「姫抱っこって、結構きついよな」
 そんな話になったのは、アッシュが軽々とアクアを横抱きにして立ち去ったからだ。
 別に、唐突にいつもの病気を発症したわけではなく、単にアクアが足を怪我して帰ってきたからだったのだが、それを見送った面子の誰かがそう呟いたのがきっかけだった。
「アッシュは大剣使いだからなー……力はあるよな少なくとも」
「それ言ったらセブンもだろ。あの槍は結構な重量あるぞ」
「へっへっへ……でもビリーはんのハンマーも相当重いでしょ」
「BASはみんな力持ちってことか」
 そんなことをわいわいと、まあ雑談だ。そんな話をしているうちに、不意にノブツナは浮遊感を覚えた。え、と思う間もなく、完全に足が宙に浮く。
「へ?」
 ぱちりと、ひとつ瞬く。
「案外軽いね」
 ビリーの声がする。しかも、すぐ近くからだ。事態が把握できないでいるノブツナを置き去りに、セブンが歓声をあげる。
「ビリーはんすげえ!」
「さすが、力あんなー」
 ジャックが感心したように呟いた。ぱちぱちと数度瞬いて、ようやくノブツナは己の状態を把握する。
「……ビリーはん」
「なに?」
「何で俺を抱っこしてるんですかね」
 思わず敬語になってしまったノブツナに、ビリーは淡々と応える。
「持ち上がるかな、と思って」
 隣にいたし、と付け加えるビリーは、あっさりしたものだ。あてつけに宙に浮いた脚をぷらぷらと揺らしてみるが、ビリーの腕はびくともしない。さすがに、普段からあの重いハンマーを振り回しているだけのことはある。内心で感心しながらも、そんなビリーを半眼で見つめる。妙に近い距離で、落ち着かない。これ以上ないほど密着しているのだから当然のことだったが。
「……下ろしてくれませんかね」
 ビリーに対しては何故か敬語になってしまうノブツナを、ビリーはひょいと地面に下ろした。とん、と踵が地に着いて、ノブツナはほっと息をつく。と同時に、ふたたび浮遊感。
「あ?」
 間抜けな声が出てしまった。
「おー、ほんとだ。意外と持ち上がるもんだ」
 今度はジャックの声だ。2回目なので、さすがに状況は把握できた。だが、どうしてこういちいち持ち上げられなければならないのか。思わず嘆息して、ノブツナは呟く。
「ジャーック……おまえなあ、」
「俺も俺も! 俺もやる!」
 文句のひとつでも言ってやろうとしたところで、セブンの声にかき消されてしまった。出端をくじかれて、ノブツナは唇の端を引き下げる。そんなことをしている間にジャックがノブツナを降ろし、すかさずセブンが抱き上げた。肩から突き出たディアブロスの角に頭をぶつけそうになり、ノブツナは慌ててのけぞる。
「ちょっとーノブちゃん動かないでよぉ」
「馬鹿言うんじゃねぇよ、おまえ、角が刺さるじゃねえか!」
 多少鋭さは抑えられているとはいえ、あのディアブロスの角だ。刺さりでもしたら痛いに決まっている。刺さらないようにと身をよじるが、セブンはそれでも文句を言うだけで、落としそうになることはない。やはり元々、力があるのだろう。羨ましく思いながらも下ろせと騒げば、セブンは満足したように下ろしてくれた。
 ようやく地面に足をつけて、ノブツナはぐっと腰を伸ばした。この短時間で、ひどく疲れたような気がする。
「そもそも、お前らはそれでいいとして、俺は誰を持ち上げればいいんだよ」
 元々は、力の話だったのだ。人を持ち上げるのは力が要る、という話だったのに、持ち上げられるばかりではノブツナの力は証明できない。唇を尖らせるノブツナに、ジャックがきらりと眼を光らせた。
「じゃあ俺を持ち上げてみる?」
 何故かわくわくした様子でノブツナを見下ろすジャックを、ノブツナはばっさりと切り捨てる。
「お前絶対重いだろ。やだよ」
「ああん酷い!」
 泣き崩れる真似をするジャックは、この場にいる誰よりも背が高い。当然ながら、それに伴って体重も重いだろう。ノブツナだって決して非力なわけではないつもりだが、何も好き好んで重いと判っているものを持ち上げることはない。すかさずセブンがジャックに近づき、はやしたてる。
「ちょっと男子ー、なに泣かしてんのよー! あやまりなよー!」
「うるせーよ! あとお前も却下な、鎧が重そうだから」
「ひどぉい!」
 セブンも一緒になって泣き真似を始めてしまった。セブンは背はそう高くはないが、着ているのはひどくごついディアブロスの鎧だ。もう見るからに重そうだし、何よりも抱えにくそうだ。残っているのは、とビリーを見やる。しゃがみこんだジャックの頭を、意味もなくつついているところだった。
「……俺?」
 首をかしげるビリーは、ノブツナよりは少しだけ背が高い。だが意外なほど細身だし、着ているものもナルガ素材のものだ。少なくともこの場にいる中では一番マシだろうと、ノブツナは頷いた。両手を広げる。
「よし来い」
「だが断る」
 無表情で言い放つビリーに、ノブツナはぱちりと瞬いた。
「なん……だと」
「恥ずかしいじゃん?」
 これっぽっちも恥ずかしそうな顔など見せず、しかしじりじりとあとずさるビリーがそう言うのを聞き取り、ノブツナはにやりと笑う。
「そもそもお前が始めたことだろが、おとなしく抱っこされろ」
 無意味に両手をわきわきさせながら、ノブツナはビリーに迫る。ビリーはしかし、しゃがみこむジャックを盾にして回り込んだ。
「それはそれ、これはこれ」
「そういうわけにはいかねえよ、待てビリー!」
「だが断る!」
 ノブツナはビリーを追いかけて移動する。その間、ほんの一瞬の間に、ジャックとセブンが目配せを交わしたことに、ノブツナは気付いていない。ましてや、
(おい、どっちにつく?)
