チョコを渡しましょう

バレンタイン当日。
ほとんど茂庭に作ってもらった大量のチョコ達を抱え、なまえは朝早く元気に登校してきた。まずは朝練後の彼らを取っ捕まえようという魂胆である。部室棟から校舎に繋がる道で待ち伏せしていた彼女だが、最初にやってきたのは一年生コンビだった。

「作ちゃーん!コガっちー!」

大きく手を振る彼女に気付くと、会釈する作並と大きく手を振り返す黄金川。素直な彼らは可愛らしいことこの上ない。

「おはよー、朝練お疲れー」

彼女の元までやって来ると「どうしたんですか?」と小首を傾げて訊ねる作並。一方「ヤーマン」をやりたくて仕方ない黄金川は元気に拳で挨拶をする。

「今日はねー、バレンタインだからー、もにたんの鬼ダチのあたしがもにたんがお世話になってる君達にもチョコをあげる日なんだよー」

解釈がおかしいとは思いつつ、成長期の彼らにとって朝練後に甘いお菓子を貰えるのは嬉しいのだろう。素直に受け取り、「ありがとうございます」と礼を述べる。早速目の前で包装を開け「すげー!なんすかこれ!すげー色してますね!」と目を輝かせる黄金川。そのままチョコを頬張り「うまいです!ありがとうございます!」とニコニコしている。黄金川くんが言うなら、と作並も早速チョコに手をつける。

「あ、ほんとですね。美味しいです」

と小動物のようにチョコを咀嚼する作並。素直な二人の頭をよしよしと撫でる彼女は、珍しく先輩らしくも見えるが実際はただ餌付けしているだけである。

「それねー、ほとんどもにたんが作ったんだよー」

と彼女から衝撃の事実が明かされるも、素直な彼らは「茂庭さんはやはり偉大な人だ」と茂庭の器用さに感動した。

「じゃあ僕らそろそろ行きますね」
「うん、あとでもにたんにもお礼言うんだよー」

そうしてチョコを食べ終わった彼らと手を振って別れる。素直な一年生コンビは危なげなく渡せたが、問題はここからである。正攻法ではきっと手に負えない彼ら(と言っても主に一人しかいない)のため、物陰にじっと身を潜めるなまえ。やがて聞き慣れた声と三人分の足音がしたので「じゃーん!」と自分で効果音をつけて登場した。やって来たのは青根、小原、そして正攻法ではきっと受け取らないであろう二口である。ベタな登場の仕方とはいえ、突然の登場に目を丸くする三人。しかしすぐに気を取り直し、最初に口を開いたのは二口だった。

「うわ、出たー。朝からみょうじさんとかある意味目が覚めますねー」
「ひどいよ堅治くん!それどういう意味!?」

こら、そういう言い方すんなよ、と宥めつつ、なんでいるんだろう、という疑問は拭えない小原であるが、やがて悪い企みを目論んでいそうな笑みを浮かべたなまえが差し出してきた包装を見やり納得した。素直に受け取る小原と青根だが、やはり一筋縄でいかない男が一人。

「げっ、なんですかこれ」
「ひどい!堅治くん今げっ、て言った!」

共学とは言え女子が少ない伊達工業高校。他の学校に比べチョコを貰える確率が低かろうとバレンタインはそわそわするものである。しかしまさかこの人から、と二口は口元を引くつかせる。

「これまさか手作りですか?」

見るからに手作り感満載な包装に二口は疑念を抱く。「そうだよ〜」とあっけらかんと言ってのけた彼女に、更に警戒心が高まった。

「その爪で作ったんですか?爪とか入ってないですよね?」
「ほとんどもにたんが作ったから大丈夫だと思う〜」

なまえが言うと、さっきまで不信感でいっぱいだった二口も憑き物が落ちたように素直に受け取った。さすが信頼の茂庭要である。

「もにたんの名前出した途端それってひどいよ〜」
「だってみょうじさん見るからに料理できないじゃないですか」
「そうだけど〜」

事実、あまりの危なっかしさに茂庭が見てられなくなったのだから彼女は否定できない。それにしてもこんなことにまで付き合わされる茂庭の苦労を思うと、その彩り豊かなチョコからなんとも悲壮感が漂ってくる。

