クラスは違ってもナマエと北は相変わらずであった。ニ年生になって変わったことといえば、一学年下に北より先に体育館に現れる双子が入学してきたことくらいで、しかも双子はナマエの告白現場をおもしろがって覗いたり茶化したり、虫の居所が悪いと「はよ散らんかいボケ!!!!」と北とは違う柄の悪い感じでナマエを助けてくれることが時々あるくらいだろう。しかも双子と同学年に長身の無気力カメラ小僧みたいな後輩もいて、修羅場の動画が度々広まっているのが恐ろしい。助かるんやけどな、今年の一年生怖すぎんねんとナマエは思う。ちなみに今でも稀に北が助けてくれることもあり、双子と角名はその様子込みでおもしろがっている。

「二年のめっちゃかわいい先輩って北さんの女なんかな」

 部活のあと部室で駄弁りながら、今日も今日とて体育館裏に呼び出されていたナマエをさりげなく助けた北と、どうやら北に懐いているらしいナマエの様子を思い出し宮侑が言った。自分が「喧しいんじゃこの豚!!!!」と威圧的に追い払っているのを棚に上げて、自分たちと北に対する態度の差に疑問を抱いている。怯えさせているという自覚はどうやらないらしい。

「北さんに限ってありえないでしょ。ミョウジさんかわいいけど馬鹿そうだし」

 結成人数一人の北信介の弱みを握り隊角名倫太郎はさすがによく見ている。後輩から見ても北に相手にされていないナマエが不憫ではあるが。

「でもめっちゃかわいいやん。俺やったらあの顔で『侑くん侑くん』って懐かれたらコロッといくわ」
「アホツムやな。人間て顔だけちゃうねんぞ」
「アァ!? せやったらお前あの顔に『治くん好き』言われても断るんやな!?」
「なにを当たり前のこと抜かしとんねん丁重にお付き合い始めるに決まっとるやろ」
「ほらなあ!?」

 くだらな。双子のやりとりを冷めた様子でスルーした角名だが、実際北がナマエをどう思っているかは気になる。付き合ってはいないだろうが北さんとて健全な男子高校生、いくらかわいくても自分大好きハイテンション脳味噌お花畑系の女は好みではなさそうだが多少なりとも意識することはあるのだろうか。というか自分が好かれている自覚はあるのだろうか。学年問わずかわいいと有名な人に好かれてる俺すげー俺かっけー俺最強ーとか内心思ってたりするのかな。角名倫太郎の妄想の中では今日も北が勝手なキャラ変をさせられている。その間も双子はやいのやいのと口喧嘩をしており、やがて「なに騒いどんねん。はよ帰り」と冷たい声が部室に響いた。今日も今日とて部活後にボールを磨いていた北のお戻りである。さっさと帰ろ。そう思う角名をよそに侑が切り出した。

「あのかわいい先輩て北さんの女ですか」
「は?」

 侑の一言に、北は背筋が凍るような目を向けた。侑ってほんと馬鹿、けどよくぞ聞いたと角名もそれとなく聞き耳を立てる。

「ミョウジと俺はただの同級生や」
「でもかわいい言うて真っ先に名前出るんすね」
「ミョウジはかわいいやろ」

 え。それには思わず角名も双子も、それどころか部室にいた全員が固まり北を見る。北は訝しげだが相変わらず涼しい顔をしていて、何事もないように着替え始めた。北さんも女子をかわいいと思う心あるんだ。角名は今日もしれっと失礼なやつである。

「あの人絶対北さんに気ぃありますって!」
「そうですよ! いけますって」
「なんでそうなんねん」
「ミョウジさんですよ!? あんなかわいい人に好きオーラ全開で来られて黙ってる男います!?」
「まあミョウジは俺のこと好きなんやろな」
「ほら!」
「けど俺はそういうの今は考えられんし、好きになってくれたからとりあえず付き合うみたいなの不誠実やと思う」
「ミョウジさんのこと好きなんちゃうんですか!?」
「変なやつやけどおもろいし人として嫌いではないな。けど恋愛として好きかどうかは考えてへん」
「けどかわいい言いましたよね!?」
「かわいいと好きは別やろ」
「じゃあアリかナシかアリ寄りのアリで言うたらどれです!?」
「人をそうやって判断すんの失礼やで」

 だめだ、この人の理論全然わかんねえ。角名の頭の中で宇宙の映像が流れ始めた。角名がそうなのでもちろん双子には理解しかねるし、その場にいた全員が困惑している。北が言っているのは正しいのだろう。女子を自分の好みでアリかナシかで判断するのが失礼なのも、かわいい子に好かれたからといってとりあえず付き合うのは不誠実なのも。だが自分だってミョウジナマエをかわいいと評しているのならば、失礼とか不誠実とか一旦置いてちょっとは異性として意識したりするだろ。ていうかそもそも恋バナで表情ひとつ変えず淡々と持論展開することからしておかしいしちょっとは動揺くらいしろよ。いっそ引いている角名をよそに、さっさと着替え終えた北は「お先」と颯爽と部室を後にする。北の去った部室には未だ動揺が波のように漂っていた。
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