟いたのはアッシュだ。イスラ・デル・モンストルオに上陸した彼らを待ち受けていたのは、鮮やかな青い鱗を持つ、巨大なトカゲ、のような生き物だった。体長は、自分たちとそう変わらない。けたたましく鳴いては飛び跳ねている。呆然とそれを見ていると、わらわらと周囲から同じ特徴を持つ生き物が群がってくる。どうやら集団で狩りをする生物のようだ。
 ダション! と、普段の戦場ではあまり聞かない音がする。見ると、セブンがショットガンをリロードするところだった。フランキ・スパス12。散弾銃は、こういった密集した敵には抜群の威力を発揮する。至近距離からの散弾をくらった相手は、なすすべもなく地面に倒れるしかない。無造作にオートに切り替えて、周囲を囲もうとしていた奴らを薙ぎ払う。残りの7発を撃ちつくしたところで、立っているのはあと4体だった。
「こっちにも残しといてよ」
 文句を言って、ビリーが手にした拳銃の引き金を引く。サイズはそう大きくないが、威力は普通のハンドガンとは桁違いだ。スミス&ウェッソン、M19。通称コンバットマグナム。反動も大きく、正確に狙いをつけるのは至難の業のはずだが、ビリーはそれをいともあっさりと使いこなす。瞬く間に、2匹のトカゲが頭を撃ちぬかれ、吹き飛んだ。
「……出遅れたか」
 舌打ちをして、アッシュがサブマシンガンを小刻みに連射する。ヘッケラー&コッホ、MP5。サプレッサーが内臓されているために、大きな音はしない。だが威力は確かなもので、残る2匹のトカゲはたちまち蜂の巣となった。後にはかすかに、硝煙のにおいしか残らない。
「……俺の出番ないじゃん」
「リクは後方支援でしょ」
 ビリーに言われ、まぁそうだけどと唇を尖らせる。今回リクが持ち込んだのは、愛用のライフルと、イングラムM10、それにシモノフPTRS1941だ。それ以外には持ってきていない。だって重いのだ。愛用のモシン・ナガンは4.2キロ、M10は3.4キロ、PTRSは21キロもある。これだけでもう30キロ近い。リクだって鍛えているから音を上げたりはしないが、それでもこれ以上のものを持ってしまうと、素早い動きはできなくなるだろう。それを考えてのことだったが、しかし自分よりも重いものをたんまり抱えて平然としている彼らを見てしまうと、なんだか少し悔しい。もっとも先ほどビリーが言ったように、リクはスナイパーなのだ。後方で待機しているのが仕事で、彼らのような最前線に突っ込んでいく役割ではない。己に言い聞かせて、リクは死体のひとつを調べようとしゃがみこんだ。まだ温かいそれに触れてみると、やはり表皮は鱗で覆われている。青い鱗にはところどころに縞模様が入っていて、きらきらと陽光を反射した。鋭い牙と爪は、肉食獣の証か。
「見たことないよな、こんな生き物」
「食べられるのかな」
「あんまりおいしそうじゃないよね」
 アッシュとビリーとセブンが好き勝手な事を言い始める。確かに、あまり美味そうではない。まず食えるか、美味いかを考えるその思考が、かつてのボスと全く同じものであることを、残念ながら彼らは知らない。
「……!」
 不意に、ビリーが振り返った。金色の髪が、その勢いで跳ねる。全身をゆるやかに緊張させている彼を見て、全員が立ち上がった。
「どうした、ビリー」
「……何かいる」
 応えて、ビリーは油断なくアサルトライフルを構えた。FN・FALだ。4キロ以上もあるそれを構えて、ビリーの体勢は崩れもしない。セブンもショットガンを捨てて、カラシニコフを構える。気がつけば、アッシュもM16を構えていた。リクはそっとイングラムM10を手に、周囲を探る。先ほどの肉食獣の姿はない。ビリーがしきりに視線を注いでいるのは、島の奥にあたる方向だ。そちらを赤外線ゴーグルで見て、思わず息をのむ。
「どうした」
 リクの様子に気付いたアッシュが、鋭く問う。このメンバーの中で、赤外線ゴーグルを装備しているのはリクだけだ。渇いた喉に唾を飲み込んで、見たままを口にする。
