免許を取りに行きましょう 2

早生まれのため仮免の取得が遅れた笹谷も含め無事に仮免許を取得したなまえ達は、晴れて路上教習に出るようになった。仮免後の教習は運転する際に必要となる実習が増えてくる。その一つが高速教習である。
勿論一人で運転するわけではなく、数名の生徒と組み二時間使って順番に高速道路を運転するのだが、その組み合わせというのがランダムであるため直前までわからない仕組みになっている。そしてこの日の高速教習はなまえの出番であった。

「ねえ次高速の人誰ー?」

と色んな人に聞いて回っている彼女を見つけた笹谷は、空き時間のため自習室へ行こうとしていた茂庭に「おい、あいつまたなんかやってるぞ」と耳打ちした。慌ててその後ろをついて回り謝り倒す茂庭である。

「お前一回落ち着けよ、どうせ誰と組んでもお前絡むだろ」

確かに茂庭の言うことはもっともなのだが、どうせならその前に少し仲良くなっておきたい彼女は「いいじゃん迷惑かけてないしー」とぶすくれている。そこへ通りかかった人を見つけまた彼女が話しかけた。が。

「うわ、烏野!!」

そこに通りかかったのは烏野バレー部の三人組である。教習所でも当然目立ちまくっているギャルに突然話しかけられ、それもそのお目付け役がかつて因縁の相手であった伊達工の主将であったため二重の意味で驚いている烏野の三人組である。「なんかすみません」と頭を下げる茂庭に三人とも首を横に振った。

「あれ?旭、確か次高速だったよな」

と烏野のエースである東峰に話を振ったのは菅原である。ただでさえ初めての高速道路に緊張していた東峰だが、人見知りの彼は知らない人と二時間丸々一緒というのも緊張を増長させる要因であった。それもまさか見た目が怖いと思っていたギャルであったため、彼は額に変な汗をかいている。

「旭くんってそこの?ダンディーだね〜!よろしく〜」

といつものように拳で挨拶しようと構えた彼女に、不思議そうに首を傾げた東峰である。

「ほら旭、お前も挨拶しろ」

動揺しまくりな東峰に澤村が諭すと、恐る恐るといったようにちょん、と拳をくっつけた東峰。いかつい見た目の東峰が同じくいかつい見た目のなまえに怯えている様子は実に不思議なものである。それを遠目から見ていた他の生徒は「やばい、烏野の東峰とあの変なギャルが手組んだぞ」「こえー」と怯えきっているが事実無根である。

「でも高速教習って、確か三人だよな?」

なんとか東峰と打ち解けようと話しかけまくっては逆に益々怯えさせているなまえに溜め息を漏らす茂庭を見かね「大変ですね」と労う菅原に、そういえばと言葉を掛けたのは澤村であった。その言葉にぴく、と反応した四人。しかし思うことは皆別である。

「旭くん!もう一人の人探しに行こ!」

ぐいぐい旭の腕を引っ張って連れ回すなまえと、「もう一人の人も怖そうだったらどうしよう」とハラハラしている東峰。それを眺めながら「なに振り回されてんだあいつ」と気の優しすぎる東峰を情けなく思っているのが澤村、「ちゃんとなまえさんともう一人と話すんだぞ〜」と優しく見送っている菅原と「あの怖そうな二人と組むもう一人が気の毒だ」と内心失礼なことを思っている茂庭であった。
しかし茂庭の心配とは裏腹に、もう一人の人物というのは案外彼らの身近な人物であった。世間は狭い。

「あ!そこの背高い人!次高速だったりするー?」

彼女が声を掛け振り向いた人物に、彼女以外の四人は開いた口が塞がらなくなった。その人物は。

「そうだが?」

バレーをやっている者ならその名を知らない者はいないと言っても過言ではない。白鳥沢学園が誇る大エース、ウシワカこと牛島若利である。まさかのウシワカと二時間車中を共にすることが判明し今にも卒倒しそうな東峰と、当然そのことを知らない彼女は「あたしと旭くんと同じだよ〜、よろしく〜」と今度は何故かハイタッチをしようとしている。何故いきなり初対面の人物からハイタッチをせがまれているのかギャルのノリが理解できない牛島は真顔で彼女を観察していた。

「こら、迷惑だからやめなさい」

そこに仲介に入った茂庭に「なんでー!?いいじゃん仲良くしたって!!」となまえは唇を尖らせる。命知らずなこのギャルの前では、ウシワカとて同じ男子高校生に変わりないのである。

そうして予鈴のチャイムが鳴り、「じゃ、そろそろ行こー。みんなでしりとりしよーねー!!」と真面目に運転してこいと言いたくなることを東峰と牛島に話しながらなまえはいかつい男二人の腕を引っ張りながら教習車の方へ向かっていった。それに大人しくついていく様子は可哀想というより一周まわって寧ろおもしろい。

