ギャル、進級が危ない
※ 2年の時の話
2月某日。
この日、みょうじなまえは崖っぷちに立たされていた。
期末テストの結果があまりにも悪く、もし追試で赤点を取ろうものなら進級させないとまで言われたのである。通い慣れた、寧ろ先生とお話に行く〜くらいに捉えていた職員室から教室までの道のりがやけに長く感じる。これはもにたんに相談しなければ、と、泣きそうになるのをぐっと堪える。
「もにたーん!!どうしよう〜助けて〜!!」
自分の席で授業の準備をしていた茂庭に泣きつくと、またか、というように呆れられる。またか、ではない。これは今までの比ではないほど深刻な問題なのである。
「今度は何だよ」
「どうしよう、追試で赤点取ったら進級できない!!」
ええ!?と、まさかそこまで重い話題を相談されると思っていなかった茂庭は、持っていた教科書をドサリと落とす。
「どうすんだよお前」
「どうしよう〜」
ただ目の前であたふたするだけのなまえに、お前の問題だろと突っ込む。
「でもお前学校好きじゃん。もう一年通えるぞ」
と、その話を聞いていた笹谷が、悪魔なのか天使なのかよくわからない言葉を発する。それに一瞬パアッと嬉しそうにした彼女だったが、すぐに顔を暗くした。
「やだ……」
「え?」
「だって、もにたんも笹やんもいない……」
項垂れる彼女が言った一言が、何か信じられないようなことを言った気がして、茂庭と笹谷は顔を見合わせた。
「鎌ちもみいぽよもゆんちゃそもまあにゃんもいない……」
鎌ちまでは聞き取れたが、その後の人名の羅列が誰のことを言っているかは皆目見当がつかなかった。が、今が楽しければそれであげぽよ〜な彼女が、まさかそんな風に愛着を持っていたとは思っていなくて意外に思う。
「でもみょうじが可愛がってる後輩と同じクラスになれるかもな」
何故か彼女の留年をちょっとだけ楽しんでいる笹谷である。それにいちいち喜んでは、冷静になって首を振るなまえ。本気にしかねないから変なこと言うなって、と笹谷を諭す茂庭だったが、泣き出したなまえに二人はぎょっとする。
「あたしももにたん達と三年生になりたい」
「うん?」
「来年ももにたんの隣がいい」
「みょうじ……」
いつも面倒ごとに巻き込んでくるし、すぐに泣きつくし、毎日毎日鬱陶しいほど絡まれる茂庭だったが、少なくともこうして涙するほどに自分に対して友情を感じてくれていたのかと、じーんと感動する。
「でもあたしバカだから、いっぱい勉強する」
「そうだな」
「追試で百点取る」
「いや、うん、百点は取らなくていいと思うよ」
ぐしぐしと涙を拭って、決意したように机に向かうなまえ。それを見て一種の感動を覚えた茂庭と笹谷だったが、教科書を開いてものの三分で「あー!!もうわかんないよー!!」と匙を投げた彼女への呆れは、感動した分落差が大きい。
「がんばれよ!?三年生になるんだろ?」
「むーりー!もにたん教えて〜」
やっぱそう来たか、予想の範囲内ではあったが、やはり自分を頼ってきたことに茂庭は溜め息を吐いた。そんなとき。
「やばい……俺、追試で赤点取ったら三月の試合レギュラー外される……」
とC組に相談に来た鎌先によって、お勉強会の開催が決定したのである。
とは言っても、彼ら三人は部活があるため、朝練後からHRが始まるまでと昼休み、部活のない日に学校に来てやることになった。何もそこまで、とは思うが、茂庭達と進級したいなまえと、大事なレギュラーである鎌先を欠いての試合は伊達工バレー部にとって致命的であるため致し方ない。
「で、お前ら何なら得意なの?」
まずは二人の得意教科を聞き、それは軽く復習程度に済まそうと思ったのだが。
「体育!!」
「そうだよなあ!聞いた俺が馬鹿だった」
声を揃えて言った馬鹿二人に、茂庭は頭を抱えた。その三人の様子に笹谷は笑うしかない。
「あー、鎌ちとハモッた〜」
「うっせえパクんな」
何だかんだきゃっきゃ楽しそうな二人に、お前らほんとに危機感あんのかと聞きたくなる。あったらそもそも赤点など取らないのだが。
「いいか、体育だけできても進級できないからな」
「技術系なら……」
「それだけできてもダメだから」
「絶対?」
「絶対」
「かーらーの?」
「ダメだからな」
えー、と唇を尖らせるなまえと、あーもうダメだ終わりだ、と頭を抱える鎌先。どこから叩き込んでやろうかとも思うが何せ時間がない。普段は優しい茂庭だったが、この時ばかりはスパルタで教え込んでいく。
「あーもうわかんない、ググろ」
と携帯で調べようとしては「あっダメだ、読み方わかんないから打てない」と一人コントを繰り広げるなまえに「何やってんだよお前は」と思わず突っ込みを入れたり、途中で窓を開けて叫び出す鎌先を現実に引き戻すなど、途中で何度も中断はするも着々と勉強会は進んでいく。それでも時間が足りない分は茂庭が宿題を出したり、笹谷が抜き打ちで問題を出したり、二人に知恵熱が出ようとも兎に角普段から勉強漬けにした甲斐もあり何とか二人は赤点を回避したのである。
「やったー!!やったよもにたん!!あたしも三年生になれるよ!!」
顔を綻ばせるなまえと、レギュラー落ちを免れ燃え尽きた鎌先二人に、茂庭も笹谷も安堵する。
「よかったな」
「うん、もにたんも笹やんもありがとう」
素直にお礼を述べるなまえに、教えた甲斐があったなーと嬉しくなる。
「来年ももにたんのお隣になれるかなあ」
「さあなー。席替えするかもな」
「やだな〜。あたしの面倒見てくれるのもにたんしかいないもん」
え?と茂庭は聞き返す。自分と進級したがり、挙げ句隣の席がいいと言い張っていた彼女の言葉の意味を履き違えていたことに茂庭はそのとき初めて気付く。それは友情ではなく、こうして何かある度面倒事を押し付けるためか。
「お前…!やっぱもう一年やり直せ!!」
「やだよ〜。だってもう進級できるって決まったもーん」
「絶対面倒見ないからな!!」
とは言っても、また「もにたんどうしよう〜」と泣きつかれる度に面倒だとわかっていても首を突っ込んでしまうのだろうなと茂庭は思う。
「もにたんおこなの?あたし赤点じゃないよ?」と付きまとう彼女との関係も、これでもある意味大事な友情なのだろうと無理に自分を納得させようとしたが、やはり来年一年を思うと頭痛がする茂庭であった。
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