携帯の振動音が部屋に響く。ディスプレイには最近新しく追加された彼の名前が表示されている。

男子からのメッセージにすぐに返信するか否か、女子の間では密かに盛り上がりを見せる話題である。焦らすくらいがちょうどいいとはよく言うけれど、私とやりとりをしている彼はいつもとても真摯的で、そんな彼に対してそんな駆け引きをするのはどうにも心が痛むのですぐにメッセージを確認した。

〈夜遅くにすみません。今任務終わりました〉

味気も素っ気もない文章の最後に添えられたよくわからない顔をした絵文字で、彼が普段絵文字を使わないことなんてすぐにわかった。使い慣れていないなりに「文面から怒っていると思われないように」と悩み抜いた末の努力が窺える。いつものように真面目な顔をしてこの絵文字を選んだ彼を想像すると、途端に愛しさが込み上げてきた。

〈お疲れさま、ゆっくり休んでね〉
〈ありがとうございます。おやすみなさい〉
〈おやすみ〜〉

私も負けじと普段使わないような絵文字を選んで送ると、今度は眠っている顔の絵文字が返ってくる。短文とは言えど少し間が空くのは、彼がゆっくり丁寧に文と絵文字を選んでくれているのが伝わってくるので少しも苦には思わない。

顔を見ての会話はぎこちない彼だけれども、こうした間接的なやりとりだときちんと会話は成立する。話が弾むかと言えばそうでもないような気がするけれど、慣れるまで、お互いを知っていくために今は必要不可欠な連絡ツールである。

日付を跨ごうとしている時刻。平日の夜。きっと彼は本当に寝てしまっただろう。どれだけ眺めたってそれ以上ビタ1文字たりとも浮かんできやしないのに、何度も何度もメッセージ画面を眺めていた。私もそろそろ寝ようかな、と画面をオフにしようとしたとき、手のひらの中で携帯が震えた。

〈度々すみません、起きてますか?〉

今日はもうそれ以上浮かんでこないと思った画面にまた1つ追加された、絵文字のない文面に目が釘付けになる。彼と連絡を取り合って何日か経ってわかったことは、彼の生活はボーダー隊員であるということを差し引いても規則的で、普段ならこの時間に返信が来ることはないということである。
なにかあったのだろうか。彼にしては珍しい行動と、ある意味彼らしい簡素な文面を不思議に思いながら、画面に指を走らせる。

〈起きてるよ〜、どした?〉
〈明日の放課後空いてますか?〉

すぐに返ってきたメッセージに、どきりと心臓が跳ねた。期待するなという方が無理だ。あれ以来、犬飼目当てに彼が教室を訪ねてくることはあってもゆっくり会話することはなかった。空いているという旨を返信すると、少し間を置いて返事が来た。

〈一緒に帰りませんか〉

そんなこと、わざわざ前日に聞くあたり本当に真面目な子だな、と頬が緩んでいく。明日はボーダーの仕事はないのだろう、当日に誘われたって断るはずないのに、と思わず苦笑が漏れる。親指を立てた絵文字だけを送ってみる。

〈ありがとうございます。明日迎えに行きます〉

忘れた頃にやってくる、文末に添えられた不思議なチョイスの絵文字に今度こそ耐えきれなくて枕に顔を埋めた。忘れていたならそのまま忘れていてくれたままでもよかったのに、彼の律儀さに心が締め付けられていく。多少文面がぶっきらぼうでも、そんなこと全然気にしないのに。明日それも話してみようかな、と早速明日を楽しみにしている自分がいる。

〈待ってるね〉

もう遅いから本当に寝よう、と締め括るとそれきり返信は来なかった。

さっきの一言を伝えたくて彼は眠れなかったのだろうかと思うと、彼が自分をちゃんと好きでいてくれているという実感で胸がじんわりと温かくなってくる。規則正しい彼は今度こそ眠っているだろう。私もそろそろ眠りにつこうと目を閉じた。

2016.02.25

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