部活に戻った京谷は心なしか生き生きして見えた。今までも部活じゃないにしてもバレーはやっていたけれど居場所を見つけたように思う。
そして部活の先輩に勝負を吹っ掛けてはことごとく返り討ちに遭っている。悔しそうにしているものの、私には楽しんでいるようにしか見えない。彼は勝負そのものが好きな男なのだと思う。あの一匹狼に目標となる人ができたことに、私も勝手に嬉しくなる。

「最近楽しそうだね」

中庭でぼんやり空を見上げながら昼食を摂っていた京谷を捕まえる。最近では私に慣れたのか嫌そうな顔もせずに受け入れてくれているようだ。しかし先ほどの私の言葉には怪訝な顔をした。

「どこが」
「全部」

当事者には見えないのかもしれない。増してこの男のことだ、自分のことなんか何も見えちゃいない。目の前の勝負事しか、彼には見えていない。

「あの先輩すごいよね、エースなんでしょ?」

何をやっても歯が立たなくて認めざるを得ない先輩の話をされて僅かに京谷の顔が曇った。苦い思い出が頭に過っているのか、眉間に皺が寄っている。

「その話すんな」
「悔しいから?」

図星だったのかぎろりと睨まれるけれど、なんだかおかしくて堪らない。ほんとに可愛い奴。
空を真っ白な雲が流れていく。それを目で追っている無愛想な横顔を視界の端に止めた。この穏やかな時間が愛しい。彼とこんな風に過ごせる日が来ることなんて想像もしていなかった。京谷が近頃楽しいように、私も日々充実している。こうして傍にいれるだけで充実している。

「今週」
「え?」
「来んなっつっても来るんだろ」
「なんの話?」

意味がわからず訊ね返すも京谷は舌打ちを一つ溢す。何が悲しくて舌打ちなんてされなきゃいけないのか。そのまま京谷は重い腰を上げてどこかにふらりと立ち去った。


「ねー矢巾ー」

教室に戻る途中、今度は矢巾を取っ捕まえる。友人と楽しげに話していた矢巾にほんの少し申し訳なく思いながらも「京谷が変なこと言ってる」と告げ口すると眉を潜めた。

「なんで俺に言うんだよ」
「え!?友達じゃないの」
「逆になんで友達だと思ったんだよ」

確かに矢巾と京谷は人種的に違う。穏和な優男とヤンキー男。だけど京谷と一番近いのは矢巾以外に思い浮かばなかった。それは部活が同じだからというのもあったけど、例えば渡くんに京谷のことを聞いても彼は真剣に考え込んでしまう気がしてならない。

「今週がどうとか」
「は?春高の予選だけど。あいつバックれる気かよ?」

些かその言葉を飲み込むのに時間はかかったけど、私は全てを納得した。思わず頬が緩んでいく。

「え、なに」
「いや、ごめんなんでもない」
「で?今週なんだよ」
「ごめん、それもういい。こっちの話」
「はあ?意味わかんねえ」

矢巾にヒラヒラと手を振って、逸る気持ちを抑えながら教室へ。窓際の席で相変わらずつまんなさそうに外を眺める京谷の後頭部を見つけてまたしても綻んでいく頬を隠すように俯いた。
大体いつも言葉が足りなすぎるのが悪いんじゃないか。人のせいにしないでよ。主語くらい言ってくれなきゃいくら私でもわかるわけない。
言いたいことは山ほどあったけれど、そのどれもを飲み込んで京谷の席まで行く。窓ガラスに映った私の姿を確認した京谷の目と、ガラス越しに目線を合わせた。

「お弁当作ってくね」
「いらねえ」

京谷は、来るなとは言わなかった。来るなと言われたとしても、ご丁寧に自分から試合の日を教えてくれたのだから行くのだけれど。京谷のそれは墓穴かそれとも。
こっちを向く気配のない京谷と、少しずつ距離が近づいていく。そんな気がした。
お互いが向き合うよりもこうやって、同じように空を見上げるのだって悪くないと思う。私はそう思う。

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