その花の名はコイゴコロと申します。
一輪の花が庭に咲いた。小さくて儚げな花だったけれど、初めて咲いたのが嬉しくて、大事で。ずっとずっと見ていたいと思った。だけど、この花は誰にも知られず、触れられず、いつかひっそり枯れてしまうんだ。そう思うと、なぜかどうしようもなく、ただただ、胸が痛んだ。
「っていう夢を最近よく見るんだ」
優しい日が照りつける昼下がり、今は柳生とジャッカルを除いたレギュラーメンツと屋上でご飯を食べている。仁王と赤也は奥の方でシャボン玉を飛ばして遊んでいるから、実質今ここにいるのは丸井と蓮二と真田、そして俺だけなんだけれど。すでにお菓子に手をつけ始めていた丸井が口を開く。
「それってなんか意味あんじゃねーの?」
「そうなのかな?」
「夢というのは願望を映し出す鏡、とも言われているからな」
温かいお茶をすすりながら物静かに蓮ニが喋り始めた。
「夢には必ず意味が込められている。しかし、人が認識していない、つまり無意識である物事が関係していることが多いため、本人は無意味な夢に感じてしまう事がほとんどだ」
「ふうん..無意識の願望ってやつかな」
不意にその夢の事を思い返す。何一つない庭に、一輪の真白い小花が、柔らかい紙を散らしたようにひっそりと咲いている。その小花はあまりにも細く儚く、俺は散り去ってしまう事が怖くて、触れる事さえままならないでいる。でも、遠くからその花を見ているだけで俺は幸せを感じているんだ。なぜだかは分からないけど、その花は儚いながらいつだってそこに凛と咲き誇っていたから。
「ところで。なんで幸村君はその花を誰にも見せないの?俺だったら誰かに見せたいけどな〜」
「なんでだろう」
「誰かに見せて、摘まれたり、荒らされたりするのが嫌なのだろう」
「うーん、確かにそうかも」
「だったら、大切なやつにだけこっそり見せればいいんじゃね?そんで、綺麗に咲いただろいって言って、綺麗だねって言ってもらって、2人で大事に育てるんだ」
ほら、天才的だろ?と白い歯を見せて笑うブン太が無性に可愛いく思えて思わず抱きしめた。遠くで見ていた女の子達が黄色い声を上げたけど気にしない。いつから会話を聞いていたのか、シャボン玉を飛ばしていた仁王が話に混ざる。
「俺じゃったら、一輪とは言わず何本も咲かせるぜよ。色とりどりなりー。」
「それもありかもしれないね。でも、一輪の花、だからこその魅力っていうのかな。そうゆうのもあるんだよ」
「そうかのお。俺にはまだその魅力が分からんぜよ
...ところで。話に混ざらんと米ほおばっとる真田はどうなんじゃ。」
そう仁王が不敵に告げれば全員の視線は真田に向けられた。
「真田は花なんか興味なさそうだろい」
「咲いたとしても放置しそうじゃのう」
「弦一郎の場合気付かないのではないか」
「なっ、俺とて..!」
真田が弁解しようと喋りかけた途端昼休みの終わりを告げるチャイムが屋上に響き渡った。お弁当の片付けをしていなかったやつらはいそいそと片付けを始める。
みんなが言うように真田なら花が咲いても気にしなさそう、というのは普段の真田を見ていればそんな気がしなくもない。
でも、意外にも真田は植物を含む生あるものに優しいところがあるのだ。流石に10年間も2人で一緒にいれば他の人が知らない部分まで、知っていることがある。つまりなにが言いたいかというと、もしも真田の家の庭に綺麗な一輪の花が咲いたら、彼は大切に大切に育て上げると俺は思うんだ。意外と繊細なところもあるから。
バタバタと他のメンバーが片付けをして「また後でな」と言い階段を降りていく中、さっきの言葉の続きが気になった俺はこっそり真田に尋ねてみた。
「さっきのさ。君なら、どうする?」
まさか掘り返して聞かれるとは思っていなかったのか、真田は驚いた顔で一度俺の顔を見て、逸らしたかと思うとぼそりと呟くように言った。
「俺はそういうのには疎いからな..どうすれば良いか分からん」
「ふふ。君らしい答えだね。」
「しかし...せっかく咲いたのだ。枯らしたくはないし、大切に育てたいと思う」
思った通りだった。それが綺麗な花だったとしても、無様な花だったとしても、真田は毎日顔を見て水遣りをしてやるような、心優しい男なのだ。
幸村が笑うと、真田はその顔を見て満足したように微笑んだ。それに、と真田は続ける。
「それに、幸村が好きだからな。」
はたと足を止め真田の顔を見つめる。一瞬どうしたと言いたそうな顔をした彼は自分の言葉の意味に気付いたのか焦ったように喋りだした。
「違うぞ幸村!今のは幸村が好き、と言いたかったのではなく、幸村は花が好きだから俺も大切にしようと思ったという意味で、いや、幸村も好きだぞ!ただ、そうゆう下心みたいな感情の好きではなく、10年間ともに過ごし大切にしてきた友が好きな花だから俺も大切にしたいというそういう意味で、いや、でも確かに好きだということには変わりはな」
「わ、分かったっ..!」
気づけば俺は淡々と恥ずかしい台詞が出てくる真田の口を両手で塞いでいた。
「意味は分かったから、好きだの、言われるのも恥ずかしいだろ..」
頭に血が上り顔が火照っていくのが自分でもわかる。今、彼がしていたのはあくまでも花の話だ。俺の話ではない。そんなことは分かっているけど、どうも、好き、を連呼されると意識してしまい恥じらってしまう自分がいる。
ゆっくり手を離し恐る恐る真田の方に目をやれば、意外や意外。彼は耳までをも赤く染め金魚のように口をパクパクさせていた。
「ゆ、幸村。俺は」
「っ、なんだよ。ほら。遅れるから行くぞ!」
真田といると調子が狂う。たまに心臓が優しくトクンと跳ねるのだ。まるで水面下に水滴を落としたかのように。
顔を赤くして立ち尽くしている奴の右手を握れば、また少し心臓が鼓動を強くする。でも、5時間目に遅れたらやばいから、このまま急いで教室に向かうよ!
その花の名はコイゴコロと申します