15

夜久達と合流したとき、私は思いっきり心配された。当たり前である。

「携帯繋がんないし!」
「ごめん充電切れた」

と、何度電源ボタンを長押ししても無反応を続ける携帯を見せると納得したのちに、目敏くストラップが見つかった。

「なにこれ?」
「あー……なんか私を拾ってくれた店の人がくれた」

ふーん、と何か言いたげな友人が、黒尾のポケットから覗く同じそれを見つけてニヤニヤと見つめてくる。

「違う!違うから!黒尾にもくれたのその人」

正直に話してもいいのだろうけど、その後の反応が見てとれるため口をつぐんだ。

「でもさー、なまえがいないって言ったときの黒尾かっこよかったよ」
「え!?」

と友人二人は、前を歩く男子三人には聞こえないように私の知らないことを話し出す。

「俺が探してくるから先行ってろって、夜久の制止も聞かないで行っちゃったんだよ」
「そうそう、見たことないくらい慌ててた」

そんな黒尾の様子は想像できないけれど、もしそれが大袈裟ではなく本当なら嬉しすぎる。同時に申し訳なさすぎて仕方ない。あとでもう一回ちゃんと謝ろう、そう思った。


修学旅行三日目は無事に終わり、四日目は城や歴史建造物などを回った。そしていよいよ最終日、植物園を回り飛行機に乗って帰宅。無事に全員帰ってきたことに校長先生やらが熱く語っていたけれど、五日間はしゃぎきったためみんな疲れてまともに聞いていなかった。

「黒尾!」

大きなボストンバッグを肩に掛けて眠そうに歩く背中を呼び止めた。黒尾はこれまた眠そうな目で振り向いて、何も言わずに私を見下ろす。

「あの、三日目はほんと、どうもすみませんでした」

深々と頭を下げた私の髪を武骨な手が乱暴に撫でる。驚いて顔を上げようとするも、黒尾の手がそれを許してはくれなかった。

「お前ほんと俺に心配かけさせる天才だよな」

と顔を上げられないため表情はわからないけれど、とてもからかっているようには聞こえない様子の黒尾が言う。

「ほんとごめん」
「悪いと思ってんならそれ、絶対外すなよ」

それ、と言われて心当たりは一つしかない。何でそんなに拘るんだろう。

「あと俺に遠慮すんのはもうやめろ」
「え?してないし」
「三日目の朝、何か隠してたろ」

ズバリ言い当てられて、思わず言葉が詰まる。黒尾の手が私の頭を撫でるのを辞めて、肩をそっと掴まれる。顔を上げても、暗がりで黒尾の顔はほとんど見えなかった。

「ああやって一人で思い詰めてると、気になるんだよ」

その言葉で友人の言葉を思い出す。
黒尾は夜久の制止も聞かずに私を探しに来たと言う。心配かけさせる天才、という不名誉を与えられたけれど、それは朝の様子も見てのことだったのだろう。

「何かあったのか?」

黒尾の優しい声に、私の視界は少しだけ滲んだ。そして本当のことを言っていいのか、悩んだ末に切り出した。

「黒尾さ、水族館の時女の子と一緒にいたでしょ」
「は?あー……あれな」
「何か私も気になって」

こんなの、まるで嫉妬しているみたいじゃないか。嫉妬して、まるで黒尾のこと好きみたいじゃないか。だけどその答えは私の胸にストンと落ちてきて、何も違和感などないように馴染んだ。自分の気持ちに素直になって、と二日目に友人に言われた言葉や海の青さを思い出す。

「別に何にもねーよ。一緒に見たいって言われたから一緒にいただけ」

ばつが悪そうに言う黒尾に、聞かれたくないことを聞いてしまっただろうかと思ったけれど、私から目を逸らして黒尾も続ける。

「お前こそ文化祭のとき元カレといたり知らねえ男と沖縄でよろしくやってただろうが」
「だから、違うって。あの人私のこと人通り多いところまで連れてってくれたんだよ」
「わかってるけど、」

黒尾が私の目を真っ直ぐ見つめる。まただ。こういうときの黒尾に、目を逸らしたいのに私はどうしようもなく目が離せなくなるのだ。

「もしあいつがろくでもねえやつだったら、お前どうなってたかわかってんのか」

言い淀んだ末に黒尾が言ったのは、真っ当すぎるほど真っ当な答えで、私はまた勝手に期待の風船を膨らませていたことに気付く。

「ごめん」
「だからもういいっつってんだろ」
「それと、ありがとう」

私の言葉に目を丸くして、暫くして頬を掻き出す黒尾。黒尾は照れるとき、頬を掻く癖があることに私は気付いてしまった。

「あのなあ、ありがとうっつう前にお前は俺に心配かけさせない努力をしろ」

照れ隠しのように顔を背けて、行くぞ、と促す黒尾。どうやら送ってくれるらしい。
修学旅行の思い出話に花を咲かせながら、くだらないことでふざけあい、からかいあう。東京の冬の方が沖縄よりも寒いはずなのに少しだけ暖かく感じるのは、お揃いのサーフボードのストラップが何にも変えられない温かさを沖縄から連れてきたからに違いない。



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