あの日を境に御柳からの連絡を早々に切り上げたり、ひどいときはシカトすることもあった。御柳も御柳で、そんな私の態度を察して連絡を控えてくるようになった。
最初に思った通り、一月ともたずに終わるだろう。
連絡を取りたがらなかったのは私のくせに、実感する度苦しくて堪らない。いつからこんなに面倒くさい女になったのだろうか。御柳からの連絡は遂に途絶えてしまった。

これでよいとも思う。本気になってしまう前にそんな感情ごとなかったことにした方がきっと楽だ。あいつだって私に拘る理由が何一つない。代わりなんて幾らでもいるのだから。

「あ、あの人イケメン」

隣を歩く友人が呟いたので顔を上げる。人でごった返しているこんな中でよく見つけたなと思うくらい、さっさとすれ違うだけでそれ以上でも以下でもない出会いだった。

「よく見つけるよね」
「こういうのはね、自分で見つけてかなきゃだめなの」

桜花さんいないかなー、と目をキョロキョロさせる友人と並んで歩く縁日。クラスの子達と来たお祭りは早々にイケメン漁りへと変わってしまった。下駄の音が鳴る。遠くでお囃子が鳴っている。揺れる提灯の赤さと人の波で酔いそうだ。

「もうやだ、私帰りたい」
「だめだから。イケメン取っ捕まえるまで帰れないよ」

前方を歩くクラスメートも、隣を歩く友人も屋台より男ばかり見ている。さっさと林檎飴買って帰りたいな、と思う私はこの場にいない方がいいとすら思う。それを見越してか、友人が言った。

「なまえっていっつも冷めてる」

あまりにも図星だったので言葉を濁すも、更に友人は続ける。なにを言いたいかなんて、本当はわかっている。

「彼氏に振られたときもそう。なんともありませんーって顔してほんとは傷ついてたくせにさ」
「そりゃちょっとは堪えるよ」
「でも御柳くんのときの方がなまえ、怒ってた」

今最も触れてほしくない話題に思わず言葉が詰まる。

そりゃあそうだろう、あんなに振り回しておいてこんなオチを用意してくれるなんてあの男、どこまでもふざけている。元カレとの終わりを仕方のないものだったと思えるのとはわけが違う。こんなの仕方なくなんてない。あんなのは、遊ばれていただけに過ぎない。

「だから言ったじゃん、あいつ他に女がいたんだって」
「じゃあなんでそんなに怒ってるの、しかもなんで御柳くんに直接文句言わないの。どうでもいいんなら言えばいいじゃん」

なんの気なしに言う友人の言葉がグサグサと心に刺さる。

どうでもいいから言わないのと、どうでもよくないから言えないのとでは、同じくしこりを残したものでも話が違う。それは私もわかっている。本当は「なにが暇潰しで落とすだその女と遊んでろ」くらい言ってしまいたい、だけど怖い。なにかを言うことはスッキリするのと同時に終わらせることも容易くなる。
どこかでまだこの関係に甘んじていたい自分がいる。本当のことを聞きたくない自分がいる。この目で見ても尚。
だけどその感情を認めることは、御柳に対する気持ちを認めることと同じだ。こんな恋うまくいきっこないのに、認めてしまったら自分が傷つくことを受け入れることになる。そのどれもが怖くて、どう接していいかわからなくて、自然消滅を待っているだけ。

いつから惚れてしまったのか、もう自分でもわからない。最初に二人で抜け出したときには既に心を奪われていたのかもしれないし、だから手を出されなかったことに憤ったのかもしれないし、とりとめのない会話が楽しく思えたのかもしれない。だけどそれが御柳だからなのか、あんな出会い方だったから異性に対する許容範囲が広くなっただけなのかも全くわからなくて、考えれば考えるほどただ苦しくなっていく。そうやってのめり込んでいく。終わってしまう関係というのは、きっとそうやって淡い思い出として残るように美化していくのかもしれない。だからこれが恋だなんて絶対に認めたくない。これはただの思い出なのだと。あとにはなにも残らないのだと思い込みたい。自分の感情なんてどこかに追いやった方が幾らか楽だ。

「まあ、なまえがそれでいいんなら私はなにも言わないけどね」

目を逸らす友人の視線の先を追う。彼女はいつでも前だけを見ている。惚れた腫れたとすぐに騒ぎ立てるけれど、終わりにも抗うことはしない。潔いとすら思う。私と彼女のどちらがドライなのだろう。彼女なりにいつも傷ついたり悩んだりしているのだろうけど、少しだけ彼女を羨ましく思う。

「あ、なんか見つけたっぽい」

前を歩いていたクラスメートが足を止めたので、私達もそれに続く。彼女らの視線の先には射的に興じる男の子がいた。金髪のストレートの髪、近くにいる友人らしい人と話す横顔は申し分なくイケメンだった。

よし、これで今日は帰れる。そう思った矢先の出来事だった。

「お前まだやってんのかよ、んなもん一発で取れよ」

聞き覚えのある声に、全身の血が逆流するかと思った。
prev next
back
- ナノ -