バーベキューをしましょう

クーラーの効いた部屋にて夏休みの課題をこつこつと終わらせていく茂庭の手元で携帯が震える。大方バレー部の連中であろうと踏み、とりあえずあと1ページ終わったら折り返そうとしたが振動は止まることを知らない。あまりにも諦めの悪いそいつの正体は誰だと画面を確認すると、それはなまえからであった。どおりでいくら無視しても鳴り続けるわけだと内心呆れながら、茂庭は電話を取る。

「なんだよ」
『もにたん遅ーい』
「普通こんだけ出なかったら諦めるだろ」
『あたしはもにたんのこと信じてるから〜』

けらけらと電話越しで笑う声は、一週間ぶりとは言え久しく感じる。というより、夏休みに入ってまだ一週間ほど、それなのに早速呼び出される辺り茂庭もつくづく苦労人である。

「で、なに?」
『もにたん今暇〜?』
「はあ?俺今忙しいの」
『嘘だ〜。なにしてんの?』
「宿題」
『はああ!?嘘でしょありえな!夏休みまだいっぱいあんだよ!?』
「時間あってもなくてもどうせお前やってこないだろ」
『だってわかんないんだもーん』

きっとなまえのことだ、「補習で勉強いっぱいしたから今日はやめとこ〜」と言って課題に手をつけることなくズルズルと遊び呆けるに違いない。そして始業式に泣きを見る羽目になるというのに懲りずに今年も茂庭に泣きつくのだろう。容易に想像できた茂庭は「今年三年なんだから一日じゃ絶対終わんねえぞ」と例年にも増して量の多い課題を一瞥してなまえを諭す。しかし彼女にその言葉は届かなかった。

『ってことはもにたん暇だよね〜?』
「お前俺の話聞いてた?」
『聞いてる聞いてる〜。ってことでもにたんすぐ来て』

笹やんと鎌ちもいると助かるかも〜と言って彼女が指定した海に、男子三人は自転車を走らせることとなった。


彼らが着く頃には日は傾き始めていた。夕暮れとは言え太陽は熱を下げることを知らない。じとりと汗を滲ませながらなまえを探すが、彼女はいっこうに現れない。呼び出しておいてなんだよ、と暑さも相俟って苛立つ茂庭の背に聞き慣れた声が飛んでくる。

「わー、もにたん来てくれた〜。さすが〜」

お前が呼び出したんだろ、と言いそうになったが、彼女の手に握られている買い物袋が目に入り先に疑問が浮かんだ。中に入っているのは調理前の野菜や肉である。

「お前なにする気なの」
「バーベキュー的な〜?」
「的なっつうかバーベキューだろ」

なるほどそういうことか、と納得する笹谷の横で俄然気合いの入る鎌先は早速袖を肩まで捲っている。火起こしに都合よく使われただけであっても、鎌先としては燃えるイベントである。

「おい、火どこだ」
「えー、あそこで借りるし炭もチャッカマンも貸してくれるから余裕だよ〜」
「バカお前、炭に火つけんの大変なんだぞ見とけよ!」

まるで水を得た魚のようにビーチサンダルで砂浜を駆け抜けていく鎌先の背中はとても男らしいものであった。どうやらこの浜ではバーベキューセットの貸出をしているらしい。それを見て勢いでやりたくなったのだろう、しかし女子だけでの火起こしは途方に暮れるものがある。そこで呼び出したのが彼らということだ。

「つうかお前今日補習だったろ」
「そうだよ〜。学校からそのまま来た〜」

先に浜に戻ったなまえのあとから、クラスの女子が続々とやって来る。夏は海で焼きたいと溢したなまえの話を聞き、クラスの女子が皆で海に行きたいねーと提案したのだが如何せんなまえは補習に行かねばならない。しかしその楽しそうなイベントを欠席する気は更々なく、制服の中に水着を着込み着替えもちゃんと持って登校したらしい。それを聞いた笹谷は顔を引きつらせている。

「お前って改めて思うけどバカだよな」
「ありがと知ってる〜」
「いやそれ絶対褒めてないから」

遠くの方で鎌先が借りたバーベキューセットをせっせとセッティングしている。「鎌ちがんばって〜」となまえが声を掛けると「お前も手伝え!」と怒声が飛んでくる。こうしちゃいられない、とパタパタと駆けていくなまえに続き笹谷と茂庭も鎌先の元へ向かった。




炭に火をつけるのは重労働であった。団扇でパタパタと扇ぐだけに思えるが、火を起こすまでに時間が掛かる。セットの中に入っていた新聞紙は炭に火をつける前に燃えきろうとしていた。

