青根高伸の場合

日直の仕事があるから部活に遅れるという旨を伝えるべく3年C組に赴いた青根だが、主将である茂庭は席を外しており、その隣の席で何やら手だけで踊っているギャルを不思議そうに眺めていた。有名なギャルなので青根も当然存在を知ってはいたが、こうして間近で見るのは初めてである。

「君おっきいね〜何年生?」

と相変わらず踊っているギャルが青根に気付き、話しかける。コミュニケーション能力だけで生きている、と先輩が話していたのを聞いていたがどうやら本当らしい。
二本の指を立てると納得した様子のその人は「二年?ピースじゃーん」と半ば的はずれなことも言う。

「名前はー?」
「青根です」
「青根たんっていうんだーぎゃんきゃわー」

何がぎゃんきゃわーなのか青根にはわからないが、少なくとも“可愛い”と言われることに慣れていないため少し照れる。

「青根たん身長何センチ?」
「191です」
「でかー!!青根たんすごいじゃーん!!もうちょっとで二メートルだよ!!がんばって!!」

と、ゴッテゴテの爪で握り拳を作ったので、手のひらに食い込んで痛くないのだろうか、と青根もまた的はずれなことを思う。

「もしかしてバレー部?もにたんの後輩?もにたんがいつもお世話になってます〜」

と深々とお辞儀され、お世話になっているのは自分達後輩の方で、だけどこの人は言葉の意味を深く考えず言っているんだろうということも予想できたので青根はただ静かに首を横に振る。


「こらみょうじ、うちの後輩に絡むなよ」

と、やがて教室に戻ってきた茂庭は、隣の席の問題児が部活の後輩に絡んでいる様子を見て慌てて席に戻る。笹谷も戻ってくると、なんともいえない光景に思わず吹き出した。

「青根たんまじぎゃんきゃわ!!超ヤサオ〜」
「お前ヤサオの意味知ってんの?」
「優しい人〜」

どこからどう見ても優男ではない青根をそう形容した時点でなんとなく予想はついていたが、茂庭は慣れた様子で訂正した意味を教えてやる。何回も教えただろう、と。この光景はいつものことだが、そこに硬派な青根がいるだけでとてもシュールなものになる。

「青根たん恥ずかしがりなの?お友達になろーよ」

真っ黒な目で見つめられ、青根は思わず頷くと、痛そうな拳を出される。その拳を不思議そうに眺めていると「青根たんも、はい」と拳を出すよう促される。彼女の華奢な拳より一回りも二回りも大きい拳を出すと、拳同士を突き合わせる。

「ヤーマン!!」

その独特な挨拶に付き合わされた青根がなんともいえない顔をしていたので、笹谷だけではなく遂には茂庭も吹き出した。こうして青根となまえの間に謎の契りが交わされたことは伊達工バレー部の間でちょっとした伝説となったのであった。

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