06

文化祭当日になった。

コスプレ喫茶は結局ただのメイドと執事喫茶になった。衣装のコストや、2日間着回すことを考えてのことで、コスプレ用のメイド服は割と安価だった。ヒラヒラのブラウスやスカートにニーハイソックス、ヘッドドレスや動物の耳を象ったカチューシャはそれぞれ違うものだったけど、色とりどりのメイド服に身を包んだ女子達は同性から見ても可愛い。
勿論私も黒尾の嫌味をはね除けてメイド服を勝ち取った。誰がゾンビなんてやるか。

「なまえ可愛いー!はい、なまえはうさ耳ね」

更衣室で着替え終わると、褒めてもらった上にうさ耳を渡される。うさぎとか柄じゃないんだけどなあ。

「えー、でもなまえはネコじゃない?結構性格ハッキリしてるし」

ああでもない、こうでもないと、ひっきりなしに頭の上に乗せられて、気づくと髪も巻いてもらったり結んでもらったりした。見繕ってもらって、完成したらしく「鏡見てみ」と楽しそうに促される。一体どんな出来になったのか恐る恐る全身鏡の前に移動した。

「ヤバい……私、カワイイ……」

思わず呟いてしまった。誰この可愛い子。化粧も普段より濃い目にしてもらったから、まるで私じゃないみたいだ。

「ギャッハハ、ウケる、自分で言った!」
「だからさっきからなまえ可愛いって言ってたじゃーん」

更衣室でキャッキャ騒いで、次々に女の子を変身させていく。私も自分の変身が終わったので、他の子の髪を結んだりしていた。文化祭が始まる前に既に士気はバッチリだ。

女子全員の準備が終わって、教室に向かう。男子は勿論、今日の担当じゃない子達も始まる前に集まる予定だ。

「ねえねえ、黒尾ってもう教室いんの?」
「さあ?知らないけど何で?」
「黒尾が一番になまえを見たいかなーと思って」
「それはない。絶対ない」
「てか黒尾とどうなのよー?」
「どうって、何にもないよ」
「でも黒尾って絶対なまえのこと好きだよねー」

ちょっと。教室近くなってきたのに、その声の大きさだと聞こえるんじゃないだろうか。というかそれはない。絶対にない。好きな子ほどいじめたくなる系男子がいるのはわかるけど、黒尾の場合はただ純粋に馬鹿にしてる。私の扱いが丸っきり男子と同じだ。

「絶対、ないよ」

思っていたことをただ口に出して呟いただけなのに、少しだけ胸が痛んだのは、メイド服のブラウスがピッタリした作りで胸を圧迫しているからだ。絶対に、そうだ。

教室に入ると、今日担当の女子以外は全員揃っていた。私達待ちだったようで少しだけバツが悪い。だけど着飾っている私達を見て納得したようで、誰も怒っている人はいなかった。
「おー気合い入ってんな女子」「はいはい可愛い可愛い」と口々に言うのを、さっきまで自分の可愛さに自画自賛していた女子が照れながら反論する。私も自画自賛した一人だけど。

「誰お前」

その様子を眺めていたら、黒尾が寄ってきて嫌味を言われる。ニヤニヤしている。馬鹿にする気満々だ。

「可愛いでしょ」
「馬子にも衣装ってこういうことか」
「私もそう思う」

だけど黒尾だって今日は別人みたいにかっこいい。執事と言っても、燕尾服はメイド服と違って安くなかったので、ウエイターを参考にしてクラスの手芸部の子達が作ってくれた。背の高い黒尾をより引き立たせるような、細身のシルエット。悔しいけど、文句をつけられないくらいかっこいい。

「そういう黒尾さんもカッコイイデスネー」
「まあな」
「ちゃんと“お帰りなさいませお嬢様”って言えんの?」
「言っとくけどお前、メイドより執事の方が偉いから」
「知ってるし。執事は変な人来たらフォークで戦わなきゃいけないんだよ」
「お前漫画の読みすぎ」

ニヤニヤした黒尾に頭を小突かれて、折角つけてもらった猫耳がズレないか冷や冷やしていたら「大丈夫だって、カワイイカワイイ」と棒読みで言われた。ちょっと腹立つ!

クラス委員が仕切って、二日間成功するようにと気合いを入れる。全員で円陣を組んで士気が高まったところで、今日の担当で準備を始めた。
こうして高2の文化祭が始まった。



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