13

修学旅行二日目は、水族館と、そこに隣接されたプラネタリウムだった。各自自由に見れるから私も当然友人と居たのだけれど、蜘蛛の子のように散る同級生達の中、黒尾に話しかけに行く女の子と、その子を連れ立つ黒尾を見たとき複雑な気持ちになった。何事もなかったように水槽を自由に泳ぎ回る魚に見入るふりをして、内心黒い気持ちが沸き上がる。友人もそれに気付いていたのか、無理に笑う私にも気付かないふりをしてくれた。
一通り回ったあと、浜の方に出て友人と三人で海を眺める。冬だと言うのに沖縄の海は温かい。少し離れたところで違うクラスの男子が裾を捲って海に入っていた。

「なまえってさ、」

沈黙を壊すように言った友人の方を向く。その顔は穏やかで、まるで目の前に広がる海のようだった。

「いっつもニコニコしてて、あんまり怒ることないじゃん?」
「うん?」
「だからさ、たまーに心配になる。たまーにね」

どうして突然こんなことを言うのだろうか。全く見当がつかないわけではないけれど、私は膝を抱える腕に力を込める。

「言いたいことあったら言ってほしいしさ、なまえがどんなこと言ったって私達友達やめないよ」

そんなことはわかっている。だって私だってそうなのだから。確かに、学校生活という日々の中、毎日顔を突き合わせて話していれば当然嫌な部分も見えてくる。それでも一緒にいたがるのは、やはり友人だからで、そこに特別な理由はいらないように思う。

「確かにいっつも笑っててたまにきついこと言うなまえも好きだけど、無理してまで笑っててほしいとは思わないよ」

友人の手が、膝を抱える私の手に添えられる。波の音と、遠くの男子の声。そして二人分の体温。何だか急に泣きたくなって、膝に額をくっつけた。

「なまえが言うから何も言わないし余計なことはしないけど、黒尾とあの子見たときのあんたの顔、見てられなかったよ」

本当は、そうだ。折角の綺麗な魚も珍しい生き物も、そしてこんなに澄んでいるエメラルドグリーンも、心の底から感動なんて出来なくて、目に焼き付けようとすればするほどさっきの光景が頭からこびりついて離れない。本当はそれだけショックだった。そして“黒尾はモテる”ということを強く再確認させられて、どうして少し前まで驕っていたのかと鼻っ柱をへし折られた気分だったのだ。

「本当に好きじゃないの?」
「うん……」
「好きじゃないのに傷付くの?」

何も言えずに鼻を啜ると、それまで黙っていた友人が頭を撫でてくれた。

「もし本当に好きじゃないなら、今のままでいいと思う。でも、もし少しでも気持ちがあるんなら、私達応援するからさ」

ありがとう、そう言って顔を上げると無理矢理テイッシュを押し付けられた。

「まっ、さっさと自覚しろよあんたたちってこと」
「ほら、もう修学旅行なんだから泣かないの」
「さっきと言ってること違うじゃん……」

そうやって、三人で笑い合う。さっきまでの泣きそうだった気持ちも薄らいで、自暴自棄で靴と靴下を脱ぎ捨てるとぎょっとした顔で見られるけれど、波打ち際まで駆け出した私を見て笑ったあと二人も続く。沖縄の海は温かいけれど、さすがに冬の海は少し冷たかった。その冷たさに足を浸けるとさっきまでのどうしようもない気持ちも和らいだ。どうしてさっきまであんなにもうじうじしていたのだろう、と目の前の広大な海に触れて思った。本当は少しだけ気付いている。だけど自覚したらきっと、黒尾ともう今のままではいられないこともわかっている。わかっているから私は、何も気付かないふりを徹していたのだ。黒尾の気持ちがわからないからこそ、だ。そして黒尾と女の子が二人で水族館の方に消えていったとき、余計に黒尾の気持ちがわからなくなった。

ハンカチで足を拭って、お土産を買いに言ったあと学年全体でプラネタリウムに移動する。海や宇宙や黒尾の気持ち、そして私の気持ち、複雑に入りくんでいる未知なものに触れて、そのどれもが深すぎて、知りたくて、だけど知りたくない、あらゆる現実に直面した修学旅行二日目だった。黒尾と会話することはなかった。



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