「あいつ大丈夫かな……」

なまえがなにか粗相を働かないか心配している茂庭の元にやって来た笹谷と鎌先。「お前あいつの世話係っつうか保護者だよな」と鎌先が笑う。

「ウシワカになんかやらかすのも怖いけど、烏野のエースも心配だよな」

と溢したのは笹谷である。東峰は見た目こそいかついが中身はとても繊細だということをいつかの試合で知っている伊達工業高校の三人組はそれに大きく頷いた。

「大丈夫ですよ、旭のことしごいてくれると助かります」

笑顔でひどいことをさらりと言ってのけた大地を見やり「実はエースより主将のほうがよっぽど怖いのでは」と心に留めた伊達工業高校の三人組であった。


一方その頃なまえ達三人はというと、教官が来るまでの間になまえからの質問攻めに遇っていた。

「ねえねえ名前なんていうの?」
「牛島若利だ」

律儀にフルネームで名乗った牛島に「わかったー、じゃあ若ちゃんて呼ぶ〜。あたしのことはなまえでいいよ」と捲し立てられ、口を挟む隙も与えられない牛島は頷くしかできない。牛島と東峰は当然顔見知りであるため軽く挨拶を交わしていると教官がやってきた。
おじいちゃん先生の方針でじゃんけんで決めることになった順番は、彼女が言い出した“男気じゃんけん”というルールにより勝った者から最初に東峰、次に牛島、最後がなまえに決まった。運転席に乗り込む東峰と、後部座席に二人仲良く座るなまえと牛島、そしてのほほんとしたおじいちゃん先生が助手席に乗ったところで本日の高速教習の始まりである。


「若ちゃん背おっきいね〜。青根たんとコガっちと同じくらい!」

緊張で一言も喋らなくなった東峰と、ガッチガチに固まっている東峰の補佐をする先生に退屈を覚えた彼女は早速牛島に絡み出す。話しかけられた牛島は「青根……ああ、伊達工の」とぽそっと呟いた。

「青根たんのこと知ってるの!?」
「まあ」
「じゃああたしも青根たんと友達だから若ちゃんもあたしと友達じゃーん」

その理屈がわからない牛島は、そもそもバレーを通じて知っているだけで仲がよいわけではない。

「親しくはないがな」
「えー、そうなのー?じゃあなんで知ってんの?」
「俺もバレーをやっているからな」
「そっかー。ま、でもあたしと若ちゃんもうダチだから」

ぐっ、と親指を立てた彼女をチラリと見やり、突拍子のない発言の数々にどう接したらいいのかわからない牛島。こんなに軽々しく話しかけてくる新しいタイプの人物との遭遇に、冷静な彼はとりあえずしばらく様子を伺うことにした。
後部座席のおっかない二人がミラーに映る度に寿命が縮みそうになっている東峰であるが、遂に高速道路に差し掛かった。ゲートを潜り本線へ、その間も少しずつ速度を上げるよう言われる東峰はあたふたとしている。そしてなんとか高速道路に入ることができたのである。彼の大きな体はハンドルにくっつきそうなほど近い。

「旭くんがんばー」

後部座席から飛んで来る激励にびくりと肩を揺らす東峰に、おじいちゃん先生は笑顔で指示を出す。

「じゃあ前の車、追い越してみようか」

前にいる車を指さし言った先生の言葉にまた身を縮こまらせる東峰。それを聞いたなまえは「旭くんがんば!チギっちゃえー」と楽しげに煽る。もう少しスピードを出せ、スピードが出ているからあまりハンドルは切るな、等言われ怖がる東峰である。

「せ、せんせえっ!!」
「大丈夫大丈夫」

小心者の東峰をなんとか宥めながら無事に追い越したところでパーキングエリアに入る。そこで運転は牛島へと交代した。

「旭くんお疲れー」

シートに身を沈めるように深く息を吐いた東峰を労うと、安堵しきった東峰は「あ、どうも……」と返す。どうやら怖いのは見た目と行動力だけらしい、と少しだけ安心した東峰である。

「旭くん烏野だっけー、あたし知り合いいるよ〜」

と話し出した彼女に、徐々に心を開きつつある東峰は「そうなんだ、俺も知ってる人かな?」と首を傾げる。

「えっとねー、しいたすと龍之介さんとノヤくんと力くんときのぴーとなりたん」

最初の人物に関しては誰?という感じだが聞き慣れないようで聞き慣れた名前の羅列に「もしかしてみんなバレー部?俺の後輩だよ」と東峰が言うとなまえは目を輝かせた。

「超知り合いじゃーん!!」
「うん、まあ……ていうかなんで田中だけさん付けなの?」
「龍之介さんはねー、冴子さんの弟だから」

またしてもよくわからない理屈を持ち出され、曖昧に笑う東峰。そこで「レフトとリベロか」と話に入ったのは牛島であった。

「レフトとリベロ?なにそれ」
「バレーのポジションだ。バレー部に知り合いがいるんじゃないのか」
「すごーい、若ちゃん物知りー!!」

彼を知っている人物が聞いたらバカにしてんのかと聞きたくなるが、どうやら彼女は悪意がないというか自分が知らないことを知っている人は全て誉めたいのだということになんとなく気づいたのか東峰は冷や冷やとしながらも口をつぐむ。そして言われた当の本人、牛島もあっさりとそれを受け流した。

