「おはよう、カゼルマ」
宿舎、こんな朝早くに誰だと自室の扉を開けると目が覚めた。
「…おはよう、」
「ちょっと入っていい?」
「あ、ああ」
何もわからずに彼女を部屋に入れる。彼女は私の部屋を見回して、何もないわね、と笑った。
「…もしかして、寝てた?」
「いや、」
「嘘、髪の毛少し跳ねてるわよ?」
彼女は微笑み、私の髪に触れて、跳ねているんだろう場所を何度も撫でる。くすぐったいような気分になる。
「一度触ってみたかったんだけど、ほんとカゼルマの髪って、」
パチリと目があった。しばらく見つめあった後、彼女が赤くなって私から離れた。どうしたらいいかわからなくなったのでとりあえず適当に座ってもらうよう促した。
「、そういえば、どうしたんだ?こんな朝から」
「そ、そうそう。昨日、一旦星に帰ったの」
「ああ、だから昨日は早く仕事を切り上げたのか」
「うん。それでね、さっき戻って来たんたけど、あの、」
彼女が持っていた鞄の中から何かが入った透明な入れ物を出して私に差し出す。
「これは?」
「えっと、アップルパイって言うんだけど、作って来たから食べてくれたら、嬉しいな。この間の、お礼」
「アップルパイ?」
「うん、お菓子、なんだけど、」
「ありがとう、嬉しいよ」
入れ物を開ける。甘い香りがした。
「い、今食べんの?」
「駄目か?」
「駄目じゃ、ないけど、」
「じゃあ、今いただくよ」
口に入れてみると、匂い同様甘くて少し酸味があって。
「ど、どう?」
「…旨いな」
「、良かった」
彼女がふにゃりと笑う。
「そういえば、」
「ん?」
「星に帰ったと言っていたが、何かあったのか?」
「あ、ああ。荷物とか整理しにね。あと弟達が心配で」
「君には弟がいるのか」
「うん。二人いる」
「弟達は何をしているんだ?」
「えっと、今は他の惑星に助っ人に行ったりしてる」
「サッカー、良くできるんだな」
「強いわよ、弟達は」
彼女が微笑む。
「そうか。一度、会ってみたいな」
「そうね、きっと勝ち進んでいたら会う機会もあるんじゃない?」
「勝ち進む、か…」
私達は星が違う。どちらかの勝利はどちらかの消滅を意味する。
彼女も言ってから察したのか、少し慌てて話を変えた。
「カゼルマの事も、知りたいな」
「私の事?」
「うん。家族の事とか、育った場所とか、何でも」
「そうだな、私は、」
朝の間、私達はお互いの事を話して過ごした。彼女の事を知れた。ただ一緒にいれた事が嬉しかった。


ナマエが星に帰る前日、ファラム・オービアスから助っ人が来た。このバルガという男は大層偉そうな物言いで、チーム内でも街中でも評判が良くなかった。
そのせいか、街中の空気は異星人に対して冷たいものとなった。
「また明日、挨拶に来るわ」
「そうか、」
「じゃあね。練習頑張って」
彼女が私に微笑んで手を振り、帰って行った。
「ナマエは愛らしいだろう?まるで百合のように美しく、薔薇のように気高く棘を持つ」
近くにいたバルガは恍惚とした表情で彼女を語った後、私を睨む。
「だが言っておくぞカゼルマ。ナマエは俺と結婚するんだ」
「…は、?」
「幼い頃の約束でな。将来を誓ったのだ」
何かが崩れた気がした。

――あの異星人達、
練習の帰り、ふと聞こえて来た方を向くと通りの路地に見るからに柄の悪い奴がいて話し合っていた。
「おい、あの偉そうな異星人共どうにかしてやろう」
「デカイ方の異星人はダメだ。やるなら女の方にしようぜ」
「ああ、そうだな」
「!」
「、カゼルマだ」
奴らは私を見つけた途端、足早に路地裏に退いていった。
街の人の不満が募る中、これ以上彼女がここにいるのは危険だ。彼女は自分の星に帰った方が良いのかもしれない。それに、バルガと将来を誓ったのなら私にできる事はもう何もない。同じ星の者同士の方が障害も無い。思えば異星人同士というのが無理な話だったのだ。
「…異星人、」
呟いた言葉は誰にも届くことなく、サンドリアスの街に消える。


次の日、彼女は落ち着かない表情でやって来た。
「お世話になりました。ありがとう」
私はナマエが好きだ。どうしようも無い位に、好きだった。掴まれたその手を引いて、腕の中に閉じ込めて、一緒に生きていきたいと思った。一方で彼女にはこんな異星人の自分より、彼女の星で同じ星の人と幸せになって欲しいとも思っていた。ただ、彼女の幸せを願っていた。
でも。だから。私は。

「…迷惑、なんだ」

乾いた音が響いた。頬を叩かれた。別れ際に言われた大嫌いという言葉が心を貫いた。叩かれた頬より、心が痛かった。
「お、おいカゼルマ、大丈夫か?」
集まってきたチームの誰かが言う。
「別に、大丈夫だ。この程度何ともない。練習始めるぞ」
「…カゼルマ、全然大丈夫な顔してないぞ。…本当に良かったのか?」
「いいんだ。これで、」

本当に良かったんだろうか、










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