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年末になり補習がなくなると、私は思う存分冬休みという名の怠惰を満喫した。いつもなら寝ている時間でも起きて深夜番組を見て、お昼頃起きてもそもそ朝食兼昼食を摂る。そして昼ドラにワイドショーを寝っ転がってお菓子でも食べながら見て飽きたら眠る。これこそが冬休みの醍醐味ではないかと思う。
そんなダラダラとしている私を置いてついに年が明ける。みんなで初詣に行こうという話も出たのだけれど、みんな親戚の家に行ったりして忙しいらしく叶わなかった。私は相変わらずダラダラと正月の特別番組に貼り付いていて3が日というものを迎えた頃、とうとう母の堪忍袋の緒が切れた。

「なまえ!あんたいつまでもダラダラしてないでいい加減外に出なさい!明日からまた補習でしょ!」

と、正午過ぎに起きのろのろと食パンにジャムを乗せている私の尻を叩いて半ば強引に外へ追いやった。

久しぶりに外に出てみると、たった数日で更に寒くなったように思う。友人達と行く予定だった初詣もおじゃんになって結局行ってないことを思い出し、冬眠から叩き起こされた亀のようにのんびり神社に向かう。と。

「あ、」

二人分の声が重なる。私と黒尾。まさかバッタリ出くわしてしまうとは思っていなくて、防寒対策にと無駄に着込んで一回り大きくなってしまった自分の格好が恥ずかしい。すっぴんだからマスクしているのに気づかれてしまった。

「お前正月太りやべえな」

開口一番相変わらず失礼なことを言い放つ黒尾をキッと睨むも、すっぴんで着ぶくれの女に睨まれても痛くも痒くもないという風に嫌な笑みを浮かべていた。

「厚着してるだけだし」
「新学期になったらバレる嘘とかやめろって」

自分では気付かなかったけれど、私は日に日に体積を増していたのだろうか。そりゃあ毎日少しずつ増えていてもわかるわけがない。だって毎日ろくに動いていないのだから。
久しぶりといってもたったの一週間ぶりに会った黒尾なら、私が気付かなくても気付くのかなと顔を青ざめていると更に黒尾が続ける。

「で?なに、また食いもんでも買いに行くのか」
「違うから、初詣」
「お前今日何日かわかってる?」

自堕落さを漸く恥ずかしく思い言葉を詰まらせる。でも今年になって初めて詣るのだから私にとって初詣には変わりない。誰がなんと言おうと。
素直にそれを述べると「屁理屈だな」と苦笑された。

「じゃあ俺は二度目詣でもすっかな」

どうやらついてくるようだ。


私のような呑気な奴はほぼおらず、神社にいるのは犬の散歩がてらお詣りにきたおじいさんや、集まっている近所の子供くらいしかいない。そんななかで赤いジャージの長身と着ぶくれマスクの不審な女は思いっきり浮いている。しかしまばらにしか人がいないため気にする必要もないだろう。二人並んで手水舎で手を清め、本殿へ赴く。お賽銭を入れて手を合わせる。
今年も健康でいられますように、三年生になるから進路が決まりますように、人に左右されないでちゃんと自分の意見を言えるようになりますように、どれか1つだけでもいいからちゃんと叶いますように。
年に一度くらいしかろくに来ないくせに、こうしてたくさん願い事をする奴は私だけじゃないだろう。少し奮発してお賽銭入れたから神様許してください、って思いつつ目を開けると、黒尾が横からにやにやと私を見ていることに気づいた。

「最悪、へんたい」
「豪快に500円玉ぶちこんで熱心にお祈りしてるみょうじさんに言われたくねえな」
「うるさい、小銭なかったの」

ぶつぶつと言い訳をしつつ、売店に行く。綺麗な格好をした巫女さんからお守りとおみくじを買って中を開くと末吉というなんとも反応しがたい結果。

「うわ、さすがお前らしいな」

中を覗き込まれた挙げ句失礼なことを言われ、ちらっと睨むと黒尾もいつの間にかおみくじを買っていて、更には大吉を引き当てていた。やりよる。

「でも中身の方が大事だし」

そう言って内容を読むも、健康 無理せねばよし、学業 励めば身を結ぶ、商い そこそこ、とことごとく当たり障りのないことばかりだった。一人で落ち込んでいると黒尾に引ったくられ中を隅々読まれる。

「中身もまあお前らしいけどな」

ぐうの音も出ない私に「あ、でも」と続ける黒尾。項垂れていた顔を上げて指さす方を見ると、
「恋愛、うまくいく」
思わず声に出す。元カレと別れて早四ヶ月。なんとなくで付き合ってきた人ばかりだけど、今年は、今年こそは。いい人と出会えるのかな、なんて思ったけれどよく見ると待人の欄にはもう出会っている、と書かれてある。その人に心当たりがないわけではない。だからこそ顔を上げられない。

「残念ながらお前には縁のなさそうなとこしかよくねえな」
「わかんないじゃん、超イケメンの優しい彼氏ができるかも」
「寝正月してるようなぐうたら女にそんないい物件見つかるわけねえだろ、現実見ろ」
「黒尾はどうだったのよ」

手元を覗き込むと、それはそれはいいことばかりが書いていて、夢が叶うだの自分を信じろだの思わず「お、おみくじ交換してください黒尾さん…!」と言ってしまった。

「それ意味ねえから」

なんて笑って、二人でおみくじをくくりつける。その近くには絵馬がたくさん。人のお願い事を読むのは気が引けるのでちゃんと見てはいないけど大体が受験生なのだろう。進路のことが大半のような気がする。

「私達も三年生かー」

しみじみしながら、近くの自販機でコーンポタージュを買う。石段に腰掛けながらそれを煽ると、黒尾がじっとこちらを向いていた。今度はなんだと首を傾げると、それに気づいた黒尾もまたしみじみ呟いた。

「やっぱすっぴんなんだな」

と真顔で言われ、自分が何故マスクをしていたのか思いだして慌てて隠す。

「み、見たな!」
「別にそんな変わんねえだろ」

呆れられてはいるけれど、そんなの知ったこっちゃないのだ。

「修学旅行の夜ロビーで見たし」
「白日のもとさらされるのとは違うの」

うわあ、と顔を覆い隠すと、黒尾がぽつりと呟いた。

「俺はこっちの方がいいと思うけど」

自分の耳を疑って覆っていた手を退かすと、私のコーンポタージュを片手に缶の底を思いっきり叩いている黒尾がいた。

「あー!私のコンポタ!!それ私のお昼ごはんなんだからね!?」
「昼飯?今何時だと思ってんだよ」
「冬休みも健康的な黒尾にはわかんないよ!!」

テンションががた落ちしている私を見て「悪かったって、元気出せよ」と言っておしるこを買ってくれたので何もなかったことにしようと思う。新年早々こんな風にのんびり過ごすのも悪くないと思ったけれど、黒尾の言った通り冬休み前より2キロ太っていたのは見逃せないと思った。



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