(すっげえ……)
 心底感心して、セブンはそれを眺めた。厳しい環境の砂漠で生まれ、育ってきたセブンは体力には自信があったし、モンスターと遭遇することもしばしばだったから狩猟に関しても、少なくとも同年代には負けないという自負があった。そんなセブンが、凄い、と思ったのは、これが2人目だった。
 戦っているのは、セブンと年のころは同じくらいの青年だ。金髪を長く伸ばし、無造作に括って背中に垂らしている。それが彼の動くたびに波打って、ひどく目を惹いた。
 彼の携えているのは、弓だ。セブンは弓にはあまり詳しくない。が、たまにつるんでいるファルトの持つ弓とは違う、ということだけは解った。ファルトの弓は拡散弓だ。何本も矢をつがえて、一気に放つ。それらは横に大きく広がって進み、モンスターにダメージを与える。だが、彼の使っているのは何本もの矢が、一点に収束していくものだった。セブンは名称を知らなかったが、そのタイプの弓は連射弓と呼ばれるものだ。モンスターの弱点を突くのが得意だが、弱点を外してしまえば、他のタイプの弓よりも討伐に時間がかかってしまう。弓は元々テクニカルな武器だ。なかでも連射弓は、その性質が色濃い。
 それを、彼は己の身体のように操っていた。ひとときも足を止めることはない。モンスターの動きをじっと観察し、くるりと振り返ったその頭に鋭く矢を打ち込み、ふたたび弓を引き絞りながら移動する。その繰り返しだ。彼が対峙しているのはナルガクルガ。初心者ハンターでは、挑むことすら許されない強敵である。それを、まるで猫を相手にしているような気軽さで、彼は常に真正面に陣取っていた。
(なんだ、あれ)
 セブンが驚いているのは、そこだ。セブンの得物は、分厚い盾を構えるランスだ。ランスならば、敵の真正面に立つのは当たり前のことである。お世辞にも動きが早いとは言えないランスの基本戦術は、待ち構えてカウンターを喰らわせることだからだ。だが、弓ではそうはいかないはずだ。ランスのように盾だってないし、そもそもガンナーの防具は剣士のそれに比べてひどく薄い。一撃が致命傷になりかねないはずなのに、と考えたところで、ついに彼の動きをナルガクルガが捉えた。鋭い前足のブレードが、ざっくりと空間ごと薙ぎ払う。
(あぶね!)
 びくりと、自分のことでもないのにセブンの肩が揺れる。脳裏には、まっぷたつに切断された人間の身体が浮かんだ。だが現実は、ナルガクルガのブレードが薙ぎ払ったのは、ただの空気にすぎない。その攻撃を見切ったのだろう金髪の男は、恐るべきことに、迫り来るブレードを軽々と飛び越えてみせたのだ。
(嘘だろ……)
 地面を這うロープをまたぐような、そんな何気ない動作ではあったが、実際は鋭い刃のように進化したナルガクルガの腕だ。触れればただではすまない。手足の1本や2本は、簡単に持っていかれてしまうだろう。そんな恐れを全く感じさせない、軽やかな動きだった。今はまた、攻撃のために弓を引き絞っている。まるで熟練ハンターのような手さばきだった。繰り返すが、セブンとそう歳の変わらない青年が、である。
(こいつはすげえや)
 繰り返し、思う。拳を握り締める。うぬぼれでもなんでもなく、自分は狩猟に関してはなかなかの腕前だ。だが、それより先を行く者がいる。そのことが、何故だか無性に嬉しかった。


     ***


 一緒に育ってきても、好みというのは分かれるものだ。
 タロスがいま装備しているのはガンランス。超重量級の、頼もしい奴だ。タロスはこれを始めとして大剣など、重量級の武器を好んで使用する。なんといっても、魅力なのは攻撃力だ。一撃必殺、というわけではないが、敵の隙をついて痛烈な一撃を叩き込む。それで大きなモンスターが怯む姿など、心が躍る。なかでもガンランスの砲撃といったら――これはもう、浪漫、という言葉をおいて他にはないだろう。
 だが、一緒に育ち、一緒に戦ってきたはずのビリーは、全く正反対の好みをしているようだった。彼の好むのは、まず第一に片手剣。そして弓。どちらも非常に軽く、テクニカルで攻撃的な武器だ。一撃の威力はそれほどなく、だからこそ手数で補わなければならない。そんな武器を、ビリーは好んで使っていた。今日は、弓を装備しているはずだ。イャンガルルガの素材を使用したその弓は、確か連射弓。
