「で、昨日どうしたの」

休み時間、桜花さんと共に別れた友人がしつこく聞いてくるので事の一部始終を洗いざらい吐かされた。目をキラキラさせる友人には申し訳ないけれど、こっちとしては全然おもしろくない。同時に、盛り上がる友人を見ているうちにどんどん冷静になってくる自分がいる。それはまるでおとぎ話を聞かせているような気分だった。
どこにでもある出会い、そうして事に及んではいないもののありきたりな展開。今朝のあれこれ。
自分が経験したことのはずなのに、そのどれもを夢で片付けられるのはそれが記憶の中にあるものなだけで形としてなにも残っていないからだ。

「ま、これきりってやつ。桜花さんとがんばんなね」

早々に話を切り上げるも不満そうに唇を尖らせる友人。友人が面白がるのも無理はなかった。

失恋ホヤホヤ、彼氏いない歴一ヶ月。別れた理由は「他に好きな女ができたから」。中学から付き合ってきた彼氏と高校で離れ、「学校は違ってもずっと好きだよ」なんて言った舌の根も渇かぬうちに早々と別に女を作りやがった。
だけどそれをあっさり受け入れたのは、私も大して好きじゃなかったからなのかもしれない。成り行きで付き合って、惰性でやっていただけの恋愛とも呼べない恋愛の終わりとして妥当なものだと思う。冷静な私とは裏腹に、友人としては早く先の恋愛に行ってほしいのだろう。私はちっとも落ち込んでなんかいないのに。それどころか、長く付き合っていた時間よりも新しい環境に順応することを選んだ元カレのことは賢明な判断をしたとすら思う。どのみちどこかで私達、別れていた気がするのだ。

だけど男女の関係というものを信じられなくなっている自分もいる。

だからこそ御柳を疑ってかかった。そして案の定なにも残りやしなかった。安心すらしている。同時に失望も。結局そんなものなのだと思い知ったのだ。

「ってことで、この話もう終わりね」

携帯にかじりつく友人に告げるも、口元に弧を描いたままじっと見つめられる。もう勘弁してほしいのに。そう思っていると、さっきよりも楽しそうな顔で続けた。

「桜花さんからメール来たんだけど、内容知りたい?」

なんだ、そんなことか。のろけたくて仕方がないのだろう。友人のこういう話を聞くのは好きなので頷くと、相変わらず笑みを浮かべて言い淀む。

「ちょっと、勿体ぶんないでよ。気になるじゃん」
「じゃあそのまま読んでいい?てかこれ読んで」

ずいっと携帯を押し付けられ困惑する。人の携帯、ましてや他人とのやりとりを見るのは気が退ける。それでも友人が悪戯な笑みを浮かべながら促してくるので一応「ほんとに見るからね?」と断り携帯に目線を落とす。

〈御柳が連絡先知りたい言うとるけえ、なまえの連絡先教えてくれんか〉

この人こういうやり取りでも訛ってるんだ、と冷静なふりをしてみる。それを読んで更に混乱していく頭。
もう終わりだと思ったものが、また繋がろうとしている。

「御柳くんは終わりにするつもりないみたいだけどね〜?」

やけに楽しそうな友人に返す言葉が見当たらない。誰が一番驚いていると思っているのか。なにも残らない別れをした、それなのになんでまた繋がりを持とうとしたのだろうか、御柳は。それもこれも全部暇潰しなのか?一人押し黙っていたけれど「桜花さんになまえの連絡先教えとくね」と笑う友人にそうもいられなくなる。

「ちょっとほんとやめて。やだやだ絶対やだほんと無理」
「いいじゃん彼かっこいいじゃん、なにが嫌なの」
「全部。とにかく私今男とかどうでもいいの」
「あ、もう無理送っちゃったー」

無慈悲にも画面には送信完了と表示されている。そうしてあれよこれよという間に今、私の電話帳に『御柳芭唐』が追加された。


〈よっ、なまえちゃん〉

軽い感じで最初に送ってきたのは御柳だった。すぐに〈今朝聞けばよかったじゃん〉と反論するも、相手が名乗っていないのに見知らぬアドレスというだけで御柳だと決めつけてしまった自分が情けない。そして割と早めに返信したのも情けない。これじゃまるで待っていたみたいじゃないか。

〈警戒心丸出しの女に聞けっかよ。帰り際かわいかったから惜しくなった〉

暇潰しで落としにかかるというのはどうやら本当のようだ。うんざりしている反面、なにがこんなにドキドキしているのかわからない。本当はわかっているけれど認めたくない。

〈間に合ったか?〉
〈なにが?〉
〈学校〉
〈余裕。あんたは?〉
〈俺今日午後からだから〉
〈嘘つけ。遅刻したんでしょ〉
〈うっせ。起きたら昼だったんだよ〉

結局五限の殆どを御柳とのやりとりに費やす羽目になった。今朝の会話のように中身のないやりとり。

〈てかあんた授業は?〉
〈サボり。お前も?〉
〈私は真面目に受けてます〉
〈嘘つけ俺と今話してんだろ〉
〈わかってんならもう送ってこないでよ〉
〈なまえともっと話してえんだよ〉

どうせこいつは慣れている。こうやって要所要所に女を喜ばせる言葉を寄越してくる。騙されて堪るかとも思うのに、実際少しだけときめいてしまっているのだから女というのも単純だ。

枯らしてしまおうと思った感情が、芽を出し花を咲かせようとしている。摘んでしまえばいいのに惜しくなっている自分は、一体御柳とどうなりたいのだろうか。
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