それからもお互いの近況とか思い出話とかくだらない話に花が咲いて、結局日付が変わる頃まで飲み明かした。火照った頬を夜風が撫でるのが心地いい。

「久しぶりにこんな飲んだー」
「だから飲みすぎんなっつったろ」
「とか言いつつ最後の方黒尾が飲ませてきてたよね」
「悪い。なんかテンション上がりすぎた」

 どっちがうまく瓶ビールを注げるかで結局4、5本くらいは空けている。お酒が入っていたとはいえ、私だけが楽しいわけではなかったのだと思うと安心した。
 きっともう会うことはないだろう。最後にこうして楽しく飲めてよかった。さよなら私の青春。

「帰るぞ」
「うん。じゃあね」
「なに言ってんだ酔っ払い。送ってくに決まってんだろ」
「大丈夫大丈夫。うち近いの」
「そういう問題じゃねえ。ほら、家どこだ」
「ほんとに大丈夫だってば。終電行っちゃうよ」
「いやうちもこの辺」
「ご近所かい」
「そ。つうわけで俺にかっこつけさせろ」

 黒尾は基本的に嫌味言ってきたりして男友達と同じように私に接してくるのに、こうして時々さりげなく女の子扱いしてくる。そういうところが好きだけど嫌いだ。勘違いさせないでほしい。

「……黒尾がかっこよくなかったことなんか一度もないよ」
「……は?」

 つい本音がぽろりと溢れた。生涯言うつもりのなかったその一言は、喧騒に紛れるくらい小さな声だったと思う。黒尾が聞き返してきたのは、聞こえなかったからなのか私の真意を知りたかったからなのかはわからないけれど、これ以上一緒にいたら本格的にぼろが出そう。

「なんでもない、じゃあね、元気でね」
「あ! 待てって」
「もうやだ着いてこないで」
「お前の地雷謎すぎんだろ」
「黒尾の存在が地雷」
「どんだけ俺のこと嫌いなんだよ」
「違う! 逆! 好き!」
「……は!?」

 勢いで言ったあとに我に返る。なにしてんだ酔っ払い。別に今それ言わなくてもよくなかったか。自分でもびっくりして思わず振り返ると、ぽかーんとした顔で黒尾がこちらを見ていた。暗くてよくわからないけど、なんか顔赤くない? まあ黒尾も結構飲んでたしな。それとは対照的に、私は今酔いも醒めるくらい血の気の引いた顔をしているに違いない。

「……ごめん今のなし」
「は?」
「お願い忘れて、間違えた」
「は?」
「じゃあね、おやすみ!」
「おい!」

 逃げ出そうとするも手首を掴まれる。黒尾の手のひらが異常に熱い。お店の中では「黒尾って飲んでも顔色変わらないタイプなんだな」とか思ってたのに全然そんなことなかった。……と鈍感なふりをできるほど私も子供ではなくて、しっかり大人になっているので黒尾が照れているのだとわかっている。だからこそ逃げたい。逃げたいのに黒尾がそれを許してくれない。なのに黒尾はなにも言わないし、私は私で黒尾を見れない。これ今なんの時間なの。

「ごめん、言うつもりなかった」
「……なんで?」
「なんで!?」

 思わず振り返って黒尾を見る。相変わらず頬は赤みを差しているけれど、思ったより真剣な顔をしていた。笑って茶化されたらそれはそれで悲しいけど、適当に聞き流してほしかったと思わないでもない。この際爆弾発言をかました自分のことは棚に上げておきたい。

「つうか、その、好きってどういう……」
「どういうとは」
「色々あんだろ。友達としてとか人としてとか男としてとか」
「言わせんの?」
「……まじのやつ?」
「……」
「いつからだ」
「……高1」

 なんでだよ、高校時代は言わずにいられたのになんで今。この想いは墓場まで持っていくって涙を飲んだ無垢で健気な高3の私の決意を無駄にするなよ。お酒って怖い。もう一生飲まない。

「こんなこと急に言われても困るでしょ。別に私も黒尾とどうにかなりたいとか思ってないし忘れていいよ」

 黒尾がなんだかんだで優しいことを私は知っている。そういうところも好きだった。高校の頃だって、本当は何度黒尾に好きだって言いそうになったかわからない。その度になんかうまいこと傷つけないような言い方で振られるんだろうな、気を遣わせるんだろうな、ずっとこのまま仲のいいクラスメートでいられればそれでいいのになって何度も思ったから結局言わなかった。傷つきたくなかっただけと言われればそれまでだけど、逆に言えば誰が好き好んで傷つきたいというのだろう。だから私は自分の決意を弱虫だとか情けないだとかは思わない。むしろお酒が入ったからといってうっかり言っちゃった今の私の方が死にたくなるほど情けない。

「……あのさあ」
「やめてなにも言わないで」
「なんでだよ、聞けよ」
「いやだ聞きたくない」

 高校3年間、ずっと好きだった。付き合ってなかったけど私の人生で一番好きな人だった。その黒尾から振られたらたぶんもう生きていけない。だから言わなかった。言えなかったのに。明日が休みで本当によかった。ついでに今お酒を飲んでいてよかったかもしれない。数年越しに好きな人から振られるこの状況に素面で耐えられる気がしない。この状況を生み出したのが紛れもなく酔っ払った自分による失言だとしても。
 そう覚悟していたのに。
 大きく息を吐いた黒尾が言った言葉は、私にとってあまりにも都合がよすぎて耳を疑ってしまった。

「……俺も、お前のこと好きだったんだけど」

 はあ!?
 びっくりした私の叫びが深夜の繁華街に響き渡る。照れ臭そうに目を逸らせたり合わせたりする黒尾の様子がにわかに信じがたくて、私は遂に自分の頭がおかしくなってしまったのかもしれないと思った。
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