「大会運営委員会から派遣されましたナマエ・バランです。少しの間ですがよろしくお願いします」 ファラム・オービアスから来たというナマエという奴は愛想笑いが苦手らしい。 「ああ、こちらこそよろしく。私はサンドリアスイレブンキャプテン、カゼルマ・ウォーグだ」 握手の手を差し出すと一瞬何か考えたような間を空けてから下手くそな笑みで私の手を握り返す。 「宿を用意している。今日はそこで休んで欲しい」 「いえ、市場通りの外れに寝床を構えているのでお構い無く」 もう用意したと言っているだろう。なるべく顔に出さないよう努めて冷静に言う。 「そうか。明日からよろしく頼む」
最初は何て奴だと思っていたが、現場の指揮監督に当たっているナマエは仕事に対しては至極真面目だった。選手は手伝わなくても良いと言われていたが、見ず知らずの人とでも助け合うのがサンドリアスの性。選手全員で練習の合間に現場の手伝いをしていた。彼女の的確な指示と強気な性格にメンバーのザバとハリザなんて生き生きと従っている。 「確認した。次はどうすればいい?」 「そうね、じゃあ…」 ナマエがタブレットと呼ぶ物に視線を落とした。さらさらと落ちていく髪を尖った耳に掛ける仕草に息を飲む。 「カゼルマ?」 「わかった。終わったらまた連絡する」 「うん」 心に違和感を残したまま、恐らく任されたであろう仕事に取り掛かる。
数日後の夜、チームで集まった帰り宿舎まで戻ると住民が騒いでいた。どうやら大型のドーマが市場の通りを通ったらしい。ドーマの向かった先は何もないから大丈夫だろうと住民は言っていたので私も部屋に戻ろうとした刹那、 「あ」 「どうしたカゼルマ」 「荷物を頼む」 シャルキに荷物を押し付け、ドーマの足跡を辿って走る。 この先には彼女の寝台型スターシップがあるのだ。
走るにつれ金属質の音が大きくなる。 「な、!?」 姿を表した奴は大型とは聞いていたが、今まで見た中でも一、二を争う程大きいドーマだった。この星の物では無い異質な物に反応したのかじゃれているだけなのか、鋭い爪をスターシップに何度も叩きつけている 。 スターシップには明かりがついており、彼女が中にいることがわかった。 「ナマエ!」 叫んだ途端、考えるより先に身体が動いていた。ドーマの頭上に跳び上がって、奴が私を振り払うより早く、脳天に力一杯脚を振り落とす。 ドーマの巨体が倒れ、砂が舞った。私は着地次第すぐにスターシップへ走り扉の前に立つ。 「大丈夫か!ナマエ!」 呼び掛けに返事が無かった。 「…開けるぞ?」 とは言ったものの取っ手もない見たこともない扉で戸惑う。取り合えず触れて見ようと手を近づけた途端いきなり扉が開いた。 「ナマエ?」 部屋を見渡すと隅の方で彼女がシーツを頭から被って小さくなっていた。 「…大丈夫か?」 側に寄って、シーツを少し開くと彼女が顔を上げる。その途端、彼女の丸い目から大粒の涙が幾度にも滑り落ちる。 「、カゼルマ…」 ナマエは極小さく私の名前を呼んだ。 「安心しろ。ドーマは私が何とかした」 「カゼルマ、」 「わ、」 彼女がいきなりすがり付いてきた。受け止めたその細い身体は震えている。 「………こわかった」 こういう場合、どうすればいいのかわからない。わからないまま、彼女の背中を撫でる。 「そうか、」 「…いきなり外から音がして、スターシップが揺れて、どうすればいいのかわからなくて、」 「そうか」 「壁が壊れたらどうしようって、」 「もう大丈夫だ」 「…カゼルマ、」 彼女の両腕が背中に回る。胸が苦しい。
「落ち着いたか?」 赤い目をした彼女に問う。 「……何で、」 「ん?」 「どうしてもっと早く助けに来ないのよ!」 「ナマエ、」 「カゼルマが来てくれるのずっと待ってたんだから!」 「……え?」 「………あっ、や、その、」 彼女は真っ赤になってしまった両耳の先を手で覆う。 「ふふ、」 「、何、笑ってんのよ」 上目で私を睨む彼女の頭に手を置く。 「すまない。次はもっと早く助けに来る。君を守ってやる」 困ったことに、気が強くて不器用で無愛想な彼女がどうしようもなく可愛いのだ。
ナマエが来て数週間、メンバーの何人かが飲み会を企画したらしく、近くの居酒屋に来た。彼女は最初断るだろうと思っていたが、意外とあっさり承諾した。 メンバーががやがやと騒ぎ、ナマエも笑っている。 「サンドリアスの酒はどうだ?」 「ん?私ファラムのお酒の方が好き」 「そんな事言って、それで何杯目だ?」 「うっさいカゼルマ。良いでしょ?美味しいんだから」 そう言って彼女は残り少なくなった酒を飲み干した。 「、カゼルマってさ…」 しばらくした時彼女がぽつりと言う。 「何だ?」 「綺麗な髪してるけど何かしてんの?」 「特に、何も?」 「何それ腹立つ。私何て、」 彼女が自らの髪を指で摘まんで何か言っているが酔いがまわっているのかいまいち聞き取れない。摘まんで離した髪が酔って紅潮した頬にするりとかかる。 「ナマエ、」 「なに?」 「君も、綺麗じゃないか」 「、な!」 酒は好きだ。うっかり出ていってしまった言葉も気持ちも、全部酔いのせいにできる。さらに赤くなってしまった彼女を、これからもう少しからかってみようと思う。
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