 ぼんやりと考えていたタロスに向かって、ナルガクルガが吼える。咆哮を受け流して、タロスは構えていた盾を避けた。ガシャン、と重たげな音が響く。確かに考え事をしてはいたが、気を散らしていたつもりはない。
「そう怒らないで。あなたを馬鹿にしている訳ではないのよ」
 ナルガクルガは、すでに片目が潰れ、尾は切断され、身体のあちこちに傷を負っている。全て、タロスがやったことだ。今日の依頼は、ナルガクルガ2頭の討伐。ビリーとタロスはふたりでその依頼を引き受け、自然と一頭ずつを受け持つ形になった。敵は2匹、こちらも2人、ならばお互い一対一でちょうどいい――というのが、ふたりの考えだ。パーティーを組んで狩りに出る場合、普通そうはならないということを、ふたりはまだ知らなかった。だが、知っていたところで、それがどうしたと思うに違いない。
 ナルガクルガが、焦れたように尻尾をぱたんと揺らして唸った。ナルガクルガの攻撃は、今のところタロスがすべてその盾で受け、あるいは避けている。その攻撃の隙を的確について繰り出されるガンランスの切っ先と砲撃に、ナルガクルガは疲弊していた。
(あとすこし……、かしらね)
 まだ、足を引きずっている様子はない。だが、もはや時間の問題だろう。そう考えたところで、ナルガクルガが音もなく地面を蹴る。こちらに飛び掛ってきたそれを、タロスはとっさに盾で受けた。ナルガクルガは、動きは素早いが、それでも身体は大きい。その体重を存分に乗せた攻撃に、じいんと腕が痺れる。盾を放り出すことはなかったが、それでも押されて、靴の裏が地面を摺った。ぐぐ、と踏みとどまり、左手のガンランスの切っ先をナルガクルガに向かって突き出す。
 確かな手ごたえがあり、ナルガクルガの悲鳴が響いた。そのまま、砲撃のためのトリガーを引く。ガシャ、と内部の機構が作動して、火薬が弾け飛ぶ。火薬のにおいと、傷口の焦げるにおいが鼻をついた。先ほどよりも大きな悲鳴が、樹海に響く。
(痛いでしょうね)
 たまらず後退したナルガクルガを見やり、薬莢を排出する。ガチン、と小気味良い音がした。この音も、タロスが好むもののひとつだ。
(すぐ楽にしてあげる)
 だから、さあ、仕掛けていらっしゃい。胸中でそう呟いて、タロスはふたたび盾を構える。相手を伺いながら、じりじりと間合いを詰める。こうして正面から敵と向き合うことができるのも、重量級の武器の醍醐味だ。
 その姿は、まさにビリーの口にする「鉄壁タロス」そのものだった。


     ***


 腰の矢筒から、素早く矢をつかみ出し、弓につがえる。ナルガクルガは弱ってきていた。強靭な鱗はあちこちが剥がれ、その下の組織が覗いている。そこかしこにはビリーの放った矢が突き刺さり、ナルガクルガが動き回るたびに血を撒き散らしていた。特に、弱点とされる頭のあたりはひどいものだ。片目を集中的に狙われ、とめどなく血を流している。それらに視線を走らせて、あと少し、とビリーは判断した。
 捕獲するつもりは全くない。何か特別な理由がない限り、ビリーもタロスもモンスターの捕獲はしないことにしていた(グッドマンの教えに従っているだけのことだったが)。呼吸を乱しているナルガクルガは、おそらく捕獲しようと思えば捕獲できるだろう。ということは、討伐するにしても、もうそんなに時間はかからないはずだ。
(タロスの方はどうなったかな)
 こちらに踏み込んで、尻尾を叩きつけてきたのを紙一重で避けながら、ビリーは考えた。
 心配している、というわけではない。ビリーとは反対に超重量級の武器を好む彼女は、ナルガクルガに後れを取るようなハンターではない。何かあったとしても、あれだけ分厚い盾を構えていれば、それなりに安全だ。その点において、ビリーはタロスの好みを歓迎している。彼女に対して心配することがあるとすれば、あんな重い武器を扱いすぎてマッチョになってしまわないか、ということくらいだった。今のところ、幸いにしてそんな兆候はないのだが。
 それはともかくとして、手分けして討伐していたナルガクルガだ。素材の剥ぎ取りを行うのならば、なるべく近くで、なるべく同時に倒すのが望ましいだろう。せっかく討伐したのだから、やはり素材は剥ぎ取っておきたいところだ。
(今は、)
