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▼ となりの山田くん




※2年秋

テニス部、全国優勝二連覇


まだ夏の余韻が残る9月5日。
掲示板に大きく張り出されたのは、立海テニス部の写真だった。
中央に写ってる三人は同じ学年だったっけ。1人は分かる。真田君だ。彼は風紀委員で、毎朝校門で、いわゆる風紀を乱している生徒達を叱咤している。正直同い年に見えないから覚えてたんだよなあ。


この学校のテニス部は、全国大会に何度も名を連ねる程の実力ある部だ。…と、この学校に入る前から色んな人に聞かされていた。俺は生まれてこの方サッカー一筋だったから、はなからサッカー部に入ると決めていたけど。それでも全国大会優勝は、すげーよなあ。




「おー、山田!なにしてんだ?」

「おお、田中。テニス部全国優勝かーと思って」

「本当すげーよなあ。幸村なんて、あのなりでテニス強いとか信じられねー」

「幸村…?」

「え、お前知らないの?」



田中は驚きながら、藍色の髪をした子を指差した。



「こいつ」

「あー、同じ学年てのは知ってる」


登校中、たまに見かける。藍色の髪が綺麗だから女の子かと一瞬思ったけど、体格とか見て、あ、男か。って思ったことがあるくらい。多分そいつがいわゆる幸村くんて奴だったと思うけど。写真からは確かに物腰柔らかそうな雰囲気が感じられて、こんななりでテニスが強い、って言いたくなる田中の気持ちは分からなくないな。




「幸村知らないとかお前本当にここの生徒かよ」

「うるせーな。...モテそうこいつ」

「そうなんだよ!それなんだよ。一年の時のバレンタインなんて、1人で200個くらい貰ってたぜ」

「うわ、まじかよ。バケモンかよ」

「それでいてテニスも鬼強い、しかも勉強も常にトップクラス」

「うわー、なんでも持ってるタイプのやつな」

「まじで人生イージーモードだろ。」

「田中とは大違いだな」

「おい」


まあ、俺には一生無縁な奴だろうな。
それからは、これからゲーセン行こうだの、体育の授業がだるいだの、どうでも良い話をしてた。俺はテニス部に大して興味はなかったし、それ以降、幸村君について触れることもなかった。











その日は雲ひとつない青空だった。
葉は秋の準備を始めるかのようにカラフルな色をつけ始める、そんな季節。


放課後、大きな木の下にこぢんまりと置かれたベンチで、風に揺れる木々をぼんやりと眺めていた時、

掠れた声が後ろから聞こえた。



「あの、すみません」


振り返るとそこにいたのは、



「体調が優れなくて、少しお隣、座らせて貰っていいですか」



幸村君だった。




「ど、どうぞ。大丈夫ですか?」


「はい…」



幸村君は絶対に大丈夫じゃなさそうな返事をし、俺の隣に腰掛けた。肩にかかった黄色のジャージがふわりと揺れる。絶賛体調が悪そうな幸村君をよそに、俺は少し緊張していた。

写真で見て、思っていたよりも美人だ。髪の毛のせいもあるとは思うけど、てか男の人に言うことじゃないと思うけど、やっぱモテるだけあるなと。

あと、雰囲気。よく分かんないけどさ、すごい感じの雰囲気の人っているじゃん。あれ。神々しいというか、この人すごい人なんだろうな、みたいな。

俺は田中の話を聞いてたからかな。





「あの、よかったら俺の肩にもたれかかってください。俺いない方がいいなら立ち去ろうと思ったんですけど、体調本当に悪そうなんで、倒れたりしたら困るなと…」


「…」


「…」



うわーーーー選択肢ミスったか、俺。確かに、見ず知らずの男に、肩、貸しますよとか言われたら俺だったらムリだわー、てか男に肩貸すのもムリだわでも体調悪そうだしこのまま去ったらまじで倒れそうだし!!




「…あの」

「…」



ちらりと幸村君の方を向いたら、もうすでに目を閉じていたから、眠ってしまったのだと思い幸村君の体を横にさせた。










「ん…」

「あ、起きました?」


パチパチ、と二回瞬きをし幸村君は先程まで体調不良だったとは思えない勢いで起き上がった。


「すみません、俺」


「もう少し安静にしてた方がいいと思います。体調どうですか?」


「…大分良くなりました。」


「なら良かったです。」


「ご迷惑をおかけして申し訳ないです。」


「や、何もしてないですよ。」




次は俺が幸村君の隣に腰掛ける。
先ほどとは変わって、体調もさほど悪くなさそうで安心した。



「あの、お名前と学年お伺いしていいですか?」


幸村君が尋ねる。


「2年F組の山田です。」

「俺は2年A組の幸村精市です。…同じ学年だったんだね」

「俺は幸村君のこと知ってたよ。」

「えっ」

「テニス部の幸村君だよね、有名だよ。」

「そうなのかい?」

「うん。顔も良くて、勉強出来て、テニスも強くて、すげーモテるって。」



といっても田中の受け入りだけどね。


「そんなことないよ」


幸村君は困ったように微笑んだ。




黄色のジャージがそよそよと風になびく。



「なんでも、できるって羨ましいな」


「ふふ、君はそう思うかい?」


「きっと男なら誰でも思うよ」


「俺は...テニスさえ出来れば十分なんだ 」



幸村君が囁くような声で呟いた言葉を、俺は聴き逃さなかった。少しだけ悲しい表情をした彼を見て、不覚にも、綺麗だと思ってしまった自分がいたことに驚く。




「そろそろ部活に戻らなきゃ。ありがとう、山田君。」


「いえいえ。安心したよ」


「ねえ、今度お礼させてくれないか?」


「お礼って!俺ほんとに何もしてないぞ!」


「お願い。そうしなきゃ俺の気が済まないんだ」




そう言うと、幸村君は後日、チョコレートブラウニーを持ってきてくれた。しかも、手作り。これが超美味しすぎてやっぱり彼は何でもできるんじゃないかと思った。

田中は「お前幸村と関わりあったのかよ!」って驚いてたけど。


それから俺と幸村君は、すれ違う度に挨拶するくらいの仲にはなった。

ただ、あの日以来、二人で喋ることは無かった。









だから、幸村君が病に倒れた事を俺は知らなかったのだ。

冬の寒い日、駅のホームで、意識を失って倒れたと、田中から聞いた。詳しい事は知らないが、もしかしたら、もう、テニスが出来なくなってしまうかもしれないらしい。




色づき始めた木の下で喋ったあの時、彼は、今にも消えてしまいそうなほど小さな声で、「俺はテニスさえ出来れば十分なんだ」、そう言った。



幸村君は聞こえていないと思ったのかもしれないけど、俺の耳には届いた。

でも、意味なんて分からなかった。ただ、欲のない人間なんだなって。





今思うと、幸村君は、自分の体がどんな状況なのか分かっていたのかもしれない。


本当は、彼にとっての一番のワガママだったのかなあ。なんて振り返って思う。



もしまた会えた時は、今度は俺から話しかけてみようかな。




はじめて知り合ったあの日の






少し高くてかすれた声が、


遠くを見ながら泣きそうな瞳が、



今じゃ脳裏に焼き付いて離れないんだ。



となりの山田くん



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