「え……めっちゃクズ……」

 高校時代の友達の結婚式で、久しぶりに再会した友人たちとお互いの近況の話になった。みんな私が黒尾を好きだったのを知っているので、黒尾と再会してお互い好きだったことが発覚したところまでは大いに盛り上がってくれたけど、その後の私の対応を聞くと結構本気でドン引きされた。挙げ句の果てにクズとまで言われる始末。

「お互い好きでご飯とか飲みには行くのに付き合う気ないって、なまえちょっとひどすぎない!?」
「そうかな……」
「黒尾のこと遊びなの!? メンヘラ製造したいの!?」
「そんなつもりないよ!」

 私としては至って健全な友人関係を保っているだけのつもりだったけど、世間的にはどうやらおかしいらしい。

「でも付き合ってだめになったらもっとつらくない? 私が黒尾のことめっちゃ好きだったの知ってるじゃん」
「知ってるけどさ〜でも高校のときずっと言ってたじゃん。黒尾も絶対なまえのこと好きだよって」
「確かに実際そうだったけども」
「これはないわ……まじで引くわ」

 そんなにか? お互い好き同士な男女が付き合わないってだけでそんなにも引かれるようなことなのか? だって我々社会人だぞ。恋愛より優先すべきことばかり押し付けられて、たった15分で終わる朝ドラだって2ヶ月溜める羽目になるくらい忙殺されてて余裕ないってだけの話なのに。

「なまえが忙しいのはわかる。けどあんなに好きだった黒尾までばっさり切っちゃうのもはやサイコパスなんだけど」
「……そこまで言う?」
「だってありえないじゃん。男女の友情なんてどっちかが恋愛感情抱いてる時点で成立してないからね」
「でも黒尾はそれでもいいって……」
「そう言うしかないじゃん。なまえやばいよ、働きすぎて人間の心失ってるよ」

 あまりにもひどい言われようだ。でもボロクソに言われているうちに確かにそうかもしれないと思い始めてきた。逆の立場だったらつらくて毎晩泣いてたかもしれない。

「私……今まで黒尾にひどいことしてきたかも」
「気づくの遅」

 気づいたからといって、じゃあどうするのかって話なんだけど。今だって毎週末とはいかないけど飲みに行ったり、お互いの会社近くに行ったらランチしたり、そういえばこの前「癒されたい〜」って騒いでたら水族館に連れて行ってくれたし来週映画見に行く約束もしてる。これってほとんど付き合ってるのとなにが違うのか。逆に言えばなんで付き合ってないのかって話になるんだろうけど。
 付き合って変わることはなんだと考える。確かに今以上に色んな面でお互いの距離が近くなることはある。でもそれっていやな面も見えてしまわないだろうか。だめだ最終的にフラれる未来しか見えない。だったら今の、お互いの良い面だけ見せ合って楽しく会ってる方がよくないかという結論に至る。もうクズの思考から抜け出せない。

 考えすぎて私の頭の中に宇宙の映像が浮かび始めてきた頃、新郎新婦のプロフィールムービーが始まった。新婦とは言わずもがな高校3年間同じクラスで仲がよくて、新郎は中学の同級生だったからよく恋路に協力させられた。高校の頃は「なまえを通してしかアプローチできない意気地無し興味ない」とか言ってたのに、結婚まで漕ぎ着けた新郎の執念恐るべし。
 ふたりの出会いは高校生の頃、新郎による一目惚れでしたというナレーションと一緒に、高校時代の懐かしい写真がいくつも流れていく。当たり前だけど若いなと微笑ましく見ているうちに、脳裏に焼き付いている高校時代の記憶が呼び覚まされる。まるで頭の中だけタイムスリップしているようで、その記憶にいる黒尾の姿に心臓がぎゅっと締め付けられた。

 でかくて怖そうだなと思ってたのに、話してみたら想像以上におもしろかったので仲良くなったこと。色んなこと考えてそうでただのバレー馬鹿なとこ。特に意味のない話をいきなり始めるとこ。人の神経を逆撫でして楽しんでるくせに時々さりげない優しさを見せるとこ。そういう黒尾を3年間ずっと好きだった。
 卒業式の日に「もう会えなくなるんだな」って泣いたこと。卒業してからも「今どうしてんのかな」って時々思い出してたこと。いつの間にか思い出すこともなくなって、気づけばなんにも面白味のない日々をただ消化していたこと。再会してからは、ちょっとずつ日常に色を取り戻してきていること。

 私は今も黒尾が好きだ。今の黒尾も好きだ。どうしようもないくらい好きだから、失いたくなくて現状維持に甘んじている。恋愛の行き着く先が別れか結婚の二択しかないなら、別れるのもいやだし結婚はピンと来ない。他人の結婚は幸せそうだなって素直に祝えるのに、そのビジョンに自分の姿が重ならない。どちらも選べないから今のままがいいと思っていた。今後のことは考えなくていいと言った黒尾の言葉を真に受けた。
 でももしこのまま向き合わないまま、また黒尾と会えなくなることがあったらそれこそ一生物の後悔をすることにならないだろうか。黒尾がいつまでもどちらつかずの私から離れていかない保証もない。むしろこんなクズ、早々に縁を切られても文句は言えない。私だって今の私みたいな中途半端なやつ嫌いだ。大人だからと言い訳ばっかりして、全部悟ってるふりをして臆病な自分からも好きな人の気持ちからも逃げ続けている私のことが嫌いだ。自分が傷つきたくないからって人を傷つけているかもしれないことに微塵も気づかないなんて最低にもほどがある。客観的に見て黒尾はさっさとこんなクズ見捨てた方がいい。
 けど見捨てられたくないと願う自分がいる。具体的にどうしたいか答えは出なくても、これからも黒尾とくだらない話をして笑っていたいと思う自分がいる。私が一番守りたいのは本当はそれで、今の私のままでは絶対に守りきれない。それだけは確かだ。

 黒尾とちゃんと話そう。
 その後も結婚式を楽しみつつしっかり余興もやり遂げたものの、無理やり並ばされたブーケトスでちゃっかりブーケを受け取ってしまい微妙な気持ちになったりもしながら、式が終わって友人と別れてすぐに「会いたい」と黒尾に連絡した。
back
- ナノ -