「てか、え?青根もう食ったの?」

見るといつの間にやら綺麗に完食している青根。二口の問いに素直に頷くと、なまえは嬉しそうに笑った。

「青根たんさすが!ぎゃんきゃわ!」
「青根すげー、チョコまで派手にしてくるみょうじさんのチョコ食えるとかすげー」
「だからほとんど作ったのもにたんだってば!」
「いや、でもこれ普通にうまいよ」
「お前ももう食ってるし!」

素直に受け取った小原もなんとはなしに食べている。二人が食べたのだから堅治くんも、と彼女の期待の眼差しにいたたまれなくなり意を決して二口も手をつけた。

「……ほんとだ、さすが茂庭さん」
「でしょー?」

ほとんど作ってもらったくせに何故か得意気ななまえに思わず苦笑を漏らす二口。

「あとで茂庭さんにお礼言っときますね〜」
「堅治くんあたしには!?」
「ついでにみょうじさんもありがとうございまーす」
「棒読み!!」


一悶着あったものの、二年生にも無事チョコを配れたなまえは、そろそろ彼らも登校しているだろうと思い教室へ向かう。まずは三年A組の熱血漢である。

三年A組の教室を覗くと、なにやらいつもよりそわそわと落ち着きのない様子の鎌先の姿が見えた。気にしていない素振りをしながらも、何度か机の中をチラッと確認し人知れず落胆している彼の様子は不審なことこの上ない。

「鎌ちチョコ貰えなかったのー?」

となまえが突然後ろから声を掛けると、明ら様に動揺した鎌先。図星を突かれるとはまさにこのことである。

「お、脅かすんじゃねえ!なわけねえだろ!」

とは言え僅かながらに目を泳がす彼は、普段と同じとはとてもじゃないが言えない。全くわかりやすい男である。

「そんな鎌ちにバレンタイーン、はいどーぞー」

趣もくそもない状況で渡されたチョコだが、やはり嬉しいものは嬉しいのである。動揺しつつも受け取る鎌先だったが。

「って、お前からかよ!」

冷静になると思わずノリツッコミをする鎌先。どうやら彼の思い描いていたバレンタインとは違うらしい。

「あ、それね、ほとんどもにたんが作ったの」
「やめろ余計虚しくなるだろ」
「これでチョコ0個は免れたね!よかったね鎌ち!!」
「お前そんなでっかい声で言うな」

なまえと鎌先のやりとりに笑いが起きる三年A組。さて鎌先に怒られる前に退散だ、とすたこらさっさと逃げたなまえが次に向かったのは、自分の教室である三年C組であった。

茂庭と談笑している笹谷を見つけるなり「突撃!笹やんにバレンタイン!!」と某晩ごはんよろしくチョコを提げてやって来たなまえ。それを確認するや否や顔を引きつらせる笹谷であった。

「どう見てもお前の手作りだろ、言っとくけど俺まだ18になったばっかだぞ、死にたくねえわ」
「あ、それほとんど作ったの俺」
「じゃあ大丈夫そうだな」
「堅治くんといいみんなしてひどいよー!!」
「うわ、お前二口にもやったの?」

まさかの発言に呆れ返る笹谷であるが、二口どころか伊達工バレー部はみんな貰っているのだ。部員の数が多いのを知っているだけに、この日だけはある意味尊敬の意を感じずにはいられないのであった。