(楽しそうな方!)
(ですよねー!)
 といった会話が視線のみで成立していた事実など知る由もなかった。ゆえに、突然に立ち上がったふたりに驚いて、ノブツナは後ろにのけぞることになる。
「ひどいノブツナさん、あの夜のことは遊びだったの!?」
「この浮気者―!」
 うるうると瞳を潤ませて(当然演技だ)、迫るふたりにノブツナは容赦なく手刀をお見舞いした。ぎゃっと叫んで、ふたりは後退する。
「うるせーぞお前ら、俺はビリーを抱っこすんだ、もう決めた。侍に二言はない!」
「ノブちゃん意地になってる」
「ほんと無駄なとこで発揮されるよな、こういうの」
「だまらっしゃい!」
 こそこそと話しているのが気に入らなかったらしく、ノブツナはもう一発ずつ彼らの頭に手刀を落とした。そうしてビリーを探して視線を上げ、ふとその動きが凍りつく。
「楽しそうね」
 その輝く銀髪にも似た怜悧な声。表情らしい表情を浮かべずにそこにいたのは、タロスだった。その背後に回りこんだビリーが、やはり無表情でピースサインを出している。彼なりの勝利宣言だろうか。
「くっ……」
 小柄な身体からは想像もできないが、彼女は暴虐の異名を持つハンターだ。凄腕と言って差し支えなく、猟団で随一の実力を持つビリーにも、決してひけはとらない。彼女を敵に回してしまえば、もはや勝ち目はないだろう。ノブツナは拳を握り締めた。諦めるしかないのだろうか。
「というか……何をしていたの」
 タロスはたまたまクエストから帰ってきたところだったらしく、事情が解っていないようだった。ビリーを振り返り、首をかしげている。すかさず事情を説明しようとしたノブツナの口を、ジャックとセブンが寄ってたかって塞ぎにかかった。無駄に激しい攻防の隙に、ビリーの言葉が聞こえる。
「力試し。ノブツナを抱き上げられたら、結構力あるよねって」
「へえ」
 興味を持ったように、銀色の瞳がこちらを射抜く。その頭の後ろで、ビリーがちらりと舌を出すのが見えた。タロスが興味を持つように仕向けたのだ。
(余計なことを!)
 ノブツナは内心で歯噛みする。もっとも、タロスと一番付き合いが長いのがビリーだ。彼女のことを知り尽くしていたとしても、なんら不思議ではない。
「タロスさんなら、ノブちゃんくらい持ち上げられそうだよね」
「大剣もハンマーもガンランスも使うしな」
 ノブツナの口を封じたまま、セブンもジャックもたたみかける。そんな3人のところに、タロスはすたすたと近寄ってきた。
「……そうね」
 まじまじとノブツナを観察し、そうしてひょいと腕を伸ばした。腕は的確にノブツナの身体を持ち上げる。いとも簡単に、ノブツナは抱き上げられてしまった。本日4回目のお姫様抱っこだ。哀しいことに、不安定さは欠片も感じない。自分の身長よりも大きな男を抱き上げて、タロスはとことん無表情だ。
「……案外軽いのね」
「タロスさんまじかっこいい!」
「抱いてー!」
 茶色い声援が飛ぶ。今この瞬間、彼女は誰よりも男前だった。ノブツナはそっと、顔を両手で覆う。
「俺……もうお婿にいけない……」
 何が悲しくてこんなに頻繁にお姫様抱っこをされなければならないのか。男としてのプライドがからりと音を立てて崩れた。タロスさん責任とってくれる? とできうる限りかわいらしく首をかしげてみたが、彼女の返事はすげないものだった。
「だが断る」
 お断りの言葉まで同じ二人にノブツナが思わず吹き出したところで、タロスはノブツナを床に下ろした。それから、ちょいちょいと指の動きでビリーを呼ぶ。
「なに?」
 近づいてきたビリーの意表をついて、タロスは脚をすくい上げた。
「これで平等でしょ」
 なんならあなたたちも抱っこしてあげましょうか、とタロスが続けるのに、ジャックとセブンは「結構デス!」と叫んですかさず距離をとった。タロスの腕の中では、ビリーが目を白黒させている。何が起こったか、とっさに把握できていないのだ。ノブツナにはそれがよくわかった。それでも、ビリーの珍しい表情に、自然と頬が緩む。
 それにしても、平等、という言葉からして、彼女はノブツナたちがどういう状況にあったか、ほぼ完璧に把握しているようだった。だからこそのこの行動なのだろう。
(かなわねぇな……)
 内心で白旗をあげる。結局のところ、力比べはタロスのひとり勝ちという結果になりそうだった。




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