カウントダウン 01

「やだ、気味悪いわね」

 手紙が届いた次の日、神鷹は早速スタッフである紅印に相談をした。基本的に自分のことは自分で対処する質ではあるが、今回の件は一人で解決するにはあまりにも気味が悪く、手がかりが少なすぎて途方に暮れる。更に言えば今回はあくまで“サイレンスの樹”としての被害である。万が一自分の属するバンドに迷惑がかかる前に、誰かしらに相談しておくべきであると神鷹は思った。こういう場合の適任は誰であるか考えたとき、神鷹の脳裏に真っ先に浮かんだのは紅印だった。

「物販は影州に任せるとして、あたしもお客さんのことよく見てみるけどあなた、本当に心当たりないのよね?」

 神鷹がこくりと頷くと、紅印は姿勢を正した。控えめに咳払いをしたのち、切り出す。

「今回の件と直接関係なさそうでもいいの。あたしとしても情報は多いに越したことがないから。女関係とか、あたしに言っておくこと本当にない?」

 紅印の言葉に、神鷹の心臓がどきりと跳ねた。紅印の瞳をまっすぐに見る。その目は探るように神鷹を見ていた。

「誤解しないで、咎めたいわけじゃないのよ。ただ」

 言い淀む紅印の様子に「今回の件はもしかしたら身から出た錆なんじゃない?」とでも言いたいのか、と神鷹は推測を立てる。同時に、うまく隠しているつもりでいても紅印には敵わないことを悟る。

 神鷹が紅印や影州、バンドのメンバーである霧咲や司馬、その誰にも言っていないこと。それは女関係の派手さであった。

 バンドマンというのはいつの時代もモテるもので、それは神鷹も例外ではなかった。バンドを始める前である高校三年間、そしてまだサイレンスの動員が数人の身内しかおらず神鷹が自衛官であった思春期の只中を、神鷹は女っ気ひとつない男所帯で過ごしている。その反動が今だった。

 女達から向けられる好意に、最初は神鷹も疑問に思い戸惑った。かっこいい、イケメン、まじタイプ、露骨に向けられる言葉や視線に慣れていくうちに好奇心が勝った。一度嵌まると抜け出せず、今や自分のファンの何人かと関係を持っている。自衛隊をやめたのもこの頃だ。バンドで食っていく覚悟ができたわけじゃない、ただ試してみたくなった。本当に来るかもわからない有事に備え鍛練に明け暮れる日々よりも、女を食い物にした自分がどこまでのし上がれるのか、動員という確かな数字として結果が目に見える商売は麻薬のように神鷹を蝕んでいった。

 紅印には、正直に話してもよいのかもしれない。一瞬そうも思ったが、神鷹は首を横に振った。男として、女から金を巻き上げて生活しているというのはあまりにも情けない話であると神鷹とて理性ではわかっている。

「あたし、あなたのこと本当に信じていいのよね?」

 すがるように見る紅印から目を逸らす。自分から相談しておきながら、手の内を見せないというのもふざけた話だ。それでも神鷹は白を切った。そんな神鷹の様子に紅印も痺れを切らしたのか、静かに切り出した。

「……ひとつ言っておくわ。女遊びも芸の肥やしというけれど、肥やしすぎた芸はね、腐るのよ」

 そのことを忘れないでちょうだい。それ以上、紅印からのお咎めはなかった。ただ、その不穏な言葉を何度も頭の中で反芻する。呪いのように、これから起こる出来事を示唆するかのようだった。
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