土曜日の午後、逸る気持ちを隠せないのは遅くまで遊んでも明日が休みだからだと言い聞かせて待ち合わせ場所まで急ぐ。遠目でも迷わずに見つけてしまう長身に思わず溜め息が出た。

「おせえんだけど」
「仕方ないじゃんバイトだったんだから」

会話に中身がないどころか甘さもない。ベタベタした付き合いが嫌いなのは私も御柳も同じらしい、一言二言交わして無言で歩き出す。
目的もなにもない。気が向いたらふらっとどこかに立ち寄って、眠たくなってきたら帰る。それでもこうして週末を共にする私達は傍目からどう見えているのだろう。ポケットに手を突っ込む御柳と、行き場のない私の指先が絡むことはない。

「お腹空いた」
「太んぞ」
「パフェ食べたい」
「ったく仕方ねえな」

怪訝な顔で歩く横顔に笑みが漏れる。憎まれ口を叩きながらも、ふとしたときの些細な優しさが心地よい。一方的な優しさを押し付けられるよりも、優しさなのか気まぐれなのかわかりづらい言葉は受け取るに易い。
それと同時に、安心感は欲を生み出した。
毎週末共にいるのなら、私は今御柳に最も近い女なのだと思う。というより思いたい。だけどそれ以上でも以下でもない、恋人とは呼べなくて、あんな出会い方をしておいて友人だとは決して言えない。後戻りしようとしたのにまたこうして二人、繋がっている。だけど前に進むこともできずにいる。

暇潰しで落とすと言われた手前、私はなにもできないのだ。

もしも私がこいつの手に落ちてしまったら、そのとき御柳はどうするのだろうか。その後の私達はどうなる。今でさえ抑揚のない私達だ、クリアしたゲームに飽きてしまったと捨てられるのがオチではないのか。
いっそどこまでも振り回されてしまった方が楽だ。私の意思なんて最初からどうでもいいのなら、この際とことん好きにしてくれとさえ思う。だけどこいつがそんなことをしないこともわかっている。あくまで私が御柳に落ちさえしないとこのゲームは終わらない。御柳が強引に終わらせることもできるけれどそれではきっと意味がないのだ。つくづく厄介な男に引っ掛かったと思う。




「お前なに悩んでんの」

近くのファミレスにて苛立ちを隠しもしない御柳が問いかける。パフェの種類が予想以上に多かったので眉間に皺が寄るのが自分でもわかる。甘いものの前では優柔不断になるくらい許してほしい。

「今迷ってんの、ちょっと待って」
「お前にそういう女らしさが残ってることがびっくりだわ」
「なんか言った?」
「あーうっせー早く決めろ。あと五秒な」
「はあ?ちょっとなんなの」

律儀に数を数えながら、手はベルへと伸びている。問答無用の行動に思わず慌てると御柳は小さく笑った。

「女って変なことで悩むよな、めんどくさくねえの?」
「あんたはめんどくさがりすぎなの、じゃああんたが決めてよ」

迷っている二つのパフェを指差すと御柳の表情が歪む。甘いもの苦手なのかな、と観察していると無言でベルを押した。だけど呼びつけた店員に御柳が頼んだのはまさかのチョコレートパフェだった。よりにもよって一番甘ったるいもの。店員が去ったのを見計らって、テーブルの下で御柳の足を軽く蹴り上げる。

「いってえんだけど」
「私選択肢にチョコパフェ入れてない」
「あー?うるせえな決めてやったんだからありがたく思えや」

なにがありがたがれだふざけんな、じとりと睨み付ける。目の前で溜め息を吐かれようとも怯まず睨み続けると、怪訝な顔で御柳は続けた。

「お前が悩んでたのどっちもパイナップル乗ってんだろ」

メニューを突き返してきたので目線を落とす。普通のフルーツパフェと季節のフルーツパフェ、季節のフルーツパフェの方にはマンゴーが乗っているしマンゴーソースがかかっている。対して普通のフルーツパフェの方はいちごが乗っていてそれがなんとも魅力的だった。そこで悩んでいたのでパイナップルの存在はそこまで気に留めていなかった。それよりも。

「パイナップル嫌いなの?なんで?」
「口ん中イガイガするからきもい」

先程まで歪めていた表情はいつものように無に戻っている。だけどその言葉が可笑しくて堪らない。思わず笑いを溢すと、またしても嫌そうな顔を向けられる。

「てめ、なに笑ってんだ」
「別にー。でもやばい、ウケる、パイナップル苦手なんだ、へえー」

わざとらしい笑いを漏らすと不機嫌そうに足を蹴り返される。弱すぎるその力加減も、自分が食べるわけでもないのに嫌いな食べ物を私に共有させたこともなんとなく嬉しくて緩む頬。バカにしているわけではないことを、たぶん御柳は知らない。
たったそれだけのことなのに、それだけのことだけど、塞き止めていた欲を溢れ出させるのには充分だった。
そしてその欲が決して綺麗なものではないこともわかっている。だけどもう抑えられなくなってしまった。

「明日早いんじゃないの?」

なにか言われたわけではないのに、自分からその話題を振る。不意を突かれた御柳は目を丸くした。

「は?いきなりなにお前」
「墨ちゃんから聞いた、部活やってんでしょ」

少しでも御柳のことを知っている、わかっているのだと、そしてもっと知りたいのだという遠回しなアピールのつもりだった。気の抜けた返事をした御柳は、頬杖をついたままこちらを伺う。

「お前いつの間に墨蓮と仲良くなってんの」
「この前電車で会って意気投合的な。あんたが野球やってんのは意外だった」
「まあな〜。俺こう見えても四番だから気向いたら見に来いよ」

私のその思惑は見事にはまって、気をよくした御柳に調子づいてしまったのだと思う。話題は墨蓮へと変わる。

「いい人すぎて取っつきにくいかなーとか思ったけど全然そんなことなかった、墨ちゃんいい人だね」
「バーカ、あいつもあれで立派に思春期やってんだよ。騙されてっからお前」

最初こそはぐらかすだけだった御柳に、途端に悔しくなってしまったのは他の男の話をしても顔色を一つも変えなかったからで。私は御柳が他の女といたのをこの目で見たとき、正直嫌な気持ちになった。御柳に悟られてしまうほどにだ。
あのとき私が一切動じなかったとしたら。今のようにはならなかったと思う。脈のない女に入れ込む理由がこいつにはない。あのまま鞍替えしたとしてもなんの痛手にもならない。その事実を突きつけられたのがこの上なく悔しい。そしてそんなことで墨ちゃんを利用しようとしている自分を心底嫌な女だと思った。
それでも自棄になってしまった私は、つい思ってもないことを口にした。

「墨ちゃんみたいな人を好きになれたらよかったな」

ぽつりと呟いたその言葉は、御柳の耳にしっかり届いたようで。そして気持ちを萎えさせるには充分だったようだ。

「そうかよ」

声に一切の抑揚もなくて思わず顔を上げる。その目から光が消えてしまったように思った。

「あーなんか興醒めだわ、帰る」

席を外した御柳の背中を呆然と見つめることしかできずに、冷えた汗が背筋を流れていった。
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