眠気と自暴自棄から、結局あのあとホテルに雪崩れ込んだ。どうにでもなれとも思ったしもう眠ってしまいたかったし、だったらついでに顔のいい男に抱かれるのも悪くないと思っただけ。それなのに。

「お前がその気になるまで手ぇ出さねえよ」

なんて言われてみろ。こうなったら意地でも体を許すもんかと心の中で中指を立てる。

「あんたあっちで寝てよね。絶対こっち来ないで」
「へいへい、寂しくなったら添い寝くらいしてやっからいつでも呼べや」
「バッカじゃないの。死んでもいや」

比較的健全な時間に消灯、ここまで連れ回しておいて御柳はさっさと寝息を立てた。一方私はというと眠れるはずもなく、ただその静かな寝息を聞く。
意味がわからない。振り回されっぱなしで、私は今頃自分の部屋で眠っているはずで、なのに初対面の男と二人、ホテルで一夜を共にしている。しかもお互い別々で。
笑い話にも程がある。ベッドから追い出したのは私だけど、真に受けるバカがどこにいる。呆れと怒りがごちゃごちゃと頭を覆い尽くす。こうなったらこいつが起きるより先に部屋を出てやる。そうしてこいつとの関係は本当に一夜で終わり、しかも行為に及んでいないのならなにも傷つくこともなければ引きずる思い出なんて一ミクロンたりともない。借りなんか絶対作りたくないからホテル代は私が出して先に帰ってやる。誘われたこっちが出すのは不本意極まりないけれどそれでもいい。こんなふざけた男二度とごめんだ。今すぐにでも出てやりたいところだけれど始発まで私は帰れない。少しだけ、どうせよく眠れやしないだろうと高を括って目を瞑った。





すずめの鳴く声で目が覚める。時間を確認しようとベッドの脇にある時計に目を凝らすと思ったよりも眠ってしまったようだった。恐る恐る目線をソファへ。残念なことに御柳はとっくに目を覚ましていたようで、仰向けで携帯を弄っていた。最悪だ、完全にタイミングを逃した。どうしようかと布団に身を沈める前に、運悪くも御柳に見つかってしまった。

「よく眠れたかよ」

寝起きで掠れた声、あまり呂律が回っていない。朝が弱そうな顔して意外と早起きか、と関心するもなんだか悔しかった。

「目覚めは最悪だけどね」
「お前起きたらほんとかわいくねえな。寝顔はあんなにかわいかったのによ」
「はあ?見たの?」
「嘘に決まってんだろ」

枕を投げようと構えるも、すぐに受け身を取られた挙げ句否定される。朝からくだらない冗談やめてよ、と思いつつ完全に出るタイミングを逃してしまった。結局こいつと部屋を出る羽目になりそうだ。諦めてみると思いの外気持ちは軽い。もう一度枕に頭を沈める。目は冴えてしまったけれど、こうしてたゆたうのは心地がよい。目を閉じるも話しかけてくる奴が一人。

「お前家どこ?始発何時?」
「二駅先のとこ。始発は知らない。いつも乗らないし」
「お前の枕元の四角いやつはなんのためにあんだよバーカ」
「あんたが昨日帰してくれたら調べる必要なんてなかったのよバーカ」
「つか今日学校じゃね?お前サボんの?」
「行くよ、私真面目だもん」
「朝帰りの女がよく言うよ」
「誰のせいだと思ってんのよ」
「俺のせい?」
「わかってんじゃない。てかなんで二人しかいないのに声落としてんの」
「知らね、なんとなく?」
「なにそれ、意味わかんない」

思わず喉元に笑いが込み上げる。こんな中身のない会話がぽんぽん続くことがおかしくて堪らないのは寝起きのテンションに他ならない。それでもつられて御柳も小さく笑った。

「お前も笑えんだな」
「バカにしてんの」
「たりめーだろ。会ったときからお前ずっとブスくれてんぞ」
「人見知りって言ってくれる?私性格悪い人みたいじゃん」
「事実だろうが」
「性格悪い女をここまで連れ込んだのはあんたでしょ」
「まあなー。暇潰しってやつ?なんかお前のこと落としたくなった」

暇潰しで落とされて堪るか、と昨夜の私なら思っただろう。それなのに今は、やれるもんならやってみろと思っている自分がいる。こいつの遊びに付き合ってやってもいいとすら思う。それもこれも全部、早朝のテンションのせいにしたい。話してみたら意外と楽しいかも、なんて絶対思ってない。

「昨日はあんなに嫌がっといて今日は随分素直じゃねえの」
「別に。まあどうでもいい女に早く降格させてくれたらすごい助かるけど」
「出たよ、そういうの嫌いじゃねえけど」

一頻りどうでもいい会話が続いていく。こんなに流されやすい女だっただろうかと自分でも思う。夏が近づくと人は恋愛に対する警戒心が弱くなるのかもしれない。そうでなくとも早朝のテンション。中身のない会話にいちいち本気で突っかかったところでむきになるだけ馬鹿馬鹿しい。ただそれだけの話。
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