「てか若ちゃんは運転しながら喋れんのに旭くんだめだめじゃーん」

ケラケラと笑う彼女に痛いところを突かれ、ギクリとする東峰。「だって、他の人も乗ってんのに事故になったらとか考えるとさあ」と言い訳を溢すと、おじいちゃん先生は「そのための教官だよー」とにこにこしている。それに言葉を詰まらせた東峰を見てまた笑う彼女である。
そうして牛島の安定的な運転の中、主になまえが喋りながら交代と休憩も兼ねサービスエリアへと入ったのであった。

「若ちゃんお疲れー」

運転席を降りると待ち構えていたなまえにまたしてもハイタッチをせがまれ、今度は「交代のためか」と意図が汲み取れたため素直に応じた牛島。いちいちノリがギャルなのか体育会系なのかわかりかねるがどうやら扱い方はわかってきたらしい。休憩のため皆車を降り、自販機で飲み物を買うと「乾杯しよっかー」と今更なことを言い出す彼女である。

「乾杯?なぜだ?」

と牛島が突っ込むと「えー、なんとなくー?」と特に理由なく勢いだけで言ったためはぐらかす。

「なんでもいいじゃーん、ほら早く!おじいちゃんも!」

と傍で微笑ましく眺めていた先生も巻き込み、体格のよい男子二人と初老の先生、ギャルが身を寄せ合う光景はなんとも言えない。通りすがりの人が「うわ、なんだあれ」と思わず二度見しているほどである。

「じゃあー、乾杯の音頭はー、旭くん!」
「えっ、俺?なんで?」
「え、なんか目合ったから」

理不尽だ、と思いながらもすっかりペースに呑まれているため仕方なく「えーっと、じゃあ、記念すべき高速教習に乾杯?」と東峰が言うと「旭くんなんか固い!」と文句を垂れる彼女に「えー……」と声を漏らす東峰。一体これはなんのためなのだろう、と未だに頭を悩ませている牛島と、若いなあとにこにこしている先生。

「まあいいや、なんかよくわかんないけどかんぱーい!!」

結局お前が言うのかよ、とは思うも初めての高速運転後のため無意識に疲れていた体に飲み物が染み渡り、彼女の言葉通りなんかよくわからないが清々しい気持ちになった彼らであった。


そうしてここから教習所まで帰る道のりを運転するのは、見た目的になんとなく一番危なっかしいなまえである。大丈夫なのかと心配する牛島と、牛島と並んで座ることに気まずさを感じている東峰二人は後部座席に腰を落ち着かせ、のほほんとした先生が見守る中彼女はハンドルを握った。先程まで彼女が主に騒いでいたためしんと静まり返る車内。それに不満の音を挙げたのは当然なまえだった。

「ねえなんか喋ってよー、あたしこの感じ無理ー」

またしても無茶ぶりをされた二人だが、如何せん二人ともあまり喋る方ではない。そこで助け船を出すように「じゃあしりとりしよ!しりとり、はい次若ちゃんね」と強引に話を進める。

「りんご」

真顔で続けた牛島が次を促すように隣の東峰をチラリと見やる。あ、やるんだこれ、と空気を読み彼も続けることにした。

ごりら、らっぱ、ぱんつ、つみきとありきたりな流れが続いていく。おもしろいわけではないが無言よりはましである。

「じゃあ、ルーマニア」
「なにそれ」
「国だよ」
「へえ〜、おじいちゃん物知りじゃーん」
「おい、次“あ”だぞ」
「あー?あー、あ!アナスイ!」
「なんだそれは」
「ブランドだよ〜、ほら若ちゃん、い!」
「い……移動攻撃」

なんだかんだでしっかりしりとりを楽しんでいる牛島の様子に、なまえが実はすごい人なのではないかと疑念を抱く東峰だがたぶん彼の考えすぎである。


そうして無事に三人を教習所まで乗せてきたなまえの帰還を出迎えたのは色々な面で心配していた茂庭であった。

「お前なんかやらかしてないよな?」

と訊ねる茂庭に「もにたんひどくなーい?」とぶすくれた彼女。今まで散々やらかしておいて何を言う。それでも茂庭は思ったことを心にしまった。

「あ、そうだ。若ちゃんと旭くんとしりとりしたよ〜」

あっけらかんと言った彼女がどうやらあのウシワカと強面の東峰とも仲良くなって戻ってきたらしいことを察して、思わずあんぐりと口を開けてしまう茂庭。彼女の話を動揺しながらもちゃんと聞いてやる茂庭の様子を見て「子供が親に幼稚園のこと話してるのを目撃したときみたいな感じだよな」と笹谷が溢した言葉に力強く頷いた鎌先であった。

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