茂庭要の場合

「もにたーん、ねえもにたーん」

休み時間、隣の席で携帯片手に“もにたん”こと茂庭をガン見しているのは伊達工業の名物ギャル、みょうじなまえ。
何が名物かというと、とにかく奇抜なのだ。それはもう見た目が。絶滅したかに思われたギャルの残党である。そして誰ともすぐに仲良くなってしまう彼女のことを知らない人は、伊達工にはもはやいない。
その名物ギャルの隣の席こそが、伊達工が誇る鉄壁のバレー部主将であり苦労人、茂庭要である。ちなみに彼を“もにたん”なんて呼ぶ人は彼女以外におらず、だけども甘い関係では決してない。

「なんだよみょうじ」

もはやこのギャルの世話係になっている茂庭は、つけまつげでビッシリ覆われた目で見つめられ、仕方なしに返事する。

「次拓ちゃん先生の授業じゃーん?」

拓ちゃん先生こと伊達工が誇る鉄壁のバレー部監督追分拓朗先生は、物理の教師であり生徒指導部でもある。ちなみに追分監督を“拓ちゃん先生”などと命知らずな渾名で呼ぶのは彼女以外にいない。

「テスト返ってくんじゃーん?」
「そうだな」
「あたし百点取ったらもにたんどうするー?」

ちなみにそんな可能性は万が一にもないのだが、何の自信や根拠があってその無駄に真っ黒な目をキラキラさせるのか茂庭にはわからない。学校大好きで無遅刻無欠席を三年間貫いている彼女だが、どういうわけか勉強はてんでダメである。隣の席である茂庭は授業中の彼女の様子が嫌でも目に入るのだが、眠ったり携帯をいじることは稀にあっても授業を放棄するつもりはないらしく、割と真面目に聞いている方だと思う。彼女がこの見た目だからそう見えるだけかもしれないが。

「自信あるの?」
「えー?だってもにたんにテスト前聞いたもーん」

間延びした話し方で、自身のゴッテゴテに飾った長い爪で同じようにゴッテゴテに飾った携帯をいじるなまえを茂庭は見やる。あ、なんか爪にうさぎが乗ってる。と、どこまでも主張しすぎてもはやメインが何なのか何が変わったのかよくわからない彼女の変化にも、隣の席だからこそ気付く茂庭。そんな彼にいつも「さすがもにたんヤサオ〜うぃ〜!」なんて独特の絡み方をするので、つい彼女の変化を楽しく見てしまう茂庭であった。

「教えたの法則だけだったろ?」
「うん。でももにたんに聞いたからあたし俄然強気〜」

何言ってんだこいつ。それだけで百点取れたら誰も苦労しないんだよ。と、内心思いつつ、どこまでも楽観的な彼女に茂庭は愕然とする。


チャイムが鳴り授業が始まると、早速テストが返される。今回は練習試合やら合宿やらであまり勉強する時間はなかったが、なんとか平均以上の点が取れた茂庭はホッとして席に戻る。

「もにたん何点?うわ〜!さすがもにたんまじ天才じゃーん」

と、勝手にテストを覗き込まれ一方的に褒められる。彼女に悪気はなく、ただ「気になる」という理由で覗き込んでくるというのを理解している茂庭は、もう怒る気もなかった。しかし彼女からすると大抵の人は「天才」らしいので、褒められても有頂天になることもない。

「次みょうじー。お前は追試だ」

と、名前を呼ばれテストを受け取る前に宣言されたなまえは、「は!?拓ちゃん先生ちょっと待ってよ〜」と慌ててテストを取りに行く。そして教卓の前で受け取り、肩をわなわなと震わせた。

「嘘だー!!だってもにたんに勉強教えてもらったもん!!」
「嘘じゃない。いいから早く席に戻れ。解説は後でする」
「拓ちゃん先生あたしのこと好きだから追試させるんでしょ!?」
「そんなわけあるか。30点以下は追試だと言っただろう」
「でももにたんに聞いたもん!!」
「茂庭のせいにするな」

はい次ー。と淡々とテストを配っていく追分先生は、テストの度に行われるこのやり取りに慣れているらしく、目の前で愕然と肩を落とすなまえに目も暮れていなかった。しかし今日はここで食い下がらなかった。茂庭に法則をちょっと聞いただけでも自分は賢くなったと錯覚している彼女は、百点が無理でも追試なわけがないと。

「でもあたしに勉強教えてくれたもにたんは点よかったじゃん!!」
「茂庭は茂庭で勉強したからだろう」
「あたしはあたしでもにたんに聞いたもん!!」
「ちょっと聞いただけで点が取れたら誰も苦労しない。いい加減三年になったんだから自覚しろ」
「自覚したからもにたんに聞いたんじゃーん!!」

と、珍しく引き下がらないなまえと、それすらも冷静に論破していく追分先生のやり取りに何故か皆固唾を飲んで見守っていた。段々ヒートアップしていくやり取りの中、何度も会話に“もにたん”として出される茂庭はいたたまれなくなる。
そのうち「すぐもにたんもにたんと茂庭のせいにするな」とあの追分先生が“もにたん”という単語を真顔で発したことに皆気付き、笑いを堪えるので必死すぎて震えていた。かくいう茂庭もまさかあの厳格で冷静な追分監督から“もにたん”という独特の渾名で呼ばれるとは思ってもおらず、本格的に恥ずかしくなる。少し離れた席で笹谷がこっちを向いて笑っているのが見えて余計に。

「何で笹やん笑ってんのー!?」

といきなり振り向いたかと思うと矛先を笹谷に向けたなまえを皮切りに、追分先生は教室中の雰囲気にとどめを刺す。

「笹やんは悪くないだろう。いい加減席に着け」

その瞬間、シーンと静まり返った教室で「拓ちゃん先生も笹やんのこと笹やんて呼ぶんだ……」と言ったなまえに、お前のせいで連られたんだろうと誰しもが心の中で突っ込み、やがて笑いの波が押し寄せる。追分先生は頬を赤く染めながらも「みょうじ、昼休み生徒指導室に来い」と言い渡す。
「何でー!?事実じゃーん!!」と賑やかな教室の中で項垂れるなまえが、昼休み大量の作文用紙を持って戻ってくることが目に見えて茂庭は胃が痛くなった。
伊達工業高校3年C組は今日も平和です。

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