12
黒尾との関係は変わらないまま、修学旅行の時期になった。班を決めることになり、私と友人二人、黒尾と夜久とバスケ部の男子六人で行動することになる。その班といっても、基本的にはクラス主体で動くためほとんど機能しないだろう。
「またお前かよ」
黒尾がニヤニヤしながら言う。別に私が黒尾と一緒がいいと言ったわけではなく、友人が「黒尾達空いてんじゃない?」と変な気を利かせただけである。だから違うってば。
「すみませんね私で」
「ま、別にいいけど。また一人でいじけんなよ」
すごく失礼なことを言われて、キッと睨むとみんなとの話に戻る黒尾。班ごとに係を決める最中である。楽しみだな、修学旅行。高校生活最大のイベントといってもいい行事に胸を弾ませていると、隣にいた友人にボソッと耳打ちをされる。
「黒尾と同じ班になれてよかったね」
逆隣には黒尾がいるため動揺を隠せない私に、友人が微笑ましそうに眺める。だから違うってば。しかし何だかんだでそんなに班で動くことはないけれど、話しやすい黒尾がいてよかったとも思う。
そうこうしているうちに修学旅行の日になった。場所は沖縄。行ったことがないし、飛行機に乗るのも初めてだったから緊張していた。朝早くに出たため私を含めみんな眠そうだったけど、それでも着く頃にはすっかり移動も楽しんでいた。
沖縄は一言で言うと「町並みが綺麗」に尽きた。季節は冬に近かったけれど、所々にハイビスカスが咲き誇っており、上着がなくても過ごせなくないほどだった。一日目は学年全体で史料館を巡ることになっていたし、その後はホテルのある大きな通りで各自自由時間があり、夜はお決まりといえばそうなのか、女子は大部屋のため恋バナに花を咲かせる。
最初は聞いているだけだったのが私に話を振られ、やはり黒尾のことを問い詰められた。
「で、実際どうなの」
「だから何にもないって」
「なまえはそうでも黒尾から何か言われてないの?」
「ないよ」
「黒尾となまえいいと思うんだけどなー」
そんなの、元カレのときにも言われたから正直宛にならないし本当に黒尾とは何もない。話題が私から逸れたのを見計らってロビーに出ると、黒尾がソファに座っていた。
「なにしてんの?」
「お前こそ」
自販機で冷たい水を買う。お風呂から上がったばかりなのか、いつもより髪が大人しい黒尾の隣に座ってまじまじと見る。これがどうしたらああなるのかものすごく気になる。その視線に耐えかねたのか「何だよ」とじろりと睨まれた。
「髪、なんか新鮮だなと思って」
「あー、起きるとなんかああなってる」
「なにそれ、どんな寝相?」
尋ねると、なんかよくわからない動作をしてみせる黒尾。枕で顔を挟んでいるのだろう。想像したら面白くて思わず笑うけど、再び訪れる沈黙。少し離れたテーブルでロビーに置いてある将棋で盛り上がっている人達の声がする。
「もうこっち恋バナで盛り上がっちゃってさ。居れなかったよ」
いたたまれなくなって話をするも、その話題の人物とこうして二人でいるところを見つかったら、また勘違いされるのだろう。約束したわけでもなく、たまたま居合わせてしまったのだから仕方ない。
「わかる、俺も」
そう言って、持っていた缶コーヒーを飲み干す黒尾の横顔をじっと見る。今度は髪じゃなくて、黒尾を。
なんとなく、今私達が考えていることや部屋を出てきた理由が同じ気がするのだ。黒尾もまた、私のことを聞かれたのかな。なんて思ってみたりもする。それは自惚れに近いけれど、自惚れではない気もするのだ。いっそこの距離を縮めたら困ることはないんじゃないかとも思う。けれどこの近いようで手が届かない距離だからこそ、こうしてくだらなく笑いあったりできるのではないかとも思うから、結局私自身、何が正しいのかよくわからない。
少し変な空気になってしまったのを壊すように、黒尾がバカにしたように言葉を紡いだ。
「お前そういう話題ないから気まずかったろ」
確かに黒尾の言う通りなのだけれどムッとすると気をよくしたのか更に続ける。
「そういうやついねえの?」
ニヤニヤしながら言う黒尾の顔をなんとなく見れなくて、ペットボトルの蓋を見つめる。咄嗟に何か変なことを言いそうになったのを堪えるので必死だった。
「ていうかさ、そういう話が嫌で出てきたのに何で黒尾にまで言われなきゃなんないわけ」
「なに言ってんだ、俺とお前の仲だろ」
「どんな仲よ」
からかうつもりで言ったのに、突然真顔で見つめられてしまい、どうしていいかわからない。再び変な空気になってしまった。
「いじけるなまえちゃんのお守り的な?」
フッと笑って出た言葉がいつもの黒尾らしくてホッとしたと同時に、少しだけ期待してしまった自分に気付く。何だろう、やっぱり今日は私も黒尾もおかしい。
「言っとくけど、いじけさせんのも黒尾だからね」
「はいはい、いつも悪いね」
「ほんとに思ってるの?」
ペットボトルで軽く殴ろうとしたらさりげなく奪われて、更に一口飲まれる。コーヒーを飲んだあとって少しだけ喉がすっきりしないから気持ちはわからなくないけど、少しだけ動揺してしまった。
「さっ、明日水族館だしさっさと寝ろよ」
立ち上がった黒尾に軽く頭を撫でられて、思わず私も背中を追いかけた。
「ていうか何でこの時間にコーヒー飲んだの?」
「俺ら今日夜通しで枕投げ大会やるんだよ」
「黒尾の方こそさっさと寝なよ」
エレベーターに二人で乗り込んで、女子の階で下ろしてくれた黒尾におやすみを告げる。黒尾もそれに返してくれたけど、口元で人差し指を立てながら口パクで「早く行け」と言う。それにも構わずドアが完全に閉まるまで見送る私を笑顔で手を振る黒尾に、さっきまでの変な空気を追いやろうと私も手を振った。黒尾との小さな秘密の共有をした気がして、何故だかじんわり温かくなる気持ちに気が付いたのは、隣のクラスの子達が僅差で出てきたのを見たときだった。
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