何もかも手に付かないとは、こういうことなのか。
最後に見た彼女の涙に濡れた顔、未だにひびく私の頬は妙な冷たさと温かさを持っていた。


…これでよかったんだ。これで、よかったんだ。これが、彼女のためでもあり自分のためでもあるのだ。そう思いこもうとしても、この胸の痛みが和らぐことはなかった。何をしていても頭に浮かぶのは彼女。私に見せてくれた微笑み、たくさんのことを聞かせてくれた彼女の話は、私の世界を広く色づかせた。彼女といるだけで、楽しかった。…そして、最後に浮かぶのはやはり彼女の涙と大嫌いという言葉。

胸が痛む。
…………、
……胸が痛むなんて。私が決断した結果が、これだったというだけなのに…随分と自分本位な考え方をするものだ。自分自身の考えを鼻で笑い飛ばすが、それでも気分が晴れることはなかった。

これでいいんだ、私はサンドリアスの民なのだ。どう足掻いても、サンドリアスの民なんだ。だから、私は勝たなければならない。勝って、そしてこの星で生きて行くのだ。


もう、考えるのはよそう。これで良いんだ。私は何よりも、自分のやるべきことを優先しなければならないのだ。



「ナマエ」

名前を呼んだ。




「ナマエ…」


もう一度名前を呼んだ。…これで、もう終わりにしよう。彼女は、思い出なんだ。最後に彼女の幸せを願って、私はこの気持ちを心の隅に追いやった。























「なあリュゲル兄」
「…なんだガンダレス」
「ナマエ姉、いつ部屋から出てくるのかな?」
「……」



姉さんが帰ってきてから俺は何度か部屋の外から姉さんに向けて声をかけた。だが姉さんは何も応えてはくれなかった。最初のうちは疲れて寝ているのかと思いそっとしておいたのだが、昼になっても顔を見せない姉さんを不思議に思いドア越しに声をかけたがやはり反応はなし。よほど疲れているのかと思い戻ろうとした時、微かに聞こえたすすり泣く声。それは姉さんの声だった。

両親のいない俺たちを一人で育ててくれた強かな姉の涙なんて、今まで見たこともなかった。なかったからこそ、俺はひどく動揺した。動揺しながら、ドアノブに手をかけてゆっくりと回した。

部屋は薄暗く、足もとには姉さんの礼服が脱ぎ散らかっている。俺はそれを回収しながら恐る恐る奥のベッドの膨らみを目指す。「姉さん…?」声をかけたが反応はなかった。ゆっくりと布団を捲ると、枕に顔を埋める姉さんがいた。落ち着かない心のまま、姉さんの身体を揺すり声をかける。



「姉さん、昼ごはんは…?」
「……いらない」


ひどく擦れた声だった。何と声をかけたら良いか分からず必死で言葉を選んでいると、姉さんがさらに続けた。


「ごめん、今…一人でいたい」
「姉さ「ごめんリュゲル、ガンダレスにも言っておいて」



それだけ言うと姉さんはまた布団にもぐってしまった。一瞬だけ見えた姉さんの顔は、涙で濡れていた。俺は姉さんの部屋から出た後、ガンダレスに声をかけられるまでしばらく呆然としていた。
こういう時はどうすればいいんだろうか。今までこんなことがなかったから、どうすれば上手くいくのかがよく分からない。そもそも、なんでこんなことになったのだろう。確か、しばらく前に姉さんが仕事を任されたんだ、別の星に行ってスタジアムの設営をするための手続きをしたり、よく分からないがファラムにとって大事なことをしに行ってくれていたんだ。…そこで、何かあったのか…?



「リュゲル兄…?」
「…ガンダレス、姉さんがなんという星に行ったか…覚えてるか?」
「え、…う〜ん…確か、サンドイッチ星だったかなぁ」
「サンドイッチ星か……、」
「どうしたのリュゲル兄?」
「きっと姉さんが部屋から出てこないのは、サンドイッチ星で何かあったからなんだ」
「え、そうなの?」
「ああ。きっとそこで何かきっと…嫌なことがあったんだな」
「嫌なこと…?何があったのかな…、酷いことを言われた、とか?された、とか……、…なんだよそれ、許せねぇよリュゲル兄!」
「まあ、まあ、落ち着けガンダレス。まずは犯人を見つけるんだ、きっとサンドイッチ星に向かったファラム人なら知っているだろう」
「サンドイッチに行ったのは…バルガだっけ?」
「ああ、バルガ…だったかな、ああ、うん…多分…うん。…よし、よし、じゃあ通信を繋いでみるか」
「そうだねリュゲル兄!二人で犯人をこらしめるぞっ!」










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