週明けすぐに全校集会が開かれた。週末にあった事件のこと、俺は今日も二年生の列にいて、様子を眺めていた。気まずさからか、はたまた退屈からかはわからないけどみんな俯いていて、なまえちゃんもじっと膝を抱えて生徒指導部の話を聞いていた。当事者たちの顔は正直よく覚えていない、まして後ろ姿しか見えないこの状況では、あの日のやつらが今どんな顔をしているかなんて俺にはわからない。
でも、なんてことをしでかしてしまったのか、それくらい、分別のつく年頃の高校生ならわかるだろう。わかってほしいとも思う。そしてそれはなにもあの日の話だけに限らないのだと、気がついているといいと思った。



「どういうことですか」

昼休み。俺と辻ちゃんは目撃者として職員室に出頭するよう命じられた。詳しい状況や主犯格、学校側としても把握しておく義務がある。辻ちゃんをクラスまで迎えに行って、並んで歩きだすなり辻ちゃんは不機嫌そうに訊ねてきた。

「トイレには誰もいなかったって言ってましたよね?」
「それは俺の詰めアマだね、ごめん」

任務のあとのことは俺と二宮さんしか知らない。だからまさかあのあと、こんなことになっていたなんて辻ちゃんにとってはまさに寝耳に水。辻ちゃんには全く責任がない。だけどあの子達が二年の子だってわかったのは辻ちゃんのおかげでもあるから、こうして二人まとめて呼び出されているわけだ。

「辻ちゃんあの子達の名前わかるの?」
「……」
「だと思った」

そうじゃないかとは思ったけどまさかのビンゴ。ここは先輩である俺が辻ちゃんのことも守ってやろう。そもそもあの日あの場にいた子達だけが悪いわけじゃない、元を辿ればあんなことを平気でやってもいいのだと認識づけさせる環境が悪いのだ。その環境に気がつかず放置した大人にももちろん責任はある、と俺は思う。卒業間近の怖いもの知らずでもなければ教師に向かってこんな大口、俺しか叩けない。

「悪い方に転ばなきゃいいんだけど」

ぽつりと呟いてみれば辻ちゃんは不思議そうに俺を見た。
これに懲りて平和になってくれるのが一番いいけれど、実際そううまく事は運ばないだろう。最悪の状況を考えてみる。今まで大人しくやられっぱなしになっていたあの子が大人にチクったと勘違いして逆恨みでもされたらたまったもんじゃない。実際は俺があの子を見つけて二宮さんに頼って、見かねた二宮さんがボーダーの上層部に事実を報告しただけ。そしてボーダーから学校へと注意がいっただけなのだが、あの子達がそこまで冷静に考えられたらそもそもあんな状況にはなっていないだろう。不安で仕方がないので早く切り上げてあの子のところへ行ってあげたいのは山々だけど、教師に根掘り葉掘り聞かれることは間違いない。昼食も摂らずに職員室へと出向いている俺はどんだけあの子が心配で仕方がないのだろうと自嘲していると、窓の外をなにかが落下していくのが横目で見えた。そしてすぐあとに、地面になにかが叩きつけられる音。

「今の音なに、なんか落ちてったよね」

俺と辻ちゃんは顔を見合わせて、すぐさま窓に駆け寄った。今しがた落ちていったものの正体であろうお弁当箱が、ミニトマトやらたまごやきやらタコさんウインナーやら色とりどりに中身を無惨にぶちまけている。悪い予感が背筋を這い上がる。この上の階はだって。

「……辻ちゃん、職員室行って誰でもいいから先生呼んできて」

辻ちゃんにそう言いつけるなり俺は今来た道を引き返して走り出していた。

初めてあの子と出会った日を思い出した。あの日、教室を訪ねると彼女の机は蹴られ、ペンケースが落下して、中身を無惨に吐き出していた。
最悪の予想は的中してしまった。俺にも迅さんみたいなサイドエフェクトがあるのかな、なんて場違いに考えてみたけれど今は全然笑えないし嬉しくもない。だけど確かめずにはいられない。悪い予感は確信にも近い。

彼女のクラスの教室に駆け込めば、そこは水を打ったように静かだった。そして空気は張り詰めている。お弁当を窓から投げ落とされたのはやっぱりなまえちゃんだったらしい、かわいい包みと箸箱だけが彼女の机に乗っていた。そして彼女は窓際で、呆然と立ち尽くしている。その周りを何人かの生徒が囲んでいて、俺からは彼女の表情は見えなかった。

「なにチクってんだよ」

生徒の一人が口を開く。それがきっかけとなって、なまえちゃんの髪を引っ掴んだり机が蹴られたり椅子が蹴られたり。それでもあの子は俯いて黙っていた。

だから言わんこっちゃない。俺は二宮さんのしたことが間違っているとは思わない。ボーダー隊員として職務を全うしただけのこと、そして上層部がしたことも間違ってない。朝の全校集会だって、普通の神経を持ち合わせていたなら逆ギレするより先に反省するのが当たり前だ。
でもそうじゃなかった。人権を無視したいじめなんてことを平気でやってしまうこの子達は普通じゃなかった。

「はーいそこまでー」

怒髪天むかっ腹立ちながらも努めて明るく振る舞って、彼女を取り囲む輪の中に割り込む。俺が話に入ってきたことでぎょっとしたのか、何人かの生徒は後ずさった。

「チャラ暇は引っ込んでろ」

何人かは後ずさってもまあ図太い神経の輩はいるもので、俺に怯むこともなく歯向かってくる。俺はなまえちゃんを庇うように彼女の前に立ちふさがった。
君たちが変な子だと思っているこの子には、ちゃんと心があるんだよ。殴られれば痛くて泣くし頭から水を掛けられれば世話になっている親戚に顔向けできないくらい惨めで悔しくてたまらなくなる、どこにでもいる普通の女の子なんだよ。なんでそれをわかってくれないんだろう、途端にこのクラスの全員が哀れに思えてきた。

「君たちが言う通り俺はチャラくて暇でクソみたいな正義感を振りかざすやつだけど仮にも一年長く生きてる先輩だからさ、こんな恥ずかしいことしてる君たち見てると可哀想になるんだよ」
「てめえに関係ねえだろ」
「いやあるね」

関係ない?笑わせるなよ。この子にごみを投げられてもなお庇い続ける俺に変なあだ名をつけることで平静を保とうとするくらいには、俺にビビっているくせに。

「学校にチクったのは俺だよ。俺ボーダーだからクソみたいな正義感が疼いちゃってつい」

先輩、と小さな声が背中に聞こえた。あっけらかんと言ってのけた俺に面食らったらしい、彼女が息を飲んだのがわかった。

「こないだこの子を閉じ込めたやつこの中にいるよね?そのとき俺のこと見てるでしょ?俺が嘘言ってないのわかるよね?」
「……」
「だからこの子がチクったわけじゃない、責めるのはお門違いだよ」

本当は俺がチクったわけでもないけど、正論や事の顛末を突きつけたところで状況が変わるとは思えない。だけど庇ったわけじゃない。

「ねえ、さっきこの子にしたようなこと俺にもしてみてよ。俺のことも気に入らないんでしょ?」

本当は喚装体じゃないから痛いこととかされたくないけど、俺はこのレベル1の勇者を支えるカンスト僧侶だからそれくらい甘んじてやろう。だけど誰一人として俺に殴りかかってくるやつなんていなかった。それがなぜなのか、答えは簡単だ。

「他のやつにしちゃいけないことをこの子にしてるって自覚、ほんとはあるんじゃないの」

そう言うと再び教室内は静まり返った。誰一人として口を開こうとはしない、それこそが答えであり肯定に他ならない。

この子だからなにをしてもいい、なんて、どこまでも傲慢で自分勝手な理屈だ。なにも言えずに押し黙るD組のやつらに灸を据えることはできたかな、とほっと一息吐くとタイミングよく辻ちゃんが生徒指導部の先生を連れてきた。学校で一番怖い先生を連れてくるあたり辻ちゃんもやるなと感心していると、なぜか矛先がまず俺に向く。

「犬飼、お前三年だろ。こんなところでなにしてる」
「えー、先生ひどくない?俺もうちょっとで殴られるとこだったんだよ?」
「とにかく全員席につけ」
「俺も!?」
「お前も関係あるんだろ、その辺に正座してていいからいろ」
「俺悪いことしてないのに正座!?」

蹴り倒されたなまえちゃんの机と椅子を直してやると、あの日とは違ってちゃんと「ありがとうございます」が聞こえてきた。

2016.08.20

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