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▼ 真田の可愛い帽子の話







「僕を置いていかないで」



そろそろテニスコートに向かおうと扉を開けた瞬間、自分以外にはもう誰も残っていないはずの部室から何やら可愛いらしい声が聞こえてきた




「…誰だ?」




振り返りキョロキョロと部室を見渡しても人の気配は全くなく、幻聴かとドアノブに再び手をかけたその時。



「弦一郎…!」



小さいながらも声が聞こえた。実にはっきりと。こちらが気づいた事に向こうが気がづいたのか、嬉しそうに俺の名前を何度も何度も呼んでいる。少し高くて柔らかな声質はなんとなく幸村に似ているなと感じた

とりあえず何かがいる、ことは分かったのだが肝心な肉体が見つからない




「どこにいるのだ?」


「ここだよ!こーこ。」


「ここでは分からん、もっと具体的に…」


「ロッカーの上!」




ぱっと目を上げると、そこには普段自分が愛着している古びた黒の帽子がちょこんと置いてあった



そういえば昨日は急用が出来たため、着替える際に帽子を外したままロッカーの上に置いてあることを忘れて帰ってきてしまったのだった。
俺としたことが今までそのことすら忘れていた。



一人で淋しかった、等と帽子が歎くものだから、可愛いく思いそっとロッカーから下ろして何時ものように被ってやる。













ちょっと待て。


その前に色々とおかしな点があるのではないのか?


なぜ、帽子が喋るのか


しかもちょっとかわいい。

普通この容姿だったら少々古臭くておじさんのような性格になるのが普通だと思うのだが…
いや今のは決して馬鹿にしているつもりはないぞ!



柳に電話をしてみようと片手に携帯を握るが恐らく彼の携帯は既にロッカーの中であるだろうから連絡は無理であり…



さてどうしたものか。
それにしても、どうも声質が似ているのか喋るたびに幸村の声を連想してしまう。




「お前はなぜ喋るのだ」


「なんでって…
僕に喋ってほしくないの?」


「いや、そうゆうわけでは…」


「じゃあなあに?」


「うむ…その…」


「分かった
僕がいると邪魔なんだろ」


「なぜそうなる」


「だって昨日急いでたのは
幸村君がお家に来るからでしょ?」


「!?」


「僕がいると邪魔だから…だから僕をわざと置いてったんだ…!

どうせ僕なんか弦一郎に嫌われてるんだ」



ひっくひっく、と話しながら鼻を啜る声が確かに聞こえた



…泣かせて、しまったのか。




「すまない、帽子
そのようなつもりは一切な」



「嘘だっ…弦一郎の馬鹿あ…!」



「違う嘘ではない!

お前とは幼子からずっと共にいて、
もう俺にとっては無くてはならぬ存在なんだ。

俺はお前を一番大切に思っている」







ガチャリ。タイミング良く開かれた扉の音が聞こえ一瞬で冷たい汗が身体中から流れ出す




「ゆ、幸」


「一番大切な子がいるんだあ。
俺よりも大事な子がいるんだって、ねぇ蓮二どう思う?」


普段どんなに嫌なことがあっても絶対に笑みを絶やす事の無い幸村が真顔。

笑顔で怒る方が怖いとよく思われがちだが俺は絶対違うと思う。何がなんでも表情から笑みが消えた方が一番怖いに決まってる




「幸村違うのだ!これには訳があって」


「訳?片手に携帯持って愛語ってたくせに言い訳?」


「違う…これは蓮二に連絡しようと」


「何じゃあ蓮二に愛を語ろうとしてたんだ
親友づらしてずっとずっと蓮二の事好きだったんだ」


「幸」


「真田の馬鹿あっ!」




そういって飛び出してった幸村の背中を追いかけることも出来ず、ただただ頭がこんがらがるだけの自分を嘲笑うかのように帽子はぼそりとと呟いたのだった。




「プピーナ」


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