 ペイントされた位置を、感覚だけで探る。どうやら、そう遠くはない位置にいるようだ。この位置ならば問題ないだろうと、ひとつ頷く。このまま討伐してしまって大丈夫そうだ。
 ふと気がつくと、ぐるる、とナルガクルガが唸り、足を引きずって逃げようとしていた。ここから飛び立つと、タロスのいるあたりからは少し離れてしまう。そうなっては面倒だ。
(逃がさない)
 ぎりぎりと弓を引き絞る。狙うのは、引きずる後ろ足だ。放たれた矢は、狙い違わず左後ろ足に突き刺さる。ちょうど剥がされた鱗から覗いた皮膚に矢が突き立って、ナルガクルガは悲鳴をあげた。ぎらり、と目を赤く光らせ、怒りの咆哮を放つ。だが、ビリーにとっては痛くも痒くもない。あらかじめ予想されたその動きに、ビリーはぬかりなく照準を合わせていた。
(これで終わり)
 咆哮で大きく開かれた、その口の中。そこに向かって、最大まで溜めた矢を放つ。口の中を攻撃されて、平然としていられる動物はいない。ましてや、すでにさんざん痛めつけられたモンスターだ。矢は容赦なく舌を貫き、喉を破って血管を破壊する。喉を破壊された者特有の奇妙な悲鳴をあげて、ナルガクルガはもがいた。それもわずかな間のことで、じきに力を失った身体が地面へと沈む。そいつが動かないのを確認して、ビリーは弓をたたんだ。いくらかコンパクトになったそれを背負う。
「ブラボー!」
「!?」
 人の声がしたのは、そのときだ。反射的にそちらを振り向く。そこに、一人の男がいた。満面の笑みで、何故か拍手している。
 歳のころは、おそらく同じくらいだろう。茶色のドレッドヘアを無造作にまとめ、顔には人懐こそうな笑み。頬は紅潮し、目が輝いている。何か、すごくいいものを見た、そんな顔だ。そして、身にまとっているのはディアブロスの素材を使った防具一式。
(どうして……いつから?)
 ビリーは呆然とした。ナルガクルガを相手に集中していたとはいえ、周囲への注意を怠ったことはない。人がいれば気付いたはずだ。ビリーが気付かなかったのは、彼が隠れていたから。ビリーにも気付かれないほどに、完璧に気配を殺していたからだ。だがそれは、並大抵のことではないはずだ。
 ビリーは知る由もないが、今拍手しているセブンは砂漠の出身だ。生物のあまり存在しない不毛の地で生きていくには、狩りは重要なファクターだ。そもそも得物となる動物自体が少ないのだから、取り逃がすことは許されない。そんなわけで、セブンは自然と気配の殺し方を覚えた。不毛の地に同化し、自分が生きていることすら忘れるような、そんな気配の殺し方だ。だから、ビリーがセブンを見つけられなかったのも無理はない。
「あんたすげーな! あのナルガに、正面から弓で! いやー驚いたわ、え、同い年くらいでしょ?」
 彼は拍手をやめると、おもむろに茂みをかきわけて出てきた。小脇に頭装備を抱え、あちこちに草の汁がついてしまったのを、ぺしぺしと指で払っている。それにしても、随分と馴れ馴れしい物言いだ。だが、そんな言い方が許されてしまうような雰囲気が、彼にはある。ビリーは迷ったが、結局は素直に答えることにした。
「……今年で19になる」
 多分、と呟いた心の声は、もちろん相手には聞こえない。
「マジで同い年だった! あ、おれセブンね! よろしく!」
 勢いよく右手が差し出される。ぽかんとしてそれを見下ろしたが、これは握手というものなのだと思い至って、ビリーは慌ててそれを握った。
「……よろしく。俺はビリー」
「ビリー。ビリーはんだな。ビリーはんさ、このへんでガルルガ見なかった?」
 唐突な問いに、きょとんと目を見開く。ガルルガ、というのは、おそらくイャンガルルガのことだろう。
「いや、見てない……けど、」
 言葉を切って、ふと気付く。タロスの戦っているナルガクルガの反応が消えていた。おそらくは、タロスが討伐を完了したのだろう。だというのに、ペイントされた大きな気配がもうひとつ。タロスのいるエリアに近づいているようだ。
「あいつ、いきなり飛んで別の狩場に入っちゃうんだもんなぁ」
 困ったもんだ、とばかりに呟くセブン。それでは、まさか。
「タロス……」
 普段ならば、そう心配することもない。だが、ナルガクルガと戦った後なのだ。気も抜けているだろう。危険、かもしれない。
 ビリーはとっさに、タロスのいるエリアへと向かって駆け出していた。


     ***


(どういうこと?)
