もに誕2016

9月6日の朝。
この日茂庭は珍しく寝ぼけ眼でぼんやり登校してきた。昨晩日付が変わるなり茂庭の携帯は、バレー部連中から誕生日おめでとうメッセージをひっきりなしに受信した。ありがたいことではあるが今まさに眠ろうとしていた茂庭にとって一件一件返事をすることは憚られた。返事は明日の朝にしよう、と携帯をサイレントモードに切り替え眠ろうとした茂庭であったが、そんな折に電話がかかってきたのである。相手は隣の席のみょうじなまえ。こいつ相手ではさすがにシカトは通用しない、下手したら電話に出るまで朝まで延々と掛け続けるだろうことも容易に予想できた茂庭は仕方なく電話に出た。

「……なんだよ」
『あっ!もにたん出た!誕生日おめでとう超ハピバ〜』
「ああ、ありがとな」
『ちょっと、誕生日なのにテンション低くない?もにたん眠いの?テン上げでいこうよ〜』
「もう遅いんだしお前も寝なさい」
『もにたんまじめすぎ!まだ12時だよ?』
「もう12時の間違いだけどな」
『そうとも言うかもね〜。まあいいや、もにたん明日楽しみにしててね〜』
「は?お前なにする気なの」
『秘密〜。じゃあね〜、おやすみ〜』
「おい、ちょっと待て!って、切りやがった」

そんな宣戦布告をされたのが昨晩。眠ろうとしていた茂庭であったが、彼女の電話によって目が冴えてしまった。声を発することによって頭が冴えてしまったのもある、しかしそれよりも恐ろしいことを茂庭は言われたような気がする。明日楽しみにしててねってあいつ一体なにをする気だ。ていうか普通に学校があるというのに一体なにをするというのか。そうでなくともあの女、予想の斜め上を行くほど行動が突拍子もなさすぎていまいち読めない。胆を冷やしながら眠りについた茂庭は、当然よく眠れなかった。一体今日はどんな一日になってしまうのか、胃の痛くなる思いでなんとか登校し下足置き場へと向かった茂庭の目に、遠目からでもわかるほど一段とデコられた下足箱が映った。しかもそれは自分の下足箱である。近づくと、ネームプレートをきらきらとした花が囲んでいる。犯人は一人しかいない、絶対あいつだ。そのままにしておくにはあまりにも気恥ずかしすぎるので花をむしり取り教室へ。

しかし茂庭はこのとき、まだ知らなかった。このキラキラの花が序章であることなど、知る由もないのである。

勇み足で教室に入り、隣の席でなにやらそわそわしているなまえを確認すると茂庭はズカズカと自分の席へ向かった。物凄い形相でやって来た茂庭に気づくと、彼女も途端に顔を綻ばせた。

「もにたんおはよ〜」
「おはよう!これお前だろ」

そして今しがた下足箱からもぎ取ってきた花を目の前に掲げて見せる。しかし彼女はなんてことないように返事をした。

「そうだよ〜」
「気持ちは嬉しいんだけどさ……」
「と、いうことで!?もにたんおめでとう〜!!」

言うなり机の中からクラッカーを取り出し、茂庭に向かって鳴らした。突然の音と紙吹雪により茂庭は驚いたが、目をぱちくりさせている場合ではない。

「こら、やめなさい」
「なんでー?いいじゃん誕生日だよ」
「そういう問題じゃないだろ」

茂庭は教室の後ろにある掃除用具入れからすぐさまほうきとちり取りを持ってきて、床に散乱している紙吹雪やテープを掃く。誕生日だというのになにが悲しくて朝っぱらから掃除なんてしなければいけないのか疑問ではあるが、クラッカーをぶっぱなした張本人が片付けるとは思えないし放っておくこともできなかった。

「お前なあ、場所を考えろよ」
「なんで?小学生のとき学校でお誕生日会とかしたじゃん」
「お前の脳みそは小学生で止まってんのか」
「なきにしもアラブ〜」
「面白くないから。ほら片付けなさい」

ぶーぶー文句を垂れる彼女にちりとりを押し付け、無理矢理掃除に参加させるもあまり反省はしていないようで、懲りずになまえは茂庭に訊ねる。

「ねえもにたんなに欲しいの?あたし今ビップだからなんでも買ってあげる」
「あー、胃薬かな」
「なにそれつまんな!もっと欲張っていこうよ〜」
「お菓子とかでいいよ、毎年そうだったろ」

茂庭がなまえに誕生日を祝われるのは、早いもので今年で三度目になる。一年生の頃、笹谷や鎌先によって当日に誕生日を知られた茂庭は何本か食べたあとのポッキーをもらった。二年生の頃は無駄に箱をデコられた大きな箱のアルフォート。「ゲーセンで取ったんだよ〜」と得意気にしていた彼女には申し訳ないが、一人で食べきるには遠慮したい量だったためそれらはバレー部員に平等に配られたのである。そして今年。まさかこんなに大々的にやられるとは思ってもみなかった茂庭は胃薬しか欲しいものが見当たらなかった。

「お菓子じゃつまんない!もにたんと学校でお祝いできるの今年が最後なんだよ!?」

バキバキのまつげで縁取られた目を剥いて、ちりとりを持っていた彼女は茂庭を見上げた。なんで俺が怒られてるんだとは思いつつ、高校三年生の二学期という残り僅かな青春を思うと感慨深いものがある。とはいえ高校生活最後の誕生日だからと下足箱をデコられクラッカーを持ち込まれるのは誉められることではない。

「なんかもっとこう、ささやかに祝ってほしいというか……」
「ささやかとか来年もできるから〜。今年は今年、あたしは今を生きるよ」
「いいこと言ったみたいな顔すんな。てかお前来年も祝う気かよ」
「当たり前じゃん?もにたんとあたし鬼ダチだよ?」

ささやかに祝うのは来年でもいいと彼女は言うが、年々派手な祝い方になっていきそうな予感しかしない茂庭は今から不安に駆られた。朝のHR開始前に無事床のゴミ達を処理し終えた茂庭は席に着くが、担任が教室へ入ってきたときすぐに気がついた。

「あっ!お前!」

黒板の日付、9月6日の横に「もにたん誕生日」と色とりどりのチョークで書かれていることに気づいた茂庭はすぐさまなまえを見やる。ドヤ顔でピースしてくる彼女にまたしても胃が痛くなるが、なんてことないように「茂庭誕生日なのか」と言ってのけた担任を筆頭に教室中から祝福の声が上がるので茂庭は気恥ずかしさに耐えかねる。そんな茂庭などお構いなく、彼女はとんでもない提案をしてきた。

「みんなでハッピーバースデー歌う?」
「もういい、ほんとにもういいわかったからありがとう」
「もにたん照れてんのー?」
「違うから、お前祝い方がしつこい」

朝っぱらからしつこいほどに祝われ、早速疲れている茂庭はまだ知らない。彼のロッカーがデコられすぎてもっと大変なことになっていることに茂庭が気づくのはHRのあと、一限前の空き時間をあらゆるキラキラの除去作業に費やすことになるとはこの時点では夢にも思っていなかったのである。

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