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花盗人に罪はなし


暖かな春の日差しに包まれ、瞼が落ちそうになるのを丸井は何度も堪えた。この季節になると学校の近くにある自然公園は人で溢れかえる。昼間から酒を飲んでは騒いでいるサラリーマン、熱めのお茶を飲んでは一息ついている老夫婦、10人は乗れそうなほどのレジャーシートをひき世間話をしているおばさん、そんな彼等もまた、年に数週間しか咲かない花を愛でるためにこの場所に集まっているのだ。そう、自分達と同じように。




花盗人に罪はなし




「丸井センパーイ!柳さーん!見てくださいよこれ」



お弁当を食べてからというもの、いつの間にか姿を消していた赤也が手に抱えて持ってきたのは、桜の花がしっかりと付いた一本の枝だった。



「なっ、お前それどうしたんだよ」


「いや、あまりにも綺麗だったんでついポキッ、と..」


「ポキッとじゃねえだろい」



赤也はいつものように頬をたるませ桜に見入っている。
確かに、赤也が持ってきた桜の枝は、自らに目一杯花びらを咲かせていてとても綺麗だった。だけど、この枝を見つけた真田の反応が手に取るように思い浮かぶ。真田は「枝を折るとは何事だ!たるんどる!」とか言いながら鬼のような形相になって、怖気づいた赤也は逃げ出すけど、止めに入ったジャッカルが毎度のようにとばっちりを受けて、それから捕まった赤也も一喝されるんだ。こんな長閑な春の日に、どうしてそんな姿を見なくてはならないのだろうか。




「あ〜あ、ばれねえうちに戻してこいよ」



「ちぇー。部長にも見せてやりたかったのになあ」



「幸村君なら今頃桜を愛でてるだろい」



「へえー、ところで部長ってどこに行ったんすか?」



「ああ、幸村君は..」



「赤也、言いそびれてたがもう少しで買い出しに出ていた弦一郎が戻ってくる確率100%だ。」



「えっ!やべえ!」



柳の言葉に焦りだした赤也だったけど、俺は後ろの方に黒帽子を被った長身の男を見つけてしまった。



「遅くなってすまない、ドリンクが少ししか無かったのだがこれで足りるか?」



「げっ。真田副部長」



「なんだ赤也その反応は。
む、その桜は」



真田は赤也が抱えている桜の枝に目線を落とす。



「ち、ちちち違うんすよコレは〜落ちてた枝を拾って..」



「赤也、嘘はいけないな。」



柳は諭すように赤也に告げる。



「ぐぬぬ...、すみません真田副部長、

俺、桜があんまりにも綺麗だったんで、思わず枝を折っちまいました」




真田は思い切り怒ると思った。でも実際は俺の予想に相反するものだった。赤也の顔を見つめ小さなため息を吐くと、まあ仕方がない、と言い退けたのだ。それには俺も赤也も予想外で思わず口から情けない声が漏れてしまった。



「怒らないんすか..?」



「ああ、花盗人に罪はなしと言うからな」



「は、はなぬ..?」



「真田、もう少し優しい言葉で言ってやらねーとこいつ訳わかんねえって顔してるぞ」



「む...桜があまりにも美しいから、独り占めしたいと思い手折る、その行為は罪とは呼べんと言うことだ。」



「へえ〜勉強になったっす!」



もう怒られないと悟った赤也はいつもの様に柳の隣に腰をかけ、俺には分からないような話を柳にし始めた。真田な先程買ってきたドリンクをクーラーボックスに移し替えている。

一方で俺は、幸村君のことを考えていた。何をしていても、誰と話していても、今日の幸村君の姿が頭からこびりついて消えない。

艶やかな藍色の髪は桜の花びらと共に風に揺らされ、長い睫毛は物憂げな影を落とし、抜けるように白い肌は春の白い陽射しとともに輝きを増していた。幸村君は紅っぽい地に白い花が大胆に散っている和服で、すらりと姿勢のいい着つけだった。肩にかけた紅地の羽織が、病気療養中の色白顔にアクセントをつけて、妙に艶がある。


なるほど、確かに今日の幸村君は着物が似合っていていつも以上に綺麗だった。




「ところで、幸村はどこに行ったのだ?」



「あっ、それ俺も気になってたっす」



「.....盗まれたよ」



俺が少しふてくされたように答えると、真田と赤也は意味がわからないという顔でこちらを見ていたが、柳はその隣で可笑しそうに静かに笑っていた。




それは必然であったかのように思う。桜を物欲しげな瞳で見つめる幸村君の手をとり、仁王は誰にも気付かれないよう人混みの中へ姿を消した。




花盗人に罪はなし。




今なら、赤也の気持ちも、仁王の気持ちも、少しは理解できる。



ああ、でもなんていうか、やっぱり、
少し妬けるよなあ。





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