採れたてのかぼちゃを大量に籠に入れたナマエが畑から戻った。かぼちゃも作ってみたかったんよな、広い畑最高やな信介くんお嫁にしてくれてありがとう! 煮物にしよかな、天ぷらもええし味噌汁もええな、せや、山田さん(※近所の奥さん)にかぼちゃのお菓子の作り方聞いとこ、山田さんおしゃれなもんいっぱい知っとるんよな〜。ナマエは上機嫌だった。
 ただいまーと玄関を開け、居間続きの台所へ行くと居間に信介がいて目が合う。あれ? いま田んぼにおるんやなかった? 信介は寝ていたのか、髪はボサボサで適当な寝間着姿で寝ぼけ眼で腹を掻いている。なんや珍しいなとナマエは思った。

「信介くんどないしたん? 具合悪いん?」
「んー」
「熱ある!? ちょっと待って!」

 学生時代から体調管理の鬼みたいなあの北信介が!? うそやろ!? 大人になって免疫落ちた!? 信介くんがそうならうちら同世代みんなもう無茶できんな……ナマエはガッカリした。自分はまだ若いと思っていた。
 かぼちゃの入った籠を下ろし、帽子を脱ぐと信介が「あー!?」と声を上げた。今度はなに!? いつも冷静で淡々とした信介のただならぬ様子にナマエの方が青ざめる。

「どないしたん!? 今ので一生分の大声出してもうたやろ!? 死ぬん!?」
「死なんわ! え!? 自分ナマエちゃんやんな!?」
「なに言うてんの!?!?」

 遂には自分の嫁まで忘れたん!? なんで!? うちらまだ新婚やで!?
 動揺を通り越して悲しくなってきたナマエの両肩を信介は掴んだ。

「やっぱりナマエちゃんや〜! 会いたかった〜! 相変わらずかわいいなあ〜!」

 心底うれしそうに強い力で抱き締められる。内臓出るわ! 自分の筋肉自覚せえ! そう思うがナマエとしてもちょっとうれしい。信介はナマエと触れあうとき、いつも紳士的で優しいのだ。大事にされとるな、と思っていたし特に不満もないが、強引な信介くんもなんかええな、とナマエは思う。

「どないしたん? そんな寂しかったん?」

 朝ごはんを食べてそれぞれ信介は田んぼへ稲刈りに、ナマエは畑へかぼちゃを収穫しに行って離れていた時間は数時間ばかりだが、珍しく甘えてきた信介にナマエもデレデレである。しかしイチャイチャしているうちに信介の背後に瞳孔がかっ開いた真顔の信介が立っていることに気がつく。ぎょっとして、思わず抱き着いていた信介を突き飛ばす。

「なんでふたりおるん!?」

 エ? 突き飛ばした方の信介は後ろを振り向くなり青ざめた。静かに殺意を滲ませる真顔の方の信介はというと、青ざめた信介を冷たい目で見ている。

「人の嫁に手出すとはええ度胸やな」
「ナマエちゃんて信介の嫁なん!? 人妻やん! エッロ!」
「おい」

 なにが起こっているのかわからない。信介がふたりいて私と結婚していることを知らん方の信介がおる……? 信介を信介と呼んでいる……? ナマエ は こんらんしているようだ! なのでここはひとつ、ふたりの信介に質問してみることにした。

「はい! わたくしナマエの好きな食べ物はなんでしょーか!」
「あれやろ、どうせ『いちごの乗ったショートケーキ』とかいうんやろ? かわいいなあ」
「梅干しや」
「こっちが本物やー!」

 梅干し、と即答した真顔の方の信介にナマエは抱き着いた。せやな、こっちの信介は周囲の体感温度10℃くらい下げてくる冷ややかさあるもんな! 今も私を目で威嚇してくるもんな!

「って、じゃああんた誰なん!?」
「うそやろナマエちゃん、忘れたんか! 俺のこと! あんなことやこんなことまでしておいて!」
「え、なに、こわい」

 ナマエの記憶であんなことやこんなことをした男は北信介ひとりしかいない。ってことは知らんうちにこっちの方と……?