「あたし紙あるよ〜」

となまえが鞄から出してきたのはあろうことか補習で解き終えたであろう物理のプリントである。火を起こしていた茂庭が思わず二度見し苦言を呈する。

「バカ、監督泣くぞ」
「そうかなあ?これもう終わったやつなんだけど」

しげしげとプリントを眺める笹谷は定型文であるがあまりに切実な言葉を目敏く見つけた。

「“繰り返し復習しましょう”って書いてあんぞ」
「あ、ほんとだー。拓ちゃんごめーん」
「まあお前どうせやんねえだろうけど」
「笹やんわかってる〜」
「うるせえよお前も手伝え」

団扇を受け取った彼女は目を輝かせながら乱暴に炭を扇ぐ。力任せに扇いだために、燃やした新聞紙の欠片が舞い上がった。風向きからか、それは茂庭の方に思いっきり飛んでくる。

「バカ、お前加減しろ!」
「ごめんって〜。あ!でも火ついた!」

見て見て〜、とはしゃぐ彼女であるが、茂庭としてはそれどころではなく噎せている。「茂庭くん大丈夫!?」とクラスの女子が水を持ってきてくれたのでありがたくいただいて、落ち着くと司令塔茂庭は人事を言い渡した。

「みょうじはもうなにもすんな」
「え!?ひどい!」
「あとは俺らでやるから女子は休んでていいよ」
「あたしもやる〜!火つけたのあたし!」
「それはありがとう」

ぶつくさ文句を言い、結局火の側から離れる気配のないなまえから鎌先が団扇を奪った。むくれたなまえは火の側から離れることなく、炭に火が回る様子を眺めていた。なまえと男子三人のがんばりにより火は大方回ってきたため、さてバーベキューの開始である。


「つうかお前ら食ってばっかじゃねえか!」

火起こしで疲れきった茂庭と笹谷は女子に迎え入れられ、鎌先も「焼くのは女子がやるよ」と言われたものの如何せん張り切りすぎている鎌先はトングを離さなかった。ではお言葉に甘えて、と遠慮なく鎌先に肉奉行を任せたのだが、さすがに腹を立てたらしい。

「だって鎌ちがやるって聞かなかったんじゃーん。あ、あたしたまねぎやだからもにたんにあげる」
「ふざけんな俺が焼いた野菜が食えねえってのか」
「俺変わろうか?」
「茂庭は休んでろ」

鎌先が臍を曲げる前に茂庭が交代を提案するがそれはすぐさま断られた。どっちなんだ、と思いつつなまえが勝手に皿に乗せてくる野菜を食す。

「ていうか俺さっきから野菜しか食ってない」
「まじでー?ちょっとー、もにたん肉食べてないってよー」
「お前が肉ばっか食ってるからだろ」
「あたし野菜と相性悪い気がするんだよね〜」
「それ絶対ただの食わず嫌いだろ」
「あたしもうお腹いっぱいになってきた〜。仕方ないからあたしが鎌ちの焼いてあげる!」
「お前ぜってー焦がすなよ!」

なまえの横で口出しをする鎌先であったが、彼の助言も虚しくせっかちななまえが焼き上がる前に返したことにより網に肉がひっ付いたり焦がしてしまったりと散々である。

「お前まじでもうなにもすんな、頼むから砂で遊んでろ」
「いいって大丈夫だからー」
「俺が大丈夫じゃねえんだよ、食うもんねえだろ」
「あたしの鞄にお菓子入ってるよー」
「そういうことじゃねえよ」

しかし今度はなまえがやると言って聞かずにトングを離さない。鎌先とトングの取り合いをしている様子を見ながら、茂庭が溢した。

「俺らもう三年なんだよなあ」

なまえの突然の思い付きや度重なるピンチのために呼び出され、それに仕方なく付き合ってやっている茂庭であったが今年でそれは終わりである。鎌先となまえの小競り合いも、それを一歩引いた目で見てはぼそりと突っ込みを入れる笹谷とも、来年はこうして会うことはないのかもしれない。二学期ともなれば進路のために今のようには遊んでもいられなくなる。鎌先がやけにはしゃいでいたのは、就職活動を人より先に始めたためにきっと彼自身無意識に終わりを理解しているからなのかもしれない。就活で煮詰まっているのもあるだろう。それを思い、少しだけ感傷に浸る茂庭であった。それに気づいたなまえがあっけらかんとして言った。

「あたしは大人になってももにたんとマブダチだけどね〜」
「茂庭は迷惑だってよ」
「え!そうなの!?」
「まあ、若干?」

困ったように笑う茂庭にショックを隠せずにいるなまえ。さすがにまずいと思い、茂庭はすかさずフォローを入れた。

「お前ももうちょっと落ち着いたらな」
「それは無理ー。あたし生涯現役だからー」
「なんのだよ」

夏の夜は更けていく。燃え尽きて灰となった炭のように、ずっと今のままでいられるはずがないのだとは思うが、確かに彼女だけはどれだけ年を重ねても今のように派手な格好をしている気がしてならない茂庭であった。

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