夏休みの終わる頃。照りつける太陽の熱を存分に受けたアスファルトの上を、アイス片手に歩くバイトの帰り。夏の太陽は容赦なく私の肌を焼いた。ポケットの中の携帯が知らせた着信に、ろくに相手も確認しないまま電話を取った。予感はしていた。

『出んのおせえ』
「何回もワン切りしてくる芭唐クンに言われたくないかなあ」

そう言うと電話越しに言葉を詰まらせたのがわかった。

選抜戦は接戦ながらものの見事に優勝を飾った埼玉代表。そして球児達の夏は終わる。そうして地元埼玉に帰ってきてから早数日。御柳とはまだ一度も会っていない。そのくせ何度も電話を寄越してくる。そのわりに電話はすぐに切れ、掛け直しても出やしない。
彼にも心の準備や諸々あるのかもしれないと思い直し待ち続けることに決めた。
何度か喧嘩もしたし、会わないと言われた手前もう会えないのではないかと思ったこともある。それでも待ち続けられたのは、ほんの少しの確信があったからに他ならない。例え私のエゴだとしてもだ。それでも今日はちゃんと、私が出るのを待ってくれていた。それだけで十分だ。

「今からそっち行っていい?バイト終わったから」
『仕方ねえな、来いよ。30分だけ待ってやんよ』

面倒くさそうな言葉とは裏腹に御柳の声は弾んでいる。会いたかったのはそっちのくせに。そうは思うもここで気分を害されては元も子もないので敢えて黙っておく。

電話を切ってアイスを咥えたまま駆け出した。会いたいのは私も同じ。30分なんてそんなにいらない。いつだって御柳に会いたい。もう彼が一人で泣かなくてもいいように。いつだってそばにいてやりたい。朝から立ちっぱなしの足なのに、好きな人に会えるとなるとよくもまあ動く。電話で告げられた場所まで行くと、彼は相も変わらぬ様子で突っ立っていた。気だるげな、愛しい長身。

「久しぶり」

声を掛けるとガムを膨らませながら御柳ははにかんだ。

「言うほど久しぶりじゃねえだろ。お前どんだけ俺に会いてえの」
「毎日会ってあげてもいいよ」

うぜ。小さく口にした御柳の腕を軽く叩く。傍目からは仲良くじゃれているだけにしか見えないだろう。でもそうじゃない。会うまでにお互いの葛藤を隠したまま、いざ会ってみると素直になれないだけ。それは私も御柳も同じだった。

無言で歩き出した御柳の表情は、なんとも気まずそうだった。

こうして二人でどこかに行くこと自体が久しぶりだからだろうかとも思ったけれど、行きたい場所も聞かれないのはさすがに疑問に思う。あの喧嘩の一件か、はたまた朝方の一件か、そこまで気まずく思う必要はあるのかとも思ったけれどふと気づく。

御柳の足は、どこかに真っ直ぐ向かっている。

心して御柳についていく。私はきっと、今から彼の本質に触れることになるかもしれない。少しだけ怯む足。出会ったときのように、一歩だけあとずさってついていく。あの頃と違うのは拒絶する気なんか更々ないこと。

こいつは厄介だと本能が告げた。本気になるまいと思った。だけど今更どうあがいたって私は御柳が好きだ。どうしようもなく好きだ。だったら選ぶべき答えはひとつしかない。彼についていくしかない。緊張した面持ちの御柳をちらと見上げる。真ん丸の頭はあの頃となんら変わりない。あの頃と違うのは今日の御柳に余裕なんてないこと。

確かに私達はあの頃から変わっている。始まりがなんであれその上で真摯に向き合っている。だって今更目を逸らしたって、私も御柳もどこにももう一歩も進めない。

半歩前を歩く御柳とそっと指を絡ませる。「暑苦しい女」とぼそりと言いつつ握り返す指先から想いは伝わっている。そうして花屋の前で立ち止まった御柳が手にしたのは菊の花だった。

これからどこに行くの、なんて野暮なこと元々聞くつもりもないけれどそのとき全てを悟る。

「これから」

固い表情のまま御柳は言う。

「尊敬してる人に会いに行く」

頷く代わりに繋いだ手に力を込める。大丈夫、どこにだってついていく。私には御柳しかいないのだから。
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