「待って……信介くん……入れ替わってたとかないよな……」
「ないわ。おい南、その話詳しく聞かせてもらおか」

 南と呼ばれた方の信介がヒクッと凍りつく。南、南……そうしてナマエは思い出した。

「なんや南ちゃんか!」
「やっと思い出してくれたん? うれしいわあ」
「ナマエこいつ知っとるん?」
「高校んとき一回だけ会ってるよ」
「なあナマエちゃーん、あんときの続きしようや〜!」

 南ちゃんの爆弾発言に信介の冷たい目が今度はナマエに向いた。

「誤解や! なんもしてへん!」
「したやろ俺と! 忘れたとは言わせんからな!」
「手繋いでもうただけやろ!」
「なんやねん! さっきはあんなに俺を求めたくせに! 相変わらず思わせぶりな女やな!」
「だって信介くんやと思ったんやもん!」
「俺も信介やって!」
「信介かもしれんけど私の好きな信介やない!」
「ナマエはもう向こう行っとき。あとは俺がこいつシメとくわ」
「ナマエちゃん助けて! 殺される!」

 信介に首根っこを掴まれた南ちゃんが助けを求めてくるがナマエはさっさと台所へ逃げた。採れたてのかぼちゃが私を待ってるねん! しかし居間続きとあってか、会話の内容は普通に聞こえてくる。
 どうやら南ちゃん、時折ふらりと湖を抜け出してはこのように北家の世話になっているようだった。おばあちゃんとしても手のかからないお利口な信介はもちろんかわいいが、このようにワガママで生活力皆無な南ちゃんには母性が沸くようでつい甘やかしてしまうらしい。しかし信介がそれを許すはずもなく、自堕落な南ちゃんを強制労働させてみたりするも南ちゃんはさっさと音を上げるので決して居着くことはないという。それでも一人では生きていけない怠惰の極みみたいな南ちゃんを一応は心配しているようで、困ったら宿と食を提供してやっているらしい。

「どうせ金か飯に困ってるんやろ」
「わかってるなあ、さすが俺」
「一緒にすんな」
「なあ信介〜、五万貸してえや〜」
「返すあてはあるんやろな」
「近々な……でかいヤマがあんねん」
「競馬やろ」
「せや!」
「貸さん」
「なんでや!」

 当たり前やろ! 台所でかぼちゃを切りながら聞いていたナマエは心の中で突っ込んだ。南ちゃんごはん食べてくやろか。晩ごはんの献立を頭の中で組み立てながら、ふたりの会話に聞き耳を立てる。

「返ってこんなら貸さん。けどお前も困ってるやろし金やるわ。返さんでええ」
「ほんまに!? 信介ええとこあるやんけ〜! 結婚して丸くなったんちゃう?」
「その代わりお前に頼みたいことあるんやけど」
「なんや、言うてみい」
「まず明日から朝五時に起きて畑の収穫、終わったら掃除、洗濯、飯食うたら俺と一緒に田んぼ行って終わったら」
「ただの労働やないか!」
「タダでやるとは言うてへんやろ。働かんやつにやる金なんかないわ」
「俺は働かんで金がほしいんや〜!」
「じゃあ金はやれんな」
「もうええわ! 帰る!」

 信介のアホ! 鬼! いけず! 小学生レベルの捨て台詞を吐いて立ち上がった南ちゃんをまっすぐ見上げて、信介は言う。

「飯食っていかんのか」
「適当な女捕まえて食わしてもらうわ!」
「俺と同じ顔して変なことすんな」
「せやで! 信介くんは今や私というかわいい嫁のいる妻帯者やで!」
「しゃあないやろ! 引っ掛かる女が悪いんや! 俺はモテるだけでなんにも悪ない!」
「開き直んな」

 相変わらず最低やな……とナマエは思いながら玄関から出ていった南ちゃんの背中を見送った。

「南ちゃん大丈夫やろか」
「どうにもならんくなったらうち来るやろ。いつものことや。それよりナマエ」

 途端、室内の温度が下がった。残暑厳しいとはいえ秋、縁側からの風通しのよい室内でナマエの背筋が凍りつく。

「南とえらいお楽しみやったな」
「ちゃうもん! 信介くんやと思ったんやもん!」
「俺と南、顔と声しか合ってへんけどわからんもんなんやな」

 わざとらしく落胆してみせた信介にナマエは動揺した。こっちの罪悪感に訴えかけてくるとか怒られるよりキツいんやけど!? ひとりあわあわするナマエに、信介は両腕を広げた。

「……なに?」
「さっきの、俺にはしてくれへんの?」
「……してほしいん?」
「ナマエがいやならええわ」
「いやなわけないやろー!」

 思いっきり真っ正直から飛び込むとしっかり受け止めてくれる。南ちゃんとは違い、やっぱり優しいハグだったがナマエは「やっぱりこっちの方が落ち着くな」と思った。

2024.7.7
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