伊達工バレー部員全員に渡すチョコだが、彼女にはもう一人渡さねばならない人がいる。お世話になりまくっているあの方である。
職員室の扉を開け「拓ちゃーん!!いるー?」と無礼極まりない行動に「こらみょうじ、ちゃんと入ってこい」と苦言を呈した追分先生の元へ嬉しそうにやって来た彼女。呼び出した覚えのないなまえの登場を訝しむ追分先生だが、まず先に「制服を着崩すな、あと卒業式にその頭で来たら出さないからな」と小言を漏らす。

「もーう、わかったってば〜。あたしできる子だから大丈夫〜。それより、はいこれ」

彼女が渡してきたチョコを見て眉間に皺を寄せる追分先生。やがて本日がバレンタインであることを思い出し、そういえば娘と妻が数日前から「冷蔵庫にあるあの箱だけは開けちゃだめ」と口酸っぱく言っていることを思い出した。

「そうか、バレンタインか」
「そうだよ〜」

本来ならば生徒指導を仰せつかる身である以上、追分先生としては勉強に関係ないものを持ってくるのを推奨するわけにもいかない。

「没収しろと言ってるのか」
「なわけないじゃーん。でもそれ拓ちゃんにあげる」

深い意味はないとしても生徒がわざわざ職員室に来て渡してきたのだから彼としては当然居心地が悪いのである。が。

「大丈夫〜、先生みんなにあげるから」

そう言われやっと安心して受け取る追分先生。それを確認すると、空いていた隣の席に腰掛けたなまえが「拓ちゃんの娘ちゃんもチョコ作ってた?」と訊ねた。

「わからんが、冷蔵庫に開けてはならない箱ならある」
「やだ〜、カレシにあげんのかな」
「難しい年頃だからな……」
「あ、でももしかしてそれ拓ちゃんにあげるやつだったりしてー。拓ちゃんやったね!」

何故か娘の相談を持ちかけることになった追分先生だが、彼女が言うには「あたしみたいなのでもママとパパ大好きだから拓ちゃんの娘ちゃんも大丈夫〜」らしいのでなんとも参考にはならなかった。が。

「ありがとなみょうじ、これは礼だ。教室まで持っていけ」
「えー?って、これこの前の課題じゃーん!!拓ちゃん自分で持ってってよ〜」
「遠慮するな、気持ちだ受け取れ」
「やだ超いらなーい!!」

文句を言いつつも、これで彼女のバレンタイン作戦は終了したかに思えたのだが。実はもう一人、彼女が最もお世話になっている人にあげねばならないものがあった。


追分先生から託された課題をえっちらおっちら教室に持ってきたなまえが席に腰を下ろすと、茂庭が「お疲れ」と声を掛けた。彼女がやりたくてやったことなのだろうが、自分もそのバレンタイン作戦に協力した茂庭としては労いたくなったのだろう。付き合わされたとは思っても、実際彼女を通して自分が作ったものを食べて貰うのは意外と楽しいと気付いたのだった。さっきからひっきりなしに振動を続け「茂庭さんありがとうございました!」と感謝の言葉を受信している携帯を見る度に嬉しくなっている。これも悔しいがこいつのおかげか、と思う茂庭である。

「拓ちゃんひどいんだよ〜、お礼とか言って課題持たしてくるし」
「監督も照れてんだろ」
「絶対違う〜!!」

思わず笑いが溢れた茂庭に、「あ、そうだもにたんこれ」と箱を差し出してきた。首を傾げた茂庭を見て、彼女は続ける。

「なんかママが“茂庭くんにお世話になったんだからちゃんとやりなさい”ってさー、ママと一緒に選んだんだよー」

優しそうなみょうじママの顔を思い浮かべる茂庭。戸惑いながらそれを受け取ると、なまえが続けた。

「あたしお返しはゴディバがいいなあ〜」
「チョコ作るの手伝ったの誰だろうな?」
「もにたーん!!」

けらけら笑うなまえに呆れつつ、ホワイトデーにかこつけてまたお菓子作ってみようかなとお菓子作りにはまりかけている自分に気付き、ハッと我に返った茂庭であった。

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