「でかいのがいる」
 その言葉を疑うように、3人の視線がちらりとこちらを刺した。論より証拠だ。サブマシンガンをモシン・ナガンに持ち替えて、立ったままに狙いをつける。とはいえ、どこに当たっても構わないのだ。とりあえず、頭と思われる場所に狙いをつけて、発砲する。即座に排莢。再び構えたときには、すでに悲鳴が聞こえている。
 予想外に大きな声に、3人は動揺したようだった。意に介さず、リクは再びトリガーを引く。的が大きいので、適当に撃っても当たる。
 今度こそ、はっきりと怒りの咆哮が響いた。ばさり、何かが羽ばたくような音がして、ふわりと宙に舞い上がったものがある。その姿を直接目にして、その場にいた全員が絶句した。
 ドラゴン。最初に受けた印象はそれだった。絵本の挿絵に描かれるそれよりもスマートで、ずっと凶悪な姿をしている。あれは竜だと、全員が認識する。広げた翼は、ゆうに40メートルほどか。赤みがかった鱗に覆われた皮膚、それに恐ろしいほどの大きさの鉤爪。あれで掴まれでもしたらひとたまりもないだろう。その青い瞳は憎悪に燃えている。すうっとこちらの空き地に飛んできたそいつは、意外なほど静かに着地した。それでもその体重を反映してか、どしんと低い音がする。油断なく銃を構えるこちらの4人を睥睨して、そいつはぱっくりと口を開いた。ぎざぎざと鋭く尖った牙が、ずらりと並んでいるのがわかる。
「…………ッ!」
 距離は、およそ80メートル。それだけの距離を隔ててなお、咆哮が耳をつんざいた。思わず構えを崩し、耳をかばう。それは他の3人も同じだった。はっと我に返ったときには、赤い竜がこちらへと走り出している。
「散開っ!」
 セブンが叫んで、身を翻す。皆の動きは素早かった。全力で地面を蹴り、突進してきた巨体をかろうじて避ける。跳ね起きると同時に、インカムのスイッチを入れた。
「距離を取るぞ」
 マイクに向かって言うと、素早く森のほうへと走った。ちらりと後を振り返ると、赤い竜はばさばさと羽ばたいて、空中にホバリングしている。ゆっくりと向きを変えて、その目がリクを補足した。瞬間、嫌な予感が背筋を走りぬける。
『避けろ!』
 インカムから聞こえた声と己の直感を信じて、走る方向を無理やりに変えた。ほんの少し前までいた場所に、炎が巻き上がる。ちりちりと熱が肌を焦がして、リクは思わず叫んだ。
「嘘だろ!?」
 走りながら視線を上げると、赤い竜が火の球を吐き出すところだった。ほぼ正確にリクの方へ飛んできたのを、なんとか避ける。
『火を噴く動物なんて聞いた事ねえぞ!』
 ヘッドセットからアッシュの声がする。信じられないといった声音だ。リクも全くの同感だ。
「あっぶね!」
 三度、吐き出された火球を避ける。竜――火竜と呼ぶべきか、そいつはゆっくりと地面に降り立ち、鋭い爪で地面を掻いた。ちらりちらりと、口の端から炎が漏れる。ひとしきり尻尾を振って、そいつは向きを変える。見据えた方向には、アッシュがいる。
『来るなら来いや!』
 片膝をつき、スコープを覗き込む。アッシュは既に武器を構えていた。RPG-7、歩兵携帯用の対戦車兵器。真っ直ぐに突進するそいつの顔面に狙いをつけて、アッシュは遠慮なくぶっ放した。弾頭が発射されると同時、強烈なバックブラストが彼の背後の茂みを揺さぶる。発射された弾頭は、狙い違わず竜の頭部に着弾した。正確にこれを当てるのはなかなか難しいのだが、さすがに何度も修羅場をくぐってきただけのことはある。
 悲鳴をあげて、火竜の突進は止まった。衝撃にのけぞった竜の頭部は、しかし鱗が少し焦げているだけだ。その事実に、思わず絶句する。装甲車程度ならば軽々と貫いてしまうほどの威力をもってしても、たいしたダメージを受けているようには見えない。あの鱗は、どうやら戦車の正面装甲以上の強度を持っているようだった。
『チャーンス』
 セブンの声だ。にやりと笑う顔までが見えるようだ。突進が止まった隙を狙ったのだろう。肩に担いでいるのはカールグスタフM2、84ミリ無反動砲。無造作に放たれた弾頭が、火竜の右の翼を直撃する。同時に、左の翼でも大爆発が起こった。見れば、セブンとは反対側で、ビリーがやはりRPG-7を構えている。無造作にリロードしながら、ビリーの呟く声がした。
『効いてはいるみたいだね』
 言葉通り、苦痛に身をよじる火竜の翼は、翼膜が破れている。どうやら柔軟性がある代わりに、鱗ほどの強度はないらしい。それも当然かと、リクは頷いた。肩にかけていた銃を下ろし、スタンドを立てて手早く設置する。銃身が2メートルもあるこいつを立って使うのは、さすがに無理があるのだ。
 傷ついた翼を使って再び宙に浮いた火竜が、憎憎しげに眼下の人間たちを睥睨する。ビリーの声がした。
『スタンするよ』
 慌てて、目をかばう。目を閉じて手をかざしていても解るほどの閃光が、瞼を焼いた。スタングレネードだ。火竜の悲鳴と、何か重いものが落ちる音。ようやく目を開けてみると、地面に落ちた火竜がもがいていた。よろよろと立ち上がり、しかし視界はまだ回復していないらしい。チャンスとばかりにそれぞれがロケットランチャーをぶっ放すのを、リクは苦笑とともに見る。その間も身体は休めない。スコープを覗き込み、着弾の爆発の合間に見える皮膚に狙いを定める。
(脚、だな)
 他の部分に比べて、そこには細かい鱗が多い。そこならば、おそらく通るだろう。この銃ならばどこに当たっても痛いだろうが、念には念を、だ。
 シモノフPTRS1491。そのトリガーを無造作に引く。対戦車を想定して作られたその銃から放たれた弾丸は、火竜の脚をたやすく貫いた。同時にとんでもない反動が固定していた肩にかかるが、どうにかそれを受け流す。自動的に排出された薬莢が、衝撃で明後日の方向へと飛んでいった。
 悲鳴をあげて、火竜の脚が崩れた。体勢を崩した竜は地面に横倒しになり、じたばたともがく。そんな無様なモンスターの、今度は頭だ。眉間に狙いをつけて、引き金を引く。だが巨大とも言える弾丸は、竜の眉間の鱗を砕いただけに終わった。
『ナイスだリク!』
 再び、アッシュがRPG-7を構える。ほとんどタイムラグなしで放った弾頭は再び竜の頭部を直撃し、大爆発を起こした。
 ギャアアアア、と絶叫を発した火竜は、どうやら視力が回復してきたらしい。だが鱗が割れて落ちた部分に、爆発は相当に堪えたようだ。怒り狂ったように咆哮をあげ、セブンへと突進する。
「セブン!」
『逃げろ!』
 インカムから、悲鳴のようなアッシュの声がする。今、彼らが身につけているのはバトルドレスだ。通常の野戦服よりもはるかに頑丈な素材でできてはいるが、しかしあの鋭い牙を防げるものだろうか。
 チッ、と舌打ちのような音。それから、何か硬いものが思い切り壁に叩きつけられたような、そんな衝撃音がヘッドセットから漏れる。ついで、がは、と咳き込む声。火竜が巻き上げた土埃がもうもうと立って、セブンの様子は伺えない。
『セブン……!?』
 セブンに近い位置にいたアッシュが、何かに気付いたように声を上げた。何故だか、呆れたような印象を受ける。それからさっと表情を引き締めて、リクを振り返った。
『脚だ! もう一回!』
 言われるままに、リクはスコープを覗いて、引き金を引く。狙い違わず脚の肉をえぐった弾丸は、火竜を再び横倒しにした。ようやく、土埃の向こう側に人影が見える。生きていたのかとホッとして、次の瞬間には目を見開いてしまった。自分の目にしたものが、にわかに信じられなかったのだ。
『ええー……』
 それに気付いたのか、ビリーの笑いを堪えるような声がした。セブンは、つい先ほどまで使っていたカールグスタフM2を持っていない。その砲身が倒れてもがく火竜の口に咥えられているのをもう一度確認して、がくりと顎が落っこちた。
『やべー! マジやべー!』
 心底怖かったとばかりに位置取りを改めるセブンに、どうやら深刻な怪我はなさそうだ。おそらく、突進してきた火竜が噛み付こうと大口を開けたところに、咄嗟に持っていたM2を押し込んだのだ。犬の口に骨を押し込むような、しかしそれとは段違いに大きいぶん、衝撃も半端ではないはずだ。その証拠に、セブンの立っていた場所からは、靴で踏ん張ろうとした跡が長々と刻まれている。
「……よく生きてるな、セブン」
 心底感心して、リクは呟く。インカムを通して聞こえていたのだろう、セブンはこちらへとVサインを作ってみせた。
『俺、強運だから!』
 そればかりは認めざるをえない。苦笑して、リクはもがく火竜に視線を戻した。両足を対戦車ライフルで打ち抜かれた竜は、もはや立ち上がることもままならない。巨体を支えるだけの力が残っていないのだ。口に押し込まれたM2の砲身が邪魔をして、咆哮をあげることもできない。だが牙が食い込んでいるのか吐き捨てることもできずにいるようで、高々と空を舞っていた竜が地でもがく様子は哀れを誘った。
『……終わりにしようか』
 ビリーの一言で、リクは再び対戦車ライフルを構える。セブンも新しいロケットランチャーを肩に担ぎ、アッシュとビリーはRPG-7で、それぞれが火竜に狙いをつける。
『ファイア』
 その言葉を合図に一斉に放たれた弾頭は、火竜を完膚なきまでに殺害した。ぐったりと頭を地面に落として絶命した竜の死体を遺して、放たれた弾丸の衝撃波だけが残響を残す。しんとしたそれは、どこか弔砲にも似ていた。


     ***


「ご苦労だった。まさか本当にモンスターがいるとはな」
 帰還した彼らを迎えたミラーは、報告書をざっと眺めてから言った。それぞれにため息をつく。それはこちらの台詞だ、と目で訴えるが、ミラーは気にした様子もない。案外元気な様子の彼らを見回して、ミラーはふむと顎に手を当てた。
「……余裕がありそうだな? もう一回行くか」
「冗談でしょ?」
 笑顔を引きつらせて、アッシュが応じた。セブンとビリーは平気な顔をしているが、一応常識人の範囲内(だと自認している)アッシュとリクにとっては、連戦は無理がある。リクも加勢した。
「あんなでかい怪物とやりあった後ですよ。無理ですって」
 言い募ると、ミラーは真面目くさった顔をゆるめた。
「冗談だ。皆、よく休んで次の任務にそなえておけ」
 その言葉に、アッシュとリクはほっと肩の力を抜いた。ミラーが部屋を出て行ってしまうと、とことんゆるんだ空気が漂う。思い切り身体を伸ばして、リクは言った。
「あれで気がすんだのかね?」
「いや、あれはまだだろ。……あいつ執念深いからなぁ……」
 ため息をついて、アッシュが応じる。おまえらのせいだとばかりにセブンとビリーを睨むが、彼らふたりは気にした様子もない。もっとも、執念深いと知っている時点で、アッシュも同罪だったりする。過去に色々とやらかしていたのだから。
「ま、いいんじゃないの。……次は酢だな」
「そうだね、無事にミッションも終わったことだし。……じゃあ、俺はマウンテンデューで」
 セブンとビリーの言葉の後半部分を、意識的に聞き流す。どうせまたミラーに対するいたずらだ。巻き込まれてはかなわない。とそっぽを向いていたのだが、がっしと肩を掴まれて、思わず振り返る。振り返ったそこには、にっこりと笑うビリーの顔があった。条件反射で笑い返しながら、内心で冷や汗をぬぐう。
(……怖い。怖すぎる)
 普段は微笑むこともあまりない彼の、満面の笑み。これが怖くない人間はいないだろう。
「協力するよね?」
「は……はい……」
 肩を掴む手に力がこもる。もはやそう答えるしか、道は残されていなかった。






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