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幸村が思い切りボールを上げ、そのままラケットをふりかざせばボールはものすごい勢いで相手コートへと突き進んでいった。
辺りは一瞬で静寂に包まれる。


ーーーフィフティ、ラブ!


「すごい..」


隣でつぶやかれた声に、これには俺も同意せざるを得なかった。ボールは何度も両者を行き来し、試合はどんどんと進んでいった。お互い引けを取らないほどの力強いラリーを繰り返し、1セットを取るのに相当な時間がかかっている。それは攻め込むようなテニスであり、初めて見る俺でも、ただただ凄い、ということだけは分かった。




ーーウォンバイ 幸村精市!
審判の判定が響き渡ると同時にテニスコートには歓声が湧き上がる。


「すごい!幸村君すごかったね!」
「あ...ああ」



正直、彼女の可愛いらしい反応にまともに対応出来ないほどには、俺はその試合に見惚れていた。その試合、というよりも、その試合をしていた幸村精市という男に。ドクンドクンと心臓が煩く鳴り止まない。

最初に見た時は、桜の中に溶けていってしまいそうな、儚げな印象を抱いていたのに、テニスをしている彼は全くの真逆で、揺るぎない、相手に尋常ではない存在感を見せつけるような、力強いテニスをしていた。



そして、心奪われたのは最終セットの、最終ポイントを取った瞬間。

彼は、想像を絶するような、可愛いらしい笑顔で、笑った。



ドキっとした。
こんなにも心揺るがされるものがあったなんて、自分でも思いもしなかった、しかも、男に。試合中の乱れた息遣いが、額の汗を拭き取る姿が、コート中を駆け巡りなびく髪が、...彼の笑顔が、頭からこびりついて離れない。そこらへんにいる女よりも断然可愛く、そして揺るぎない強さを持つ彼を..自分のものにしてみたい。なんて汚れた心だと自身でも呆れてしまうが、そう、感じる自分がいた。




「仁王君...?」
「すまん、幸村に少し用を思い出したなり」
「えっ、仁王君っ!」



そう彼女に一言告げ、ベンチにもたれかかる彼へと一直線で足を進める。額にかいた汗をタオルで拭き取る姿が、どことなくエロい。流石は王子様と言われるほどの人気であり、既に彼の周りにはファンのような女の子達が集まっていた。まあ、そんな事、今の俺にとっては全くどうでも良い話なのだが。


「幸村、お疲れ様」


周りの女子と同じように声をかければ、男から声をかけられたのが意外だったのか、振り返った幸村は目を大きく見開きなんでと一言こぼした。



「いや〜見事な試合じゃった」
「なぜ君がここに..」
「ねえ見て!幸村君と仁王君が話してる!」
「友達なのかな?」


幸村目的で観覧していた子達は俺と幸村の絡みを見るなりざわつき始める。普段ならば、男と絡むのは結局周りから見たときの株を上げる手段でしかないが、今回は違う。純粋に目の前の『幸村精市』という男に興味が湧いてしまったのだ。


「幸村に話があるんじゃ、悪いが少し2人きりにさせてもらえんかのう?」


そうお願いすれば彼女達は顔を赤らめそそくさと離れた場所へ移ってくれた。



「何しに来た」
「お前に会いに来たぜよ」
「ここはテニスをする場所だ。悪いがくだらない冗談には付き合っていられない」
「ちゃんとテニスするとこも見てたぜよ」
「ふうん、それはありがとう」
「強いんだな、お前さん」
「..まあ、4歳からやっているからね」


先程試合終了後に見せた笑顔が嘘のようにツンと不機嫌な表情で答える。



「...まだ俺を、女の子だと疑っているのかい」
「そんなわけなか」
「冷やかしならいらないよ、もう帰ってくれないか」
「冷たいのお、冷やかしでも冗談でもない。」
「俺は男だ。」
「知っとる。でも、お前さんに興味が湧いてしまってのう」


そう言えば彼は先程よりももっと不機嫌な表情になった。しかしそういう表情も、嫌いではない。
初めて見たときから、今まであった誰よりも美しい人間だと思った。そして今、彼の試合を見て、揺らがない強さを持つ彼はやはり綺麗だと思った。

ー...そんな彼を、自分の支配下に置いたらどんな気分なのだろうか。


ぐっと身体を引き寄せ耳元に口を寄せる。



「必ずお前を落としてみせるぜよ」



過度に近づいたためか自分たちのやりとりを見ていた女子達はこれまた黄色い声を上げた。幸村は俺の目を真っ直ぐと見るなり、呆れた顔をして言い放つ。



「へえ。面白いことを言ってくれるじゃないか。やれるもんならやってみればいいよ。

仁王雅治君。」





この時の自分に[恋心]なんてものは一切なく、ただ幸村精市という男を、自分のものに出来るか否かを試す、ある種のゲームのようなものだとばかり思っていた。




世界最低の恋



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