 タロスは焦っていた。
 ナルガクルガを討伐し、素材を剥ぎ取って、一息ついていたところだ。突然、奇妙に甲高い雄たけびが聞こえた。聞き覚えのあるそれに、タロスは反射的に右腕の盾を構えた。結果として、それは正解だった。生い茂った木々ががさがさと揺れたかと思うと、そこから巨大な紫色の鳥竜が飛び出してきたからだ。
「!?」
 太く、鋭い足の爪を、分厚い盾で跳ね除ける。背負っていたガンランスを展開し、油断なく構える。飛び出してきたのは、イャンガルルガだ。巨大なくちばしと、毒をもった尻尾で猛烈な攻撃を仕掛けてくる強敵だ。だが、何故ここにいるのだろう。ナルガクルガの依頼を受けるとき、イャンガルルガがいるなんて話は聞いていない。
(乱入……?)
 今まで経験したことはないが、時折あることのようだった。狩場は一応のエリアに区分けされているが、それはあくまでも人間のやったことだ。翼を持つモンスターなら、それらを越えて移動することは難しくない。それでも普通は、モンスターには縄張りというものがある。そこから出るというのは、そう頻繁にあることではない。
(運が悪かったわね)
 ふ、と少しだけため息をついて、思考を切り替える。起こってしまったものは仕方がない。イャンガルルガは決して侮れる敵ではない。討伐するにしても逃げるにしても、油断はできないだろう。
(それにしても……)
 こちらを威嚇するイャンガルルガを観察する。多少は弱っているようだ。くちばしにはヒビが入り、大きな耳は片方が破れ、片目も潰れている。尻尾にも傷が入っていて、今にも切れそうだ。もしかしたら、誰かが戦っていた最中に、移動してきてしまったのだろうか。
(だとしたら、追いかけてくるかしら)
 本来、こいつを相手取っていたハンターは。そればかりは、なんとも言えない。
「タロス!」
 聞き覚えのある声がして、タロスはそちらに視線を走らせた。イャンガルルガを挟んだ、ちょうど反対側だ。
「ビリー!」
 叫び返すことで、無事だと伝える。ビリーは頷いて、背中の弓へと手を伸ばした。だが、その動きが止まり、はっと背後を振り返る。
「……?」
 新たな闖入者に気付いたイャンガルルガが、ビリーのほうを振り返る。背中を向けているビリーに、黒狼鳥は襲い掛かった。巨大なくちばしで、地面もろともに一突き。だが、その寸前でビリーは身をかわしている。イャンガルルガが地面に深々と突き刺さったくちばしを抜く、よりも早く。
「セブーン・トリニティー・アターック!」
 無駄に朗々と響く声とともに、何かが――強烈な何かが、そこへ突き刺さった。既にヒビの入っていたくちばしが、遂に音を立てて割れる。たまらず、イャンガルルガは悲鳴をあげてのけぞった。無防備に晒された腹に、ビリーの放つ矢が突き刺さる。痛みに狂乱するイャンガルルガを横目に、素早く距離を取った何かを見て、タロスは絶句する。人だった。全身をディアブロスの鎧で固め、ディアブロスの槍を構えている。もしかして、このイャンガルルガを相手としていたハンターだろうか。今は、頭装備に隠れて、表情をうかがうことはできない。だが、どうやらそいつは笑ったようだった。
「そこの人、ごめんねぇ巻き込んじゃって! でも手伝ってくれるとスゲーうれしい!」
 図々しい言い草に、一瞬あっけにとられる。仕方がないなとばかりに肩をすくめたビリーを視界の端に確認して、妙におかしくなった。なんとなく、憎めない雰囲気だ。それに、もちろん3人がかりで倒すほうが、効率は良いだろう。今の敵の状態からして、そう時間がかかるとも思えない。
「……仕方ないわね」
 いったん武器をしまい、効力の切れていた強走薬を飲む。ぺろりと唇を舐めて、再びガンランスを展開した。その頃には、イャンガルルガは怒りの咆哮をあげている。それを受け流して、タロスはガンランスの切っ先を突き出した。狙うは、尻尾だ。
 ビリーは、やはり頭を狙っているようだった。ほぼ正面に陣取って、的確に矢を当てていく。いつ見ても恐ろしいほど大胆だ。それでも攻撃を喰らわずにすむのは、常に敵の動きを探っているからだろう。その見極めがハンターの生死を分けるのだと、ふたりは教わった。彼はそれを忠実に実行している。
