御柳と毎日くだらないやりとりが続いていた。よくお互い飽きないなと感心するくらい、中身がないからこそだらだらと続けてこれたのかもしれなかった。

〈お前いつなら会えんだよ〉

中身がないと思い込みたいやりとりの中で、一日一回は交わすやりとり。彼氏に振られたその日に勢い余って電話をかけた求人だったけれどまさかの採用、そのためバイトにのめり込む日々だ。なかなか都合がつかないのは本当だった。次に踏み切るための踏ん切りがつかないのもあるけれど。

〈私忙しいんだってば〉
〈じゃあお前のバイト先行っていい?〉
〈ほんとやめて絶対来ないで〉

店長には後々事情を説明したため、バイト先に男が来たとなればなにを言われるかわかったもんじゃない。そうでなくともこの男、黙っていても目立つ。こんなのが来たら冷やかされるに決まっている。今後も平穏にバイトを続けていくためにはなんとしてでも御柳を来させるわけにいかない。しつこくバイト先を聞いてくる御柳をあしらいつつ、このまま私達の関係も消滅していくのだろうと思うと色んな感情がぐるぐると頭を駆け巡った。

とは言え世間は狭いもので、いつまでも隠し通せるものでもなかった。

土日は朝からのシフトになっている。代わりに3時かそこらで上げてもらえるので、平日学校帰りに夕方から夜まで働くよりは好きだった。昼時のピークを終え、休憩から戻ってきた店長と手分けして掃除をしたり品出しをしていると来店を知らせる音がする。条件反射で顔を上げるも、見なければよかったと思ったしレジから近い位置にいた自分を心底恨んだ。

「なまえじゃね?」

目が合うなり声を掛けてきた御柳に、心の底から溜め息が出た。

「てめえ、客にその態度ねえだろ」
「いらっしゃいませこんにちはー」

無理矢理笑顔を貼り付けた。見たくなかったのは御柳じゃなくて、その隣にいる見知らぬ女。

「芭唐の友達?」
「あー、まあそんなとこ」

なるべくそちらを見ないように俯くしかできない、いっそ聴覚ごと閉ざせたらいいのにと思う。嫌でも聞こえてくる会話。

私だけだなんて思っちゃいない。だけど憶測で思うのと目の前で見るのとでは全く違う。従順そうな女、御柳のことが好きなのだろう。御柳も満更ではなさそうだ。

「いつ会える?」なんて聞いておいて、私の代わりなんて幾らでもいたのだ、あいつには。悩んでいたのが馬鹿馬鹿しい。腹が立つというよりも、なんだか諦めがついたような、だけど清々しくなんてなくて真っ黒な感情が靄のように心を覆う。ここ最近灯っていた気持ちが冷めていくのを感じながら真っ白なレジの上を眺めていると滑り込むように入ってきた風船ガムのパッケージ。顔を上げなくたってこれを買おうとしているのが誰かなんてわかる。
バーコードを読み取って、さっさと会計を済ますと「じゃな、がんばれよ」と頭を撫でて去っていく声。その手を振り払ってやりたかったのに、そんな隙も与えてくれずにあの女を連れて去っていく。自動ドアが開くか開かないかのところで、女の方から腕を絡めたのを見た。

「みょうじさんの友達?」

店長が声を掛けてきたけれど「全然違います」とだけ言ってゴミ袋を両手に引っ掴む。ゴミ置き場まで無駄に走ってみたけれど、心はちっとも晴れなかった。

もしかして姉妹なんじゃ、と僅かな期待を抱いたりもした。だけどその期待もすぐに打ち砕かれた。仲がよい家族といっても、異性の兄弟で腕を組むなんて有り得るのだろうか。有り得ないとも言い切れないけど、腕を組むならそれよりもっと自然な関係がある。その事実を飲み込むのが悔しかった。

彼女がいるなんて知ってたら、連絡先なんて教えなかった。教えたとしても何度も会話を続けたりなんて絶対しなかった。そもそもあの夜、未遂とは言え朝まで一緒になんていなかった。話してみたら意外と楽しいかもとか、話していて楽だとかそんなこと、絶対思っても認めなかったのに。

それともあの女も暇潰しで落としているだけなの?
だったらあの女を落とせたら私はどうなる。私があの人より先に御柳の彼女になったとして、あの人のことはどうする。どっちみち厄介なことこの上ない。

最初に思った通りじゃないか、あいつは厄介な男だと。深入りしない方がよかったのだ。あいつが意外にいい奴だなんて知らなければよかったのだ。

店内に戻る頃には大分頭が冷えていた。少し遅かったことを心配されたけれど「ゴミ置き場結構荒れてたので」と出任せを言ってもなにも言われないくらいには、私は平気な顔をしているはず。

大丈夫。あいつと出会う前に戻るだけだ。
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