09
文化祭一日目は無事大盛況に終わった。二日目である今日は登校してすぐ準備を手伝って、そのあとは友人と文化祭を楽しく回る予定だった。予定が狂ったのは、文化祭が始まってから他の学年の模擬店を回っているときのことだった。
「一緒に回ろうぜ」
と言ってきたのは元カレの集団のうちの一人で、私はあからさまに顔をしかめたけど、ついてくるので仕方なく一緒に回っていた。友人の一人が、その集団のうちの一人と付き合っているから、本当に仕方なく。楽しく回る予定が台無しで、私は明らかに口数が減っていたんだと思う。こっそり話しかけてきた友人が気を遣っているのがわかったけど、だったらあのカップルだけ別行動すればいいのに、という言葉はなるべく穏便に済ませたい私は言えなかった。そうでなくても折角の文化祭だから、嫌な空気で過ごしたくなかった。
「なまえ楽しんでる?」
と、私の様子をさっきからチラチラ気にしていた元カレが、一人でぶすくれている私に話しかける。私は曖昧に頷いて、なるべく目を合わせない様にする。
「絶対楽しんでないよなあ」
と頬をつねられて、怪訝な顔で手を払い除けると苦笑された。
「お前甘いもの好きだったよな?クレープ奢ってやるから機嫌直せよ」
と、すぐそこでやっている模擬店を指して言う。でも私達以外みんな先に行っていて、やれ焼きそばがどうのたこ焼きはどこだの言っている。その集団の背中に
「悪い、あとでなまえと行くから先行ってて」
と言う元カレに、何故かみんなが笑顔で頷いていたので本当に嫌な気持ちになった。
「どれ食べたい?」
別にクレープが食べたかったわけじゃないから、適当に頼むけど意地でもお金は払わせなかった。元カレに奢られる、なんてそんなの自分が惨めになるだけだ。ただでさえ惨めな振られ方をしたのに。しかし甘い生クリームとチョコレートを咀嚼すると、苛立っていた気持ちも多少和らぐのだから甘いものって本当にすごい。
「このまま二人で抜けようか」
無言でクレープにかじりつく私を見つめながら、ぼそりと元カレが呟く。私は相変わらず無言で睨んでいたけど、口の端を元カレが指さして笑う。
「その顔で睨まれても全然怖くねえよ」
と、口の端を拭われて、本当に恥ずかしくなる。小さくお礼だけ言うと、それでも満足したようだ。
「お前のこういうとこも可愛いって、気付いてやれなくてごめんな」
喧騒から少し離れて二人並んで座る。私がたまに言う悪態に、付き合っていたとき驚いていたくせに。態度を悪くした私に、それでも元カレは笑顔で続ける。
「別れてから黒尾の噂聞いたとき、お前が黒尾と話してるときの顔とか楽しそうでちょっと妬いたよ。でもそういうお前も可愛いんだなって、今更気付いた」
紡がれる言葉が聞きたくないことばかりで、私はこの場にいるのが嫌になって立ち上がる。「待てよ」と手首を掴まれて、それでも元カレの方を向けずにいると、更に聞きたくない言葉が続いた。
「俺達、やり直さないか?」
ああもう本当に、楽しいはずの文化祭が台無しだ。この男と私を二人きりにしたのには、きっとこういう意図もあったんだろう。それがなんだか悲しくて、腹が立って、私は手を振り払って「ごめん」とだけ呟いた。元カレの顔は見れないまま、喧騒に紛れ込んだ。友人たちのほうにも合流はしたくなかった。
校舎の裏で一人、残ったクレープの殻だけを握り締めて座り込む。昨日まで、今朝までは楽しかったのに、どうして私の意思を確認しないままこんな展開を用意したのか、友人たちにも腹が立つ。自分で「思ってたのと違った」なんて振ったくせに、今更虫のいい話をする元カレも腹が立つ。
遠くの喧騒を聞きながら、本当に惨めな気持ちになって膝を抱えていると、また何かの集団が近付いてきたのが聞こえた。
「お前、こんなとこで何してんだ」
私の頭上に降った声が、聞き覚えのある黒尾の声で、思わず顔を上げる。驚いている黒尾の後ろに夜久や研磨くん、ソフモヒの人や海くんもいて「ああバレー部かあ」なんて呑気に思っていた。
「はぐれたのか?」
視線を逸らした私に、何かがあったと悟った黒尾は「悪い、あとで合流する」とバレー部の集団に言いつけると私の隣に腰を下ろした。その言葉は元カレと似たようなものだったのに、黒尾だと安心する。だけどその意味を深くは考えなかった。
「また一人でいじけてんのか」
からかうように言う黒尾に「またってなによ」と返すと「いつものことだろ」と返される。黒尾の脇腹を小突くと小さく笑った。
「なんだよ、元気じゃねえか」
「全然」
「あっそ。あーあ、俺今からお化け屋敷行く予定だったのに」
「夜久達と合流してくればいいじゃん」
「お前はどうすんだよ」
鋭い目で見つめられて、思わず黙る。黒尾は私がどうするつもりか見越していたのだろう。
「つーわけで、お前付き合え」
無理矢理私の手を引いて、立ち上がらせた黒尾に驚くと、肩を抱かれて耳元で小さく囁かれた。
「お前の元カレ、さっきからずっといんぞ」
チラッと見やると、立ち尽くしている元カレが目に入って、私はそちらを見ないように黒尾に黙って肩を抱かれていた。
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