 そして、特筆すべきはもう一人のハンターだ。彼の携えているのはランスだ。だが、その動きは、タロスとは随分と違った。止まることなく、常に前に出て、ランスを敵に突き刺している。反撃は分厚い盾でしのぎ、そうしてまた攻撃を繰り返す。ガンランスもそうだが、ランスは普通、待ちの武器だ。こんなにもアグレッシブなランス使いを、タロスは初めて見た。
(こういう戦い方もあるのね)
 常に、前へ。立ちはだかるものは己の角でもって粉砕する。鎧もあいまって、まるで小さなディアブロスだ。そんなディアブロスの攻撃に疲弊したのか、ついにイャンガルルガが地に伏せる。
「どいて!」
 すかさず、ガンランスを構える。何をするのか察したらしいランス使いは、すぐさま距離を取った。充分に離れたのを確認してから、通常の砲撃とは違うトリガーを引く。砲身が熱くなる。タロスは思い切り足を踏ん張り、砲身を固定した。次の瞬間、とんでもない衝撃がくる。竜撃砲だ。衝撃を受け流しきれず、身体ごと後ろへと流される。後ろに倒れてしまいそうになるのを、タロスはどうにか堪えた。バシュ、と音がして、放熱口が開いて蒸気が噴き出す。これでしばらくは、少なくとも熱が収まるまでは、竜撃砲は撃てない。だが、もう撃つ必要はなさそうだった。
「おつかれー!」
 乱入してきたハンターが、ランスをおさめて歓声をあげた。強烈な砲撃により、イャンガルルガは息絶えていた。かすかに火薬のにおいが漂う。結局尻尾の切断はできなかったが、まあいいだろう。ひとり頷いて、タロスは武器をおさめる。同じく弓をたたんだビリーが近づいてきた。
「怪我は?」
「ない。ビリーは」
「俺もない」
 互いの姿を眺めて、怪我をしていないことを確認する。そこにずかずかと入ってきたのは、先ほどのハンターだ。
「ビリーはんありがと! 助かった〜、あんたも! ありがとう! おれセブン!」
 頭装備を外すと、ラフにまとめられたドレッドヘアが現れた。太い眉に、丸い目。人懐こそうな、どこか人の警戒心を解いてしまうような、そんな笑顔を浮かべている。そんな笑顔につられてか、タロスは肩の力を抜いた。
「お疲れ様。わたしはタロス」
 知り合い? とビリーを振り返ると、ビリーはかぶりを振った。ついさっき知り合った、と言う。それにしては、随分とこのセブンという青年は馴れ馴れしい気がする。
(こういう人間もいる、ということかしらね)
 ふたりとも、あまり他人と関わらずに生きてきたので、そのあたりには疎い。ひとまず討伐完了の信号弾を用意するビリーを尻目に、タロスはギルドカードを差し出した。セブンのそれと交換して、視線を落とす。ハンターランクは、ビリーとタロスと変わらない。メイン武器はやはりランスで、全身をディアブロスの装備で固めている。あのディアブロスを何度も討伐したという証拠でもあり、腕は良いのだろう。先ほどの戦いを見ても、それは解る。
「あれ?」
 同じようにギルドカードに視線を落としていたセブンが、弾かれたように顔を上げた。まじまじと、タロスを上から下まで視線でなぞる。
「……なに?」
 何か、意外なものを見つけたかのように、元々まるい目が更に丸くなっていた。何にそんなに驚いているのだろう。
「女の子だったんだ」
 ごめん気付かなかったー、と言うセブンに、悪気は感じられない。今日のタロスは少しごつい装備をしているから、遠目では判断がつかなかったのだろう。だが、それはそれだ。手が反射的に動き、セブンの頬を張る。
 ばちん、ととても痛そうな音が、静かになった樹海に響いた。背後ではビリーが肩をすくめているのが、気配でわかる。いってええ! と派手に痛がるセブン(ガンランスを操る腕力でビンタされれば、それは痛いに決まっている)に向かって、タロスは冷然と告げた。
「あなた、随分失礼な人ね」
 ふん、と腰に両手をあてて胸をそらす小柄な女に、ディアブロスの鎧をまとった男がしょんぼりと謝罪の言葉を述べる。それを見て、ひとり忍び笑いを漏らす金髪の男がいる。
 彼らの初めての出会いは、おおむねそんなものだった。




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