「もしかして辻ちゃん?」

5限目が終わった休み時間、こそっと問うてきた犬飼の一言で思わずびくりと大きく肩が揺れた。

「は!?なに急に」
「あー、図星」

やっぱり、と犬飼は口元に笑みを浮かべる。見透かすような笑顔がやけに腹立たしい。

「だって俺見ちゃったもん」
「は!?」

思わず顔に熱が集まっていく。だって、あんな、あんなこと言われたのを見られていただなんて、しかもよりにもよって共通の知り合いであるこの男。辻くんと私の両方をよく知るこの男としてはおもしろくて仕方ないだろうけれど当事者としては冗談じゃない。唇をわなわなと震わせていると、犬飼はにんまりと口角を上げる。

「まあ見たっても去っていく辻ちゃんをぼーっと見てる間抜けな後ろ姿だけど」

さてはこいつ、かまをかけたのか。私の反応を見て楽しそうに笑っている。本当に、どこまでも趣味の悪い男だ。机に頬杖をつき「なに話してたのかなー?」と意地の悪い顔で私の様子を窺っている。

「なになに、辻ちゃんに告られた?」
「うるさい頼むからどっか行って」
「え、マジで?」
「誘導尋問やめて」
「うわーマジか、辻ちゃんやること極端だな」

犬飼の言葉には全力で同意したいところだけれど、改めて他人から言われると頭の中がパニックになってとても平静なんて保っていられない。先程のことを思い出して顔に熱が集まっていく。思わず机に突っ伏したけれど、犬飼は楽しげに追撃してくる。さすがにもう勘弁してほしい。

「で?なんて返事したの?」
「……してない」
「え?」
「してない」

自分の腕の間からちらりと目線だけ犬飼へ寄越すと、それを聞いた彼は僅かに口元をひきつらせた。

「なにしちゃってんの、辻ちゃんシャイなんだから今より女の子怖くなったらどうすんの」
「だって本気か聞く前に辻くん行っちゃったんだもん」
「え?辻ちゃんまさかの言い逃げ?」

あの硬派いっぺんとうを地でいく彼にとってはとても勇気がいったのだと思う。それはわかってあげたい。わかってあげたいのだけれども、言い逃げされた側としてはどうすればよいのかわからないのも本音。例えるなら言葉のキャッチボールをしていたはずなのに相手がバットに持ち変えてホームランを打たれてしまったような。スタンドまで球を運ばれてしまったらもうキャッチボールなんて成立しなくなる。

「付き合えばいいじゃん」
「辻くんをそんな目で見たことないよ」

私だって辻くんが女子に免疫がないのは知っていて、怖がらせるのもどうかと思い今まで不必要に声をかけることはなかったし彼から返ってくる言葉も素っ気ないものだった。ただ、ふとした拍子に彼と目が合えばなるべく笑って会釈はしていたのである。勿論彼の方からすぐに視線を逸らすけれど、それでも彼も丁寧に会釈を返してくれるのでそれだけでよいとも思っていた。そういう小さな積み重ねによって彼の女子への耐性がついたらいいな、とは思っていたけれども。そこに深い意味はなかったけれど、思えば彼の方から目が合うことが多くなってきたような気もする。つまり不器用であろう彼の小さな変化に私がもっと早く気がついていればよかったのだ。そうしたら少しくらい心の準備はできていたはずだ。

「女の子が苦手だからって好きな人がいないとは限らないよ」
「そうなんだけどさ」

言い分はわかる、だけどそれにしてもあまりに突然すぎる。彼が私のことを好き、という事実がどうにも飲み込めなかった。私とて疑っているわけではないけれど、今までの彼の態度と自分達の関係性からはやっぱりとても結び付かないのだ。

「なにをそんなに悩んでるわけ?失恋ほやほやフリーでしょ」
「そういう問題?」
「まあ女慣れしてないし不器用ではあるけど辻ちゃん優しいよ」
「それはそうだろうけど」
「誰かさんの元カレと違って浮気とかしないと思うし」
「なんでそうやって人の傷抉るかな」
「辻ちゃんよろしくって言ってんの」

始業のチャイムが鳴り響く。そこで犬飼との会話は切り上げられたけれど、授業が始まってもぼんやりと辻くんのことを考え込んでいた。そして1つ、決断を自らに下す。早く授業が終わればよいと思った。

2016.01.18

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