金髪の少年と合流した御柳を見て更にテンションが上がり出すクラスメートと、気まずそうな視線を私に投げ掛ける隣の友人。帰りたい気分に拍車をかけるのには充分だった。なんでよりにもよってこいつなの。御柳に気づかれる前に退散しようとするも、先に声を掛けてきたのは御柳だった。

「よっ」

それだけ。たったそれだけの言葉とも言えないような、だけどムッとしてだんまりを決め込んだ。
二度と会うことはないと思っていた。このまま全部なかったことになるのだと。俯くと頭上から溜め息が降ってくる。今すぐにでもこの場から立ち去りたい。そしてそれは叶うこととなる。目の前の男によって。

「わりい、こいつ借りてくわ」

友人に言いつけると快く頷いた友人。信じられない。そう思ったのが見て取れたのか、友人は苦笑しながら手を振った。
嘘だ。ありえない。そう思ったのはなにも私だけじゃないようで、先程まで射的をやっていた少年も御柳に苦言を呈する。

「おい御柳、どこ行くんだよ」
「あー、わりい墨ちゃん。適当になんか言っといてくんね」
「なに言ってんだよ、って、待てって」

“すみちゃん”とやらの声がどんどん遠くなる。人波を縫うように歩く御柳に手を引かれ、人混みの中を駆け抜けた。

出会ったあの日と、同じだと思った。

あの日だって、私の意見なんかなにも聞いてはくれなかった。こうやって強引に連れ出して、嫌がる私に屁理屈を並べて。だけどあの日みたいに、仕方ないとかどうにでもなれとはもう思えない。
だからあの日と同じく、怒り任せに手を振り払う。

「いい加減にしてよ、なんなの。もう関わんないでよ」
「あのな、俺だって今日先輩とかと来てんの。別に女漁りに来たわけじゃねえし、お前じゃなきゃ声掛けてねえんだよ」

あの日と同じく私を見下ろす御柳。一つ決定的に違うのは、その目に不機嫌さと戸惑いが同居していること。
なんて顔してんのよ。そう思うのに、それすらも引き止めるための策に思えてくる。なにを信じればいいのか、もうわけがわからない。そんな顔をしたいのはこっちの方だ。

「お前なにキレてんの」
「別に怒ってない」
「じゃあなんで連絡シカトすんだよ」

思わず言葉が詰まる。怒っている理由なんて一つしかない。だけど怒っていることも、その理由も、そしてそれを認めたくない理由もなにもかも認めたくない。こいつが私の頭を支配しているこの事実が悔しくて仕方なかった。
人混みを外れた屋台の裏側は暗く感じた。幾ら遠くに聞こえようと下駄や囃子の音で騒がしいのに、二人分の息遣いしか聞こえていないような錯覚を覚える。小さく吐いた溜め息を隠すように御柳はガムを膨らませた。向き合うこともしないまま、ポツリポツリと紡ぎ出す。

「妬いたわけ?」
「はあ?」
「あのとき俺、女といたろ」
「知ってる」
「だからキレてんだろ」
「どっから来んのその自信」
「あ?今のお前見て確信した」

相変わらず自信に満ち溢れていらっしゃるようで。言いたかった嫌味を飲み込んだ。反論のしようがなかった。

「別にお前が俺をどう思おうがどうでもいいけどよ。お前ともあれきりでなんにも困んねえし」
「じゃあなんなのこの状況」

どうでもいいならこうやって、言い訳もしないくせに連れ出したりしないでほしい。別に言い訳なんて聞きたくないけれど、潔く認められると言いたかった文句すら負け惜しみに聞こえてしまうから、なにも言えなくなる。

「お前さあ、俺に惚れてんだろ」

私を見下ろす御柳の目を見れなくて俯く。そんなの認めたようなものだけど意地でも頷きたくない。だってこんなの駄目だ。本気になっても報われるはずがない。認めたくない自分の気持ちに目を塞いだ。

こうして私と向き合うのはなにも御柳の気持ちじゃなくて、あくまで私の気持ちを知った上でのことだとしたら。
暇潰しで落とすだなんて言われて易々と心を差し出すなんてこれ以上ないくらいの屈辱ではないのか。そう思うのに、放っておいてほしいのに、こんな惨めなことはないとわかっているのに、悔しいくらい苦しいのに、途方に暮れるほどこの時間が嬉しくて仕方ない。

黙り通す私に痺れを切らしたのか、振り払った手をもう一度御柳が掴む。嫌な笑みを浮かべた御柳に至近距離まで引き寄せられた。睨み付けたつもりが、私は情けない顔をしていたのだと思う。余裕な笑顔を浮かべたまま見下ろす瞳を見ていられない。暗闇に浮かぶ八重歯に、心臓が大きく脈打った。

「いい加減認めろよ、めんどくせえ」

二人分の息遣いと、心臓の音しかもう聞こえなくなった。

出会った時点で負けていたのかもしれない。そんなことをひっそり思った。そして一度は逃げ出した。だけどまた捕まってしまったのだから、もうどこにも逃げ道などないのかもしれない。その手を握り返すことも、御柳の言葉に頷くこともしなかったけれど、全て見透かされてしまっている気がした。
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