家に帰ってからも散々悶え苦しんだナマエだったが、次の日クラスを訪ねてきたのは北の方だった。今日も今日とて私かわいいなと下ろしたての色つきリップにテンションを上げながら登校すると、自分のクラスの前で北が待っていた。北くん!? なんでおるん!? 昨日のことがフラッシュバックしてしまい、頬に熱が集まりその場で固まってしまう。なんで北くんの周りだけ発光して見えるんやろ、キラキラが見える……遂に幻覚まで見え始め、思わず目を擦っているとナマエに気づいた北が声を掛けてくる。

「おはよう」
「……おはよう」

 そのまま近付いてくるので身を固くする。昨日の今日であかんて、心の準備できてへんのに会話までしたらあかんて死ぬよ私。北は内心大混乱中のナマエの心中など知るよしもないのでごく普通に話しかける。

「きゅうり美味かったで。ありがとう」
「もう食べてくれたん!?」
「俺きゅうりがおやつの男子高校生やから」
「前世カッパなん?」
「かもな」

 北は終始くすりともせず相変わらずの真顔である。北くんて冗談とか言うんや、笑ってええのかわからん謎の緊張感あるな、とか失礼なことを考えていると更に北が続ける。

「ほんでこれ、うちのバァちゃんから」
「……なんで?」
「きゅうりのお礼やて」
「お礼のお礼もらったら意味ないやん!」
「ええからもろて。受け取るまで帰らんし何回でも来るで」
「昨日の再放送や……」

 でも北くんが来てくれるのはうれしいなあ、とへらへら笑うが北は相変わらずスンッとした表情で袋を差し出している。ええからはよ受け取れという無言の圧である。受け取るとこれまたずっしりと重い。中を見るとタッパーが入っている。見てもええ? と伺いを立ててタッパーをぱかりと開けた。

「梅干しやあ」

 タッパーの中には赤く熟れた大粒の梅干しが行儀よく並んでいる。おいしそうやな、と目を輝かせ、ついでによだれまで出てくる。ナマエは思わずひとつ摘まんで口に運んだ。

「すっぱ!」
「ははは」

 あ、また北くん笑った。笑うとへにゃってなるんよな、かわいいな、とナマエの心臓はまたしてもドクンと跳ねる。

「梅干し苦手やない?」
「好きやで! お弁当と一緒に食べんの楽しみやなあ」
「塩分摂りすぎるから全部食うたらあかんよ」
「でもこんなにもろてええの? 北くんのおばあちゃんが大事に漬けた梅干しやのに」
「ええよ、バァちゃん人になんかあげんの好きやし。昨日のきゅうりかてミョウジが大事に育てたきゅうりやろ」
「きゅうりはええよ! 大事に育てすぎて大変なことになってもうたし。見てこれ」

 ナマエは自分のスマホのロックを手早く解除して待ち受け画面を北に見せた。画面を見る北は表情を変えないままである。

「でかいな」
「せやろ、おばけきゅうりや!」

 比較で並べたナマエの顔と腕から推察するに、とんでもない大きさであろうきゅうりを思わずじっと見る。どんな育て方したらこうなるんやろ、という純粋な興味からであったが、「距離が近い!」とナマエが人知れず胸を押さえていることなど露ほども知らない。

「梅干しありがとう、おばあちゃんに美味しかったって言うといて」
「うん」
「北くんおいも好き?」
「好きやけど芋も作っとん?」
「うん! 秋になったら楽しみにしといてな」

 学校で焼き芋できへんかなあ、と続けるナマエに「あかんやろ」とすかさず突っ込む北だったが、子供のような無邪気な笑顔で芋を持ってくるであろうナマエを想像すると少しだけ楽しみになった。
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