2日目


 昼頃に起きておばあちゃんが茹でた素麺を食べて、ワイドショーにはあんまり興味ないから田んぼに行った。行くとこないし。しゃべる人いないし。虫刺されで脚は見るに耐えない感じになったから膝下のハーフパンツにクロックス。こんな格好でコンビニに行くのも考えられなかったけど、ここには田んぼしかないし信ちゃんしかいないからどうでもいい。
 今日も今日とて仕事に精を出しているらしい信ちゃんの背中は大きい。それを目印にまたしても畦に座り込む。声は掛けなかったけど信ちゃんはすぐに私に気がついた。

「宿題やったんか」
「やらん」
「あとで困るの自分やろ」
「なんなん。お母さんみたい」
「お母さん元気にしとるか」
「知らん」
「知らん、って」

 宿題やったんか、って、自分だって去年まで高校生だったくせに大人みたいなことを言う。信ちゃんは私とひとつしか年が違わないくせにいつも私に大人ぶる。信ちゃんには弟がいるから、たぶん私のことも滅多に会わない妹かなんかだと思ってるんだろう。理由はわからないけど私は昔からそれが気に入らない。

「反抗期も大概にせえよ」
「なんか聞いたん?」
「なにを」
「なんか」
「別になんも聞いてへんけど」

 ふーん。お母さんのことやから、どうせおばあちゃんに『ナマエが反抗期で困ってる』とか言うて、それが北さんとこのおばあちゃんにも伝わって信ちゃんも知っとるもんだと思っていた。それを言うと信ちゃんは「世界が自分中心に回ってるとでも思てんの?」とかほざきやがる。もっと優しい言い方あるやろ。

「反抗したかてお前が生活できとんのは両親のお陰やろ。ちゃんと感謝せえよ」
「生んでほしいなんて頼んでないし育てんのが親の義務やろ」
「生意気やな」
「えらそうに言われたない」
「せやったらはよ帰れ」
「家おってもやることない」
「ここおってもええけど水分補給ちゃんとせえよ。あと帽子も被ってこい」
「もううるさい」

 一学期の最終日に友達ん家で染めた茶色の髪が風に揺れる。信ちゃんは似合ってへんって言う。正直私も気に入ってるわけじゃない。でも夏休みやることないし、怒る顧問とも会わないし、友達ともっと遊ぶんやろなって思ってたらみんな進路とか考えてて話合わんし、彼氏とか作るし。自分だけがまだ部活で汗を流していた頃から取り残されている気がして、それを否定したくて、染めた。部活からの解放感の表れみたいに染めたものの、信ちゃんの言うとおりたぶんほんとにあんま似合ってないんやと思う。

「なあ信ちゃん」
「なんや」
「信ちゃんも高校んとき部活やってたん」
「おん」
「ふーん」
「なんや」
「やめたときなんも思わんかった?」

 信ちゃんは手を止めて、空を見る。この田舎の空は本当に高く見える。筋状の雲が青空にいくつも走っている。部活を引退した日もこんな空だった。

「まあ、俺の仲間はもっとすごいんやでって言いたくはなったな」
「信ちゃんとこ強かったん?」
「まあな」
「どんくらい?」
「インハイ二位。春高……バレーの大会あるんやけど全国は行ったな」
「すごいやん」
「せやろ」
「後悔ないやろ」
「ないな」
「じゃあわからんか」

 私の気持ちなんか。全国どころか県予選も勝ち残れん私の気持ちなんか。
 真面目にやってたか、って言われるとたぶん微妙な部類。みんなで楽しくやりましょか、って感じの割とゆるめの部活。だからこそ続けてこれたとも言える。たぶん本気で全国目指してたやつなんか誰もいない。でも楽しかったから部活休んだこととかなかったし、勝てないけど練習試合とかもそこそこやってた。むかつくこともそれなりにあったし、引退したその日はちょっとだけ解放感すらあった。
 でもそれが思い上がりだったとじわじわ気づかされる。部活は私にとって楽しいもんだったんだって。そんな楽しい遊びを取り上げられてしまったから、今さら何したらいいのかがわからない。放課後に友達とファストフード店で駄弁っても、汗とか気にしなくてよくなったからちょっと化粧とかしてみても、なんか流行ってるとこ遊びに行ったりしてみても正直あんまり楽しいと思えない。何をしたら楽しいのか片っ端から試してみても、何をしたところで部活やってるときの方が楽しかった。後悔とも言えない、うまく言えない感覚だけがあの日からずっとある。全国とかいってたらやりきったーってなったんかなとか思うけど、たぶん全国いくような人たちは吐きそうになるような練習とかしてたんだろうし、私はたぶん着いていけなくて早々に辞めてたと思う。

「要するにお前、暇なんやろ」

 私の話聞いて最初に言うことそれなん? 信ちゃんって本当に冷たいな。でも図星だから返す言葉が見当たらない。

「宿題もやらんと暇やから余計なこと考えるんとちゃう? 進路どうするつもりなん」
「知らん。どうでもいい」
「どうでもいいことないやろ」
「なんでみんな、そんなすぐに切り替えられんの」

 かつて私と同じだった友達が、部活引退して彼氏作って将来のこと考えてる間、私はずーっと取り残されてんのに。親も先生も、そんな私に進路どうするんって急かしたててくる。過去を引きずってるのに未来なんか考えられない。考えたくない。ずっとあのまま楽しい青春を過ごしたかった。戻りたい。それだけだ。でもできない。わかってる。惨めたらしくすがりついてるだけだって。
 いつまでもうじうじいじいじしている私に業を煮やしたのか、信ちゃんは呆れたように私を見下ろした。

「今日うち泊まるか」
「なんで?」
「根性叩き直したる」
「は? いらんし」
「ええから来い。迎え行ったる」
「いらんて」
「どうせ暇やろ。久々に俺が遊んだるわ」
「大人ぶんな。去年まで高校生やったくせに」
「現役が生意気言うな」

 その日の夜、お風呂から上がったら信ちゃんはまじで家に来ていて、おばあちゃんに事情を説明したのか髪の毛乾かして歯磨きしたらすぐに信ちゃん家に連行された。久々に会う信ちゃんの家族は私を温かく迎えてくれてちょっとうれしかった。そんな二日目。

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