彼女は私の親友だった。人より少しだけ口が過ぎる私の隣にいて、いつもニコニコ笑っているあの子が私は好きだった。たぶん、今も昔もこれからも友人と呼べる存在は彼女しかいないだろう。

「ボーダーって危なくないの?」

 テレビの中の“嵐山隊”は、大きな真白い生物相手に闘っている。鈍そうな短くて太い足、でっぷりとしたお腹の生き物は私も一度だけ目の当たりにしたことがある。

「トリオン体だから死なないよ」

 口元に薄い笑みを貼り付けた彼女は、ゆったりとした口調で私を諭す。トリオン体。聞き慣れない単語に首を傾げると彼女は言葉を選びながら私に聞かせてくれた。

「闘っているときは体が無敵な状態なんだけど、やられそうになったら本部に強制的に体が戻されるの」
「よくわかんないや。なんか話聞いてるだけだと映画みたい」

 彼女は私と違って非現実的なことを日常として、生業としている。今思えば、私に彼女が理解できるはずもなかった。

 理解することはできなくても、私は彼女が大事だった。だからボーダー隊員として日々防衛に当たる彼女が、いつか還らぬ人になってしまうことが怖かったのだ。だって彼女はいつものようにへらへら笑いながら死んでいきそうだったから。

「大丈夫、死にはしないよ」

 今になってみるとわかる。彼女は私に「死にはしない」とは言ってくれたけれど、「いなくなったりしない」とは言ってくれなかった。だからこんな風にある日突然行方を眩ませたとしても、彼女が一切の罪悪感を持ち合わせていなかったとて糾弾する資格は私にはない。そんなことを彼女に約束させなかった過去の私が悪い。



「いなくなっちゃったね」

 へらり、彼女とは違って完成された笑顔で彼は笑う。彼の笑顔はきっともう完璧に表情筋を構築しきっている。それ以外の表情なんてできないんじゃないかっていうくらい。

「なんか聞いてない?親友だったろ」

 親友ってなんだろう。いつも一緒にいるだけで親友と呼べるのだろうか。彼女が抱えていたものすら知らずに、私は彼女の親友だなんて呼べるのだろうか。私には彼女以外の友人なんていないからわからない。だけど彼女のことを思い出しては声にならない言葉が溢れたがっているから、やっぱり私にとって彼女はかけがえのない存在だったのだと思い知る。彼女にとっての私は、なんにも言わずに姿を消せるくらいの関係性だったとしても。

「無理しなくていいよ、知らないなら知らないでいいから」

 私はそのとき、恐ろしいくらいに優しくて、でも投げやりにも聞こえる言葉と完璧に作り込まれた笑顔の裏に彼の本心を見た。彼だって本当は、知りたくない。知りたくなかったんだと思う。例え私がなにかを知っていたとしても。だけど知らなければいけない、共有しなければいけないという義務も感じていて、だけどそれらから逃げたくて私を誘導したのだろう。だけど生憎私はなんにも知り得なくて、彼と私はなにも知らない者同士のまま彼女のことを知りたいという欲求と現実から目を逸らしたい弱さの真ん中で立ち竦むしかできない。

「私って頼りないかな」
「友達には言えなかったんじゃない?だから気にする必要ないよ」

 彼の言葉は私をやわらかく包み込むつもりが、なんの悪意もない鋭利さをもって傷つけた。“ただの友達”と言われているようで、私にはその“ただの友達”を作ることがとてつもなく難しいことなのに、彼女といた時間までもが薄っぺらいもののような気がして、どうしようもない孤独を感じたのだ。

「友達って呆気ないね」
「そうかもね」
「なんかもっと気の利いたこと言えないの」
「チームメイトがいなくなって連帯責任負わされた俺が言えると思う?」

 そっちこそ慰めてよ、なんてからからと声を上げて笑う彼はどこまでも残酷な人に見えた。そして途方に暮れそうなほどの哀愁すらもその背に感じる。彼はそのどれもを隠し通すためだけに、自衛と他者を安心させるために笑うということを身に付けた人なのだと思った。

 可哀想な人なのだと思った。それは彼も、そして私も。

 本心を隠して笑う彼と、本心を隠すことを知らずに無意識に人を傷つけてしまう私が、共通の知り合いを失った。関係性は違えど大切に思う同じ気持ちを持て余して。どうして彼が笑っていられるのか、底冷えするような末恐ろしい疑問の答えはとても哀しい理由だと気がついてしまった。

 その夜、誰かにすがりたがった私たちはお互いを求めた。泣きたい気持ちだけは隠しながら、それでも私は彼を抱き締めたいと思った。だからこそ抱き締めたいと思ったのかもしれない。或いはそれは彼も同じだったのかもしれない。息をすることすらも忘れてしまうほど優しい腕の中で、私は彼女のことをその瞬間だけは忘れられたのだ。

2016.01.14
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