恋と鉄は熱いうちに打て

 予想以上に近い距離にうろたえる俺などお構いなく、ぱっちりとした大きな目でこちらを見つめ首を傾げる仕草たるやあざといことこの上ないとわかっていながら、情けないことに俺は目の前の愛らしい生き物に簡単に心を掴まれている。

「この子、この子です! こないだの写真の!」

 みょうじなまえが指した指を不思議そうに見つめながら、更にグイグイ距離を詰めてくるフクロウの強引さに俺は思わず怖じ気づく。物怖じしないのか、フクロウも、みょうじなまえも。一人と一匹の様子を眺めながら、気分が高揚しているのを実感する。要するに、俺はこの空間にすっかり絆されている。

「この子かわいいですよね、私のお気に入りはあっちのメンフクロウなんですけど」

 あっちへ行きこっちへ行き。俺とみょうじなまえが移動すると、黒目がちの大きな目の視線たちも着いてくる。視線に気づくと思わず立ち止まってしまうくらいのかわいさに目が回りそうになった。

 みょうじなまえとフクロウカフェに行く約束をしたのは一昨日の夜だった。

 あのあとも、お互いにその日あったことやくだらない話でやり取りは毎日続いた。その日食べたものや見ているテレビの話、俺が飼っているオウムの話なんかをして、みょうじなまえとのそういうやり取りを俺なりに楽しんでいた。

〈いいなあ、私もなにか飼いたいです〉
〈飼うとしたら?〉
〈悩みますね〜!〉

 みょうじなまえの文章は日に日に砕けていき、時々送ってくる絵文字やスタンプのかわいらしさに目が眩みそうになる。普段やり取りするとしたら屈強な自衛官たちか家族くらいのもので、今時の女子というのはこんなにかわいらしい文章を送ってくるものなのかと毎度毎度目から鱗が落ちる。それにしても、稀に送ってくるハートマークだけは心臓に悪いので勘弁してほしい。あんなのは軽いテロ行為に近いと自覚してもらいたい。
 そんな無自覚テロリストみょうじなまえから〈この前フクロウカフェ行ってから今はフクロウがアツいです!〉と文章と共に送られてきたフクロウの画像たちは、俺の心をがっちりと掴んだ。

〈俺もフクロウのかわいさに目覚めそう〉
〈目覚めましょう! ぜひ!〉

 みょうじなまえはテロリストのようにフクロウの画像を何枚も送りつけてきた。どんだけ撮ってきたんだ、というくらい、そしてみょうじなまえの押すシャッターに収まるフクロウたちはどいつもこいつも皆かわいらしいやつらばかりだった。
 だからあのメッセージを送信したのは、半分みょうじなまえのせいだと俺は思う。

〈俺もフクロウカフェ行ってみたいです〉
〈ぜひ! 行ってみてください! おすすめのお店何件かあるんで〉
〈連れてってください〉

 成り行きとはいえ勢いでみょうじなまえを誘ったものの、それまでテンポよく続いていたやり取りがその瞬間突然止まった。迷惑だっただろうか、調子に乗りすぎただろうかなどと考えあぐねたものの、みょうじなまえから数分遅れで了承をもらい今日に至る。出会ってから二週間ぶりの再会しかも今度は二人きりなどこれ如何に。不安に思いながら待ち合わせ場所に行くと、みょうじなまえは先に待っていて俺を見つけると笑顔で会釈してきた。この前とは違いシンプルながら小綺麗な服装をしていて、少しだけドキッとしたことなど当の本人は知る由もないだろう。細いヒールを履いたみょうじなまえはキャンプ場で隣に並んだときよりも視線が近く、俺はろくに彼女の顔を見れないままフクロウカフェに着いたのだった。

 それにしても。

「この子かわいいんですよね〜、あ。肩に乗せてくれるみたいですよ!」

 みょうじなまえはこんなに饒舌なやつだっただろうか、とフクロウに夢中な華奢な背中を見ながら思う。初対面のときとは違い、きゃっきゃきゃっきゃとはしゃいでいる。本当に動物が好きなんだろうと思うと微笑ましくて仕方がない。

「足が! がしって!」

 細い肩にフクロウを乗せられたみょうじなまえは、鳥の足に慣れていないためくすぐったいのか身を捩る。その間もずっと楽しげに笑っていて、ついスマホを掲げシャッターを押す。

「私いま絶対変な顔してた!」
「(してない、大丈夫)」
「やだほんとうにやだ! お願いだから消してください」

 喉元で笑いが込み上げてくるのを自覚してフクロウの頭を撫でる。
 ここに来るまで感じていた不安は杞憂に終わり、楽しいなと純粋に思った。それはフクロウが、この空間がそうさせるのか、それとも一緒にいるのがみょうじなまえだからなのか。ぼんやり考えながら、オウムとは違うふわふわとした毛並みを指の背で撫でているとスマホのシャッター音がすぐそばで鳴る。そちらに目をやると、スマホを構えたみょうじなまえが楽しげに笑っていた。

「さっきのお返しです」

 悪戯が成功した子供のような笑みに呆れながらも、こんな時間を悪くないと思っている自分がいる。
 みょうじなまえのスマホにばっちり映った横顔の自分は、思った以上に優しい目をしていた。
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