友人達と合流するや否や質問責めに合う。それが嫌でこのままバックれようかとも思ったけれど、それを連れ戻したのは御柳だった。

「なんかあいつら一緒にいるらしいし、俺らこのあと花火やっからお前も来れば?」

渋る私に無理強いはしない、その代わり挑発するようなバカにした笑いを寄越してくる。

「ま、お前の友達にちょっといい女いるから声でもかけてみっかな〜」
「どうぞご勝手に。誰のこと言ってんのか知らないけどあんたには勿体ない子しかいないから相手にされないと思うけど」
「まあお前に俺も勿体ねえけど、俺が他の女と話してほしくなかったらお前も来た方がお前のためだと思うけどな」
「別に勝手にすればって感じなんだけど。でもあんたがどうしても花火やりたいんなら仕方ないから一緒にいてやってもいいよ」
「言うね〜?つーかどうせお前暇だろ」

何事もなかったように努めて振る舞う。あんな瞳で見つめられたあとなので、正直御柳の方は向けなかったけれど口だけは減らない自分に安堵する。
さっきまでのことも、避けていた期間もまるで嘘のようだ。連れ出すためではなく、はぐれないように手を引く御柳の背中に目頭が熱くなった。

これでいいのだろうかと思わないわけではない。このまま流され続けていていいのか考えると苦しくなる。
だけど本当は気づいている。流されたり振り回されることに諦めたわけではなくて、自分の意思でこうしてついていっているのだと。そしてそれが正しいのか、傷つかない未来がそこにあるのかどうかはわからない。拒むことだってできたのに、それを知りながら私はこの手に引かれることを選んでいる。だから合流した友人から根掘り葉掘り聞かれても、曖昧に笑うことしかできなかった。

「ていうかさ、それって結局付き合ってんじゃないの?」
「だからそんなんじゃないって」

私達の関係がなんなのか、そしてどこに着地したがっているのかなんて私が知りたいくらいだ。男同士ではしゃいでいる御柳に視線をやりつつ声を落とす。御柳がまさか花火ではしゃぐ男子高校生だとは思わなかったけれど、子供のように笑う楽しそうな姿は微笑ましい。
本当はこうやって一つ一つあいつのことを知っていくことを恐れていた。思い出はそれだけで身を引き裂くものなのだと知っているからこそ、御柳のことをよく知る前になかったことにしてしまえばよいと思ったのに。

「やっとるけ?」

眉間に皺を寄せる私と、それを問い詰める友人を見かねたのか桜花さんが訊ねてくる。大柄な体格に見合った大きな声、そして豪快な性格に反して細やかな気遣いができる人なのだと思う。御柳とは全く違う人。

「桜花さん聞いてください、なまえが」
「ちょっと、変なこと言わないでよ」

あの夜、途中まで一緒にいた桜花さんなら粗方予想はつくだろうけれど、御柳の先輩だと言う人に相談を持ち掛けるのは気が退ける。桜花さんが本人にチクるような人には見えないけれど、御柳にしてみたら面白く思わないはずだ。そう思って黙るも、見透かしたように桜花さんは笑った。

「御柳じゃろ?」
「あー、まあ誰とは言いません」
「なまえはおもしろいのう」

豪快な笑いを上げる桜花さんに気恥ずかしくなる。繊細なのかとも思ったけれど、やっぱりそうでもないようだ。その声のトーンでは本人に聞こえかねない。いくら御柳に自分の気持ちが見透かされていようとも、やはりそれとこれとは話が別である。恥ずかしさで唇を噛むと、桜花さんは三本の線香花火に火をつけて一つずつ私達に差し出してきた。

「あの夜のこと覚えとるか」
「はい。御柳が空気は読んで私の気持ちは考えなかった日のことですよね」
「なまえはそう思っとったか」

しゃがみこんで火種を真っ直ぐ見つめる桜花さんの眼差しは優しいものだった。桜花さんにとっては好みの女を見つけることができてよかったのかもしれない。友人もまた桜花さんに骨抜きにされているし、この二人にとってあの夜は素敵なものだったに違いない。私にとっては厄介な男に出会った夜だとしても。しかし桜花さんは耳を疑うようなことを口にした。

「あの日、なまえに声を掛けると言い出したのは御柳じゃ」

驚いて声を上げると、それと同時に手にしていた線香花火の火種がポトリと落ちる。淡い光だったそれも立派に光を放っていたのだと思い知らされるほど、私から桜花さんの表情は窺い知ることはできなくなった。
桜花さんが嘘を吐くような人には見えなくて、だけどあの日、私達よりも桜花さん達の方が盛り上がっていた。仕方なく御柳は私といたのだとずっと思っていたので動揺を隠せない。

「おいなまえ火よこせ」

両手に手持ち花火を持った御柳が寄ってくるなり、友人は嫌な笑みを浮かべて腰を上げる。「お前も報われんのう」と御柳の肩を叩く桜花さんに肝が冷えたけれど、いいだけ空気を乱しておいてさっさとどこかへ行ってしまった。

「桜花さんとなに話してたんだよ」

窺うような視線をはぐらかす。まさか本人を前にして「御柳のことを話していました」なんて、とてもじゃないけれど言えない。

「線香花火きれいだねーって話してた」
「ぜってえ嘘だろ。うわまじ嫌な予感しかしねえ」
「へえ、なんか心当たりあるんだ」

腹の探り合いなんて気持ちのよいものであるはずがないのに、少しだけ優位に立っている気がして嬉しく思う私は嫌な女なのかもしれない。こうして訊ねてくる御柳がなによりもの証拠。

「つーかお前のやつ消えてやがんの?使えねえな」
「ていうかさ、火ついてたとしてもこれ線香花火じゃん。バカなの?」
「その気になりゃあつくだろ」
「なけなしの火取らないでよ」

花火に照らされる手元しか見えない、それでもはしゃぐ声を聞いているとこの場にいる誰もが今楽しんでいるのだと思う。あちらこちらでついては消え移動していく火の行方を、御柳と見つめる時間がむず痒くて堪らないのに少しだけ気持ちが満たされるのは、御柳が本気で線香花火から火を貰いに来ただけではないのだと気づいてしまったからだ。
こうして気に掛けてくれたのは、昨日の今日だからなのだろうか。未だに引っ掛かるけれど、そんなことはどうでもよい気がしてくる。

「ミヤー、お前ライター持ってない?」

小柄な先輩が寄ってきたけれど、隣にいた私に気づくなり「あ、お邪魔しちゃった気〜」と去っていく。途端にいたたまれなくなるけれど、隣で御柳が声を張り上げる。

「録センパーイ、ありますよー」

録先輩とやらにライターを投げて渡した御柳の行動で、私の予想は的中していたことを知る。本当にバカな男だと思う。きっとこの男はこうしてボロを出していくのだろう。込み上げる笑いを喉元で噛み殺すと、それに気づいた御柳が怪訝そうに訊ねる。

「なに笑ってんだてめえ」
「別にー?あの先輩かわいいなあって」
「録先輩?言っとくけどあの人あれで口わりいからな」
「あんたが言うのそれ」
「お前も人のこと言えねえだろ」
「知ってますー」

くだらない言い合いなのに、それだけで居心地がよく思えるのは、少しだけ御柳の気持ちを知れた気がしているからで。それだけで満足だったのに、ぽつりと呟いた御柳の一言にもうなにも言う気がしなくなってしまった。

「やべーな、なんかお前といると楽だわ」

それが悪い意味なのか、聞くことはしないけれど少なくとも私も似たようなことを思った手前、頷くことしかできずにいた。
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