じりじりと音がしそうな気がするほど、今日の太陽は燃えていた。いや、今日に限った話ではない。今年の夏はどうやら異常気象らしく、かつてないほどに地表の気温が上がる。ましてやここは、温泉で名を馳せているユクモ村だ。冬にはありがたい地熱も、今の時期は実に鬱陶しい限りだ。ノブツナはため息をついて、垂れてきた汗をぐいと拭う。じっとしていても汗は出る。狩りでもないのにクーラードリンクが欲しくなるくらいだ。
「おーいビリーいるかー?」
 ユクモにはドアというものがない。部屋と部屋を仕切るのは、布を垂らしただけの暖簾だ。声をかけてから入り口の暖簾を掻き分けて、勝手に中へと進む。もう一枚、暖簾をくぐると、そこにビリーがいた。床に敷いた布の上にあぐらをかいて、なにやら調合している。無表情で涼しげに見える彼だが、やっぱり暑いらしく上半身は裸だ。おまけにうっすらと汗をかいている。調合の手を止めて入ってきたノブツナを見上げたビリーは、とことん無表情で言った。
「いやーんノブツナさんのエッチー」
 当然ながら棒読みだ。ご丁寧に両手で胸を隠すしぐさまでしてみせる。
「ウホッいい男! ……じゃねーよ!」
 思わず乗っかってから、即座に突っ込む。ビリーのリアクションは特になかった。いつでもボケっぱなしだ。暑さのせいもあって余計に疲れた気がするノブツナは、単刀直入に切り出した。
「ビリー、はちみつちょっと分けてくれるか?」
 それを聞いたビリーは、ちょっと首をかしげた。
「……いいけど、何するの?」
「知りたいか?」
 にいっと笑うノブツナに、ビリーは至極まじめな顔で頷いた。内心で、こんな顔をするノブツナはろくなことを考えないけど、などと考えているが、ノブツナは知る由もない。うきうきと浮かれた口調で、両手を広げた。
「カキ氷だ! 知ってるかビリー?」
「かきごおり?」
 聞きなれない言葉に、ビリーは首をひねる。なんだかごりごりしてそうだな、と思ったが、口には出さなかった。
「俺の故郷の菓子でな、氷を削って食べるんだ。暑いときはこれに限る!」
 ぱちりと、ビリーは瞬く。
「氷を削って食べるだけ?」
「氷に味はないからな。だからそこではちみつの出番なのだよビリーくん」
 ちっちっち、と人差し指を振ってみせると、ビリーは納得したようだった。億劫そうに立ち上がると、キッチンへとはちみつを取りに行く。ノブツナもその後に続くと、ビリーは戸棚のひとつから、大きな瓶を引っ張り出した。透明なそれにはたっぷりのはちみつと、中に漬け込まれたレモンのスライスが見える。他にも大量のはちみつが保存されているのだろう、ふんわりと甘い匂いが漂う。
「はちみつだけだと甘すぎると思う。これ、ちょうどいいんじゃない?」
「おー、さっぱりしてていいかもな」
 うんうんとノブツナは頷く。確かに、これだけ暑いと、酸味のあるものが恋しかったりもする。
 そもそも、発端は行商人の仕入れてきたからくりだった。ノブツナが東方の出身だということを知っていたのか、これが何かわかるかと見せてきたものだ。それは高さにして30センチほどの金属製の枠に、まるいハンドルがいくつかついたものだった。ひと目では単純に見えるが、よく見るとごつい歯車の組み合わせで作られている。まさかこいつにここで出会うとは予想もしていなかったノブツナはあっけにとられたが、すぐにそれを買い取った。後で冷静に考えてみれば買い取る必要まではなかったかもしれないが、ともかくそれを見た瞬間から、ノブツナはカキ氷が食べたくて仕方がないのだった。
 幸い、氷はいくらでもある。凍土で採取した氷結晶は放置しておいてもなかなか溶けない。そのうえクーラードリンク等に調合して摂取することもある。カキ氷にはうってつけだ。ただ、それだけではいささか寂しい。何かないかと考えて、思いついたのがビリーのはちみつだったというわけだ。仲間の誰よりも、彼は質のいいものを大量に保存している。
「これで夏を乗り切れるかもしれん……ビリー、みんなに声かけてくれるか? 俺いまから作るから、俺んちの前に集合な」
「わかった」
 素直に頷いて、ビリーは上着を羽織った。ノブツナはビリーのはちみつを抱えて自宅へと戻る。そして、行商人から買い取ったものを取り出した。昨夜、念のため分解してみたが、からくり部分には異常はなかった。まるいハンドルはなめらかに回転してくれるし、要である氷を削るための刃も、きれいに研がれている。にんまりと笑ったノブツナは、さっそく氷結晶をそこへとセットした。傍らに用意してあった皿を定位置に置き、ごりごりとハンドルを回し始める。みるみるうちに氷結晶は削れ、皿の上にこんもりと山をつくった。きらきらと光るそれは、実に涼しげで目に楽しい。
「それのために呼んだのか?」
 うっとりと眺めている間に、ビリーに声をかけられた者たちが集まってきたらしい。そろってゾンビみたいな歩き方をしているのが笑いを誘ったが、ノブツナはしかつめらしく頷いた。ビリーにもらったはちみつを上からたっぷりとかけて、最初に到着したアッシュに渡す。
「まあ、食え」
「なんだこれ……氷?」
 ビリーは詳しい説明は省いたらしい。冷たい器を持って怪訝そうな顔をしているアッシュに、ノブツナは言った。
「それはな、カキ氷というもんだ。夏はこれに限る」
 ほれ、とスプーンを渡してやると、アッシュは存外素直に氷を掬った。あまりの暑さに、この冷たいものが魅力的に見えたとしても不思議ではない。シャリシャリしたそれをそっと口に入れ、アッシュは目を見開いた。
「つめて。…………うめえ! なにこれ!」
 よほど驚いたのか、ただでさえでかい声で叫ぶ。アッシュの後ろからのろのろとこちらに向かっていた連中が、驚いたように背筋を伸ばしたのが見えた。笑いをこらえるノブツナをまるで気にせず、手にした皿から一気にかきこむ。
「あ、あんまり急ぐと……」
「いてててててて」
 案の定、頭痛が走ったらしい。スプーンを持った右手でこめかみを押さえる。もうこらえきれずに、ノブツナは噴き出した。あまりにもお約束だ。
「ゆっくり食えって。ゆっくり食えば平気だから」
「先に言えよ……」
 文句を言いながらも、皿を手放そうとはしない。余程気に入ったらしい。今度は慎重に氷を掬っては、口に運んでいる。
 その間に、次のカキ氷が出来上がっていた。アッシュの次に来たのは、ジャックだ。
「ほい、ジャックも食え」
「なにこれ。氷?」
 先ほどのアッシュと同じ反応、同じやりとり。その後の流れまで全て同じだ。描写の必要もないくらいだ。
 結局その同じやりとりを猟団メンバーの数と同じだけして、ようやく戻ってきたビリーと一緒に、ノブツナは久しぶりのカキ氷を